番外編(桜の下で)


居なくなってしまった明日香先輩…….
ちょうど10年前のある日,消えてしまった.

新しい職場にも少しずつ慣れてきた.
染めたせいで傷んだ長い髪を掻き揚げて,私は桜並木を歩いた.
この通りを歩くと,高校時代を思い出す.

県立八条掘高校,青いブレザーの制服に身を包んだ生徒たちが私の横を行き過ぎる.
私の通勤時間はちょうど,クラブ活動で朝が早い生徒たちとかぶるのだ.

私も10年くらい前までは,この時間帯に高校に通っていた.
女子空手部の朝練に出るために…….

「沙耶(さや)ちゃん,おはよう.」
少しだけ遠慮がちな笑顔を見せて笑う先輩が居た.
うちの部で一番強くて,一番の男前だと紹介された先輩だ.
そしてこの先輩には,子供のころのこととか家族のことを聞くなとも釘を刺された.

交通事故の跡だという大きな傷を背に背負って,それでも必死に前を向いているような人だった…….

駅から学校や会社に向かう人々の群れ.
桜の花びらがそんな私たちにそよそよと降り注ぐ.
でも,私たちはのんびりと桜なんて眺めている暇はなく,……いや,あった.

誰もが無関心な桜を嬉しそうに見上げている家族連れが居る.
外国人の夫婦だ,奥さんの方が日本人で,旦那さんの方は見事な銀の髪.
二人の足元を小さな女の子が二人,無邪気に走り回っている.

「うわぁ,かわいい.」
「ハーフかな,あの子たち.」
ちょうど隣を歩いている女子高生の二人組みが子供たちの姿を指して言い合う.
今日があって明日がある,当然のごとく続いて行く未来への道.
その未来が唐突に途切れることがあることを知らない笑顔.

明日香先輩の失踪は,家出とも駆け落ちとも自殺とも言われた.
何か事件に巻き込まれたのかもしれないとも囁かれたのだけど,大方の人がほぼ同じ時刻に同じように行方不明となった佐伯さんという人と一緒にどこかへ行ってしまったのだろうと結論付けた.

「明日香はさ,私たちには何もかも内緒にしていたから…….」
先輩の失踪から何日ぐらい経った後だっただろうか,斉賀(さいが)先輩が私に言った.
明日香先輩と一番仲がよかった先輩だ.
「私は明日香が佐伯さんと一緒に行ったとは思えないよ.」
斉賀先輩の目が悲しげに曇る.
「あの子,絶対に今,独りでいる…….」
後悔に染まる,彼女の支えになれなかったのだと.

うわぁぁん!
いきなり耳をつく子供の泣き声に,私は回想から目がさめた.
見ると,家族連れの妹の方がこけてしまったらしく大きな声で泣いている.
母親が仕方ないなぁといった感じで,わが子を抱き上げる.
その笑顔に,私は少しひっかかりを感じた.

どこかで見た……?
誰かに似ている?

すると彼女と目が合う.
「沙耶,……ちゃん?」
やわらかな,少しだけ遠慮がちな微笑.

いつか帰り道,明日香先輩と一緒になった.
憧れの先輩と二人きりで,私は浮かれて馬鹿な話題ばかりを振った.

背の高い銀の髪,青の瞳の男性に肩を抱かれて,その人は笑いかける.
「お久しぶり,元気だった?」

妙に具体的だった先輩の好みの男性像.
誰かハリウッド俳優のファンなのかしら,と思っていた.

あぁ,そうか,そうゆうことなのか.
「明日香先輩!」
長いつややかな漆黒の髪,同じく漆黒の瞳.
幸せそうな笑顔を見せて…….

私はずっとあなたのその笑顔に会いたかった……!

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