番外編(午睡)


王城の廊下を忙しげに亜麻色の髪の青年が歩いていた.
亜麻色の髪,緑の瞳,いかにも快活そうな青年だ.
書類の文面を確認しながら廊下の角を曲がると,一人の女性とぶつかりかける.

「あ,すみません!」
青年は慌てて謝った.
美しい金の髪,くすんだ青の瞳の女性に…….
「なんだ,カリン様か.」
サイラはぶつかりかけた女性に向かって笑いかけた.

「なんだとは失礼ね,サイラ.」
カリンは腰に手をあてて,怒ったしぐさをして見せた.
しかし瞳は幼馴染の青年に向かって微笑んでいる.
「それとも姉上って呼んだ方がいい?」
青年はいたずらっぽくウインクをした.

軽くからかわれて,みるみるうちにカリンの顔が赤くなる.
サイラの兄であるコウリと結婚してから1年以上も経つのに,いまだにこの幼馴染はこんな反応を返してくるのだ.
「そうだ,カリン様.陛下がどこにいるか知らない?」
サイラは手に持った書類をもてあそびながら訊ねた.
「陛下なら,最近働きすぎだからってアスカが城から連れ出したわよ.」

「ふぅん,それなら邪魔しない方がいいかぁ.」
サイラは面白くなさげにつぶやいた.
特に急いで国王の裁可が必要な案件でもない,サイラは書類を眺めながら思った.
「俺も恋人が欲しいなぁ.」

するとびっくりしたようにカリンは青年の顔を見つめ返す.
「サイラ,エリーとは別れたの?」
自分の失言に気付いて,サイラは思わず顔をしかめた.
「う,うん.実はこの前,別れたばっかり…….」
ぼりぼりと亜麻色の髪を掻く.

黒い巻き毛の気の強い女性…….
彼女はどことなく,青年の初恋の女性に似ていた.

これ以上一緒にいるとどんどんと追求されそうなので,サイラは引き止めようとする幼馴染とさっさと別れた.
王城の中庭を突っ切って,自分の執務室へ戻ろうとする.

空は晴天,見事なまでに晴れている.
庭には花が咲き乱れ,実はこの庭は余り手入れをされていないだけなのだが,ごろんとねっころがって昼寝でもしたい陽気である.

ふと青年は一人の女性の存在に気づいた.
艶やかな漆黒の長い髪,同じく漆黒の瞳.
庭に座り込んでいた女性はサイラの視線に気づくと,口に人差し指を当てて静かにしてねと合図を寄越した.

サイラは微笑んで,軽く手を振ってからその場を立ち去る.
女性の膝の上では青年の探し人が気持ちよさそうに眠っていたからだ.

空を見上げると,その青さが目に染みる.
そう,決して起こさないよ,君の大事な人を…….
そして俺の想いも,もう揺り起こさない.

次は君とは似ていない女性を好きになって,必ずその人をしあわせにしてみせる.
君がしあわせそうに微笑むようになったように…….

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