悪役令嬢と変態騎士の花園殺人事件

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  11 不本意ながら恋人ができた  

 王城にある第三隊の資料室に戻ると、先客がいた。攻略対象キャラで元容疑者で騎士のオスカーだ。赤い髪をして、せいかんなタイプのイケメンだ。
 彼は本棚から本を抜き取って、ページをめくる。難しい顔をして、首をひねっている。オスカーは私たちに気づくと、口をぽかんと開けた。
「ヒューゴ先輩が、女性と一緒にいる」
 私の隣で、ヒューゴは笑いながら怒っていた。
「オスカー。この部屋は、部外者立ち入り禁止だ。騎士であっても、第三隊に所属していない君は入れない。何かを盗んだ日には、うち首にしてやる」
「待ってください。何も取っていません」
 オスカーは本を持ったままで、あわてた。
「花園中の天使に聞きまわって、君のアリバイを見つけたのに、君は犯人にされたいようだ」
 ヒューゴはあきれたように、ため息をはく。
「なぜ俺が容疑者に戻るのですか? あとアリバイって何ですか? それより、その女性は誰ですか?」
「真犯人のオスカーが資料室に忍びこんで、自分に不都合なものを盗もうとしている」
 ヒューゴは首をすくめた。
「ええー!?」
 オスカーは不平の声を上げる。私は心の中で、彼を容疑者リストに加えた。一番あやしいのは、イネスだけど。
 そしてヒューゴが、オスカーだけ呼び捨てにしていた理由が分かった。ふたりは親しいのだ。ヒューゴは一生懸命、オスカーのアリバイを探したのかもしれない。
「ちがいますよ。俺は昨日、イネスに会いに行って、犯人と凶器探しを頼まれたのです」
 オスカーはぷんぷんしながら、主張する。オスカーとイネスは仲がいい。面倒見のいいオスカーと頼りないイネスで、兄弟のようだ。そしてイネスも、オスカーと昨日会ったと言っていた。ヒューゴは、おもしろくなさそうな顔をしている。
「イネスは疲れ切って、ほとんど食事していないのです。はやく犯人を捕まえないと、あいつは死んでしまいます」
 オスカーはイネスを心配している。イネスは目の下に、くまを作っていた。まともに眠れていないのだろう。オスカーは私の方へ視線をやって、
「それで、彼女は誰ですか?」
 彼は私を知らないようだった。イーサンとの婚約解消のときは、花園中のうわさになったのに。しかしオスカーは、その手のうわさに興味がなさそうだ。
「彼女はシエナ・ハリスン。僕の恋人だ」
 ヒューゴは平然と口にした。私はぎょっとする。オスカーは、驚きに目を輝かせた。
「ヒューゴ先輩の恋人になるなんて、君はすごいね! 俺はオスカー。九月から第三隊に異動するんだ」
 これからよろしく、と白い翼を出して羽ばたかせる。私の顔は引きつった。
「ちがいます。誤解です」
 すると部屋のドアが乱暴にノックされて、イーサンが怒った顔で入ってきた。
「ヒューゴ、やっと戻ったのか。シエナ、君がヒューゴに連れられて、どこか城外へ行ったと聞いて、心配していた。無事でよかった」
 イーサンは、はーっとため息をはく。本気で心配していたらしい。これは申し訳ないことをした。イーサンはオスカーに気づき、目を丸くした。
「オスカー、なぜここに?」
 ふたりは花園では、同じ第五学年だ。オスカーはにこりと笑った。
「事件解決に協力しようと思って。君は?」
 イーサンはオスカーに答えずに、怒った顔をヒューゴに向けた。
「殺人事件の捜査に、騎士でもない天使を、ましてや女性を連れまわすな」
 正論だった。しかし私は自分の意志で、調査に乗り出した。私はヒューゴをかばうために、イーサンの前に出た。しかしヒューゴは、余裕しゃくしゃくで笑う。
「私がシエナと外出したのは、捜査のためではありません。私たちは恋人です。ふたりきりでどこかに出かけても、おかしくないでしょう」
 イーサンはびっくりする。それから、本当か? と不安そうに私を見た。私は首を振ろうとしたが、こらえる。私は事件の真相が知りたい。私と友人たちの無実を証明したい。イネスが犯人か。アイビーは自殺したのか。まさかオスカーが犯人か。
 そのためには、ヒューゴと一緒にいる必要がある。ともにいる口実として、恋人設定は都合がいい。ヒューゴはそこまで考えて、私を恋人にしたのだ。彼は変態だが、頭が回る。
「はい。私たちは恋仲です」
 私は苦虫をかみつぶした。ヒューゴは意地悪そうに笑う。イーサンはあきれ果てた。
「なぜよりによって、こんな天使を選ぶんだ。ヒューゴは切れ者だが、変態だ。花園にいたときから、変人で有名だった。――そうだ、オスカーはどうだ? あいつはいいやつだ」
 すばらしいアイディアとばかりに、オスカーを勧める。
「ヒューゴ先輩の恋人の相手ができるほど、俺は変人じゃないぞ」
 オスカーは失礼にも、私から身を引いた。
「これで、この件は解決しました。殿下、ついでにたずねますが、あなたはアイビーさんの死後、花園に足を踏み入れましたか?」
 ヒューゴは満足げに笑ってから、問いかけた。イーサンは納得していないらしく、しぶい顔をしている。
「一度、階段に花をそなえにいった。別れるつもりだったとはいえ、私は彼女を愛していた」
 彼はそういう義理がたい性格をしている。イーサンはなぜか表情を暗くした。
「そのときに花園にいる騎士から聞いたが、イネスは毎日、花を置いているようだった」
 イーサンは、イネスからアイビーを奪ったことをくやんでいるのかもしれない。イーサンよりイネスの方が、アイビーを愛して、――いや、必要としているように感じられた。イーサンは考えこみ、ちらりとヒューゴを見る。
「お前はすでに、誰かから聞いているだろう? イネスは毎日、少しずつちがう場所に献花している。アイビーの殺された階段を中心に、踊り場や一階の廊下などに」
 私は首をかしげた。普通は同じ場所に毎日、花をそなえるのに。
「はい。イネスさんの行動について、私は報告を受けています」
 ヒューゴは肯定する。
「第五学年の教室にも、花が置いてあった。あれは私に対する抗議だろう」
 イーサンは苦しんでいる。オスカーは悲しそうに、イーサンを見た。私もつらい。けれど、
「ちがうと思います」
 あっさりとヒューゴは否定する。イーサンはとまどって、ヒューゴを見た。ヒューゴは彼を無視して、オスカーに視線を送る。
「オスカー、君は花園へ行ったか?」
 オスカーは困ったように、イーサンを見た。けれど素直に、ヒューゴに対して答える。
「行っていないです。ただアイビーの葬儀には出席しました」
 ヒューゴは軽く相づちを打って、私にも同じ質問をする。
「私は、花園にも葬儀にも行っていない」
 私は申し訳なくて、身を小さくした。クラスメイトだったので、葬儀には出席すべきだった。今でもアイビーの死が、ウソのように思える。前世の知識がある私にとって、主人公が殺されるなんて、ありえないことだった。
「これも捜査に必要な質問か? ここにいる天使はみんな、アイビーの死をいたんでいる」
 イーサンは不可解そうに、まゆをひそめる。ヒューゴはうなずいた。
「必要です。なぜならアイビーさんは死の直前、犯人が使用した凶器を隠しましたから」
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