悪役令嬢と変態騎士の花園殺人事件

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  2 死体の第一発見者  

 ヒューゴは翼をゆっくりと出現させて、ふわりと広げる。敵意はない、仲よくしようというジェスチャーだ。私とアリアとエマも、翼を見えるようにした。白い羽が、部屋に舞う。この世界では、初めまして、よろしくという意味だ。
 エマは少し落ち着いたのか、ハンカチを口もとから離した。ヒューゴは翼を消してから、ほかの騎士たちとともに私たちのそばへやってきた。立ったままで話しかける。
「国王陛下から、アイビーさんの事件もしくは事故について調査するように命じられました。いろいろ聞かれるのはご不快でしょうが、ご協力ください」
 彼は背が高く、ひょろりとしている。私たちは見下ろされていた。ただヒューゴはやわらかな笑みを浮かべ、ていねいな態度だ。こちらを犯人と決めつけている様子はない。私は少し体の力を抜く。国王から直接、命令を受けるということは、優秀な騎士だろう。
「はい」
 私たちは答えた。それから翼を片づける。つまり見えないようにした。出しっぱなしは恥ずかしいという意識があるのだ。ヒューゴが質問を開始する。
「アイビーさんは階段から落ちましたか?」
「はい」
 私はうなずいた。しかしアリアは考えこみ、言葉を選びつつ話す。
「彼女は、のぼり階段の途中に倒れていました。私たちは、アイビーは階段から落ちたと考えています。でも実際に、落ちるところは見ていません」
 アリアのせりふに、私はどきっとした。確かに私たちは、アイビーが落ちるところを見ていない。ヒューゴは満足げにほほ笑む。
「あなたたちがアイビーさんを見たとき、すでに彼女は倒れ、動かなかったのですか?」
 なんとなくヒューゴは、私を見ている気がした。なので私が答える。
「はい。両目が開いて、血が流れていて……」
 死んでいると思いました、と言おうとしたが、言えなかった。死という言葉は、口に出すだけでも恐ろしい。私は心もち、うつむいた。
「アイビーさんは階段から落ちて、もしくは誰かにつき落とされて死んだ。その後、あなたたちがやってきた、というわけですね」
 ヒューゴは手慣れたように確認した。私とアリアとエマはうなずく。けれどアイビーは足を滑らせて、ひとりで勝手に落ちたのではない。おそらく殺された。私はぞっとした。
「アイビーさんの死体を発見したとき、近くに誰かいましたか?」
 ヒューゴは軽く笑った。犯人らしい人影はなかったか、と聞きたいのだろう。私は思い出しながらしゃべる。
「私たちが死体に遭遇して、それからちょっとすると、第三学年の教室の方からイネスが来ました」
 イネスは同じクラスの男子だ。私とアリアとエマ、アイビーとイネスは第三学年に所属している。第三学年には、十七から十八才の男女、四十人ほどがいる。
「イネスも驚いて、悲鳴を上げていました。ただ彼が大声を出して、校舎内に残っている先生やほかの生徒を呼んでくれました」
 イネスは真っ青になって、腰を抜かしたように壁に寄りかかった。けれど「誰か、来てくれ! 先生を呼んでくれ!」と、震える声を張り上げてくれた。私とアリアとエマは恐怖のあまり、大声なんて出せなかったのだ。
「それはよかったですね」
 ヒューゴはにこにこと相づちをうつ。彼はずっと笑っていた。笑って話す内容かと、私はまゆをひそめた。
 イネスは攻略対象キャラでもある。いつもスケッチブックを持って、絵を描いている。おっとりとして、優しい天使だ。絵の才能が認められて、平民にもかかわらず花園に通っている。
 アイビーはイネスと仲よくしていた。しかしイーサンルートに入ってからは、彼を避けていた。イネスは目に見えて落ちこみ、教室内では彼に同情する者が多かった。
 私もイネスがかわいそうと思っていた。振られた者同士だからなのか、私とイネスは前より仲よくなった。ヒューゴが再び、笑顔で質問する。
「あなたたちは、なぜ階段に行ったのですか? つまりどこへ行く途中で、死体に出会いましたか?」
 これにはエマが答える。顔色は悪いが、体の震えは収まっていた。
「図書室へ行きたかったのです。借りたい本があったので。それで階段をのぼろうとしました」
 言ってから、エマはうつむく。本なんか借りに行くのではなかった、大した用事ではなかったのに、と彼女の顔に描いてあった。
「私たちは、一階にある第三学年の教室にいました。授業が終わった後も、三人で教室に残り、おしゃべりをしていました。そして、二階にある図書室へ行こうとしたのです」
 黙ってしまったエマに変わって、アリアが補足説明をした。私たちの中で、アリアが一番のしっかりものだ。校舎は広いので、階段は三か所ある。教室から図書室へ行くには、アイビーの死んでいた階段が一番近い。ヒューゴはにやにやと笑い出した。
「放課後、教室にいたのは、あなたたちだけですか?」
 私は彼を再び警戒しだす。胸がどきどきなって、うるさい。やはり彼は、私たちが犯人と疑っている。
「はい」
 アリアは素直に返答した。今日の放課後は、私とアリアとエマしか教室にいなかった。ほかのクラスメイトたちが、教室に残っている日もあるのに。本当に、運の悪い偶然だ。
 私たちがウソをついている。本当は教室でおしゃべりなどしていない。階段でアイビーと会い、彼女をつき落して殺した。殺した後で、死体の第一発見者になった。ヒューゴはそう考えるかもしれない。私の手は震えた。
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