「ア,ア,アスカ,次,これを着てみてよ.」
おなかを抱えて笑いながら,ヒロカは言った.
「あのねぇ,ちょっと遊んでいるでしょう?」
困った笑顔を見せながら,明日香ものりのりだ.
「アスカなら似合うって!」
ドレスを抱えながら,フローリアも笑った.
王城のとある一室である.
床にドレスを散らかして,少女たちはファッションショーに興じていた.
「こんな露出系を着たら,」
ドレスを着替えつつ,漆黒の髪の少女はつぶやいた.
「……マリ君,」
怒るのかしら,……むしろ喜ぶ?
本日は,ここツティオ公国の建国記念日だ.
王宮でのパーティのためのドレス選びに,少女たちは夢中になっている.
ただ,その方向性が少しずつおかしくなっているのだが…….
「いつまでやっているのよ?」
隣の部屋のドアが開いて,金の髪の少女がやってくる.
いつまでも着替え中の妹と友人に,完璧に呆れ顔だ.
「さっさと着替えないと,式典に間に合わないわよ.」
すると妹たちはぽかんと口を開けたままで,姉の姿を眺めた.
金の髪の少女は白のいたってシンプルなドレスに身を包んでいた.
無駄な装飾など一切無い,少女の持つ本来の美しさを引き立てるようなドレスだ.
「お姉ちゃん,綺麗…….」
思わず感嘆の声が漏れる.
このドレスを見たてたのが誰なのかは知らないが,大変センスのいい人間のようだ.
「そのドレス,どうしたの? 貢物?」
姉には数え切れないほどの求婚者がいる,もちろん宝石やドレスなどの贈り物が絶えない.
「……違うわよ.」
少し赤い顔で,金の髪の少女はそっぽ向いた.
姉のリアクションに,妹たちはすぐにぴんとくる.
なるほど,あの堅物は意外におしゃれなのだ.
ふとカリンは,妹たちと同じくうっとりと自分を見つめる少女の衣装に気づいて,顔を真っ赤にさせる.
「ア,アスカ,なんて格好をしているのよ!?」
漆黒の髪の少女は夢から覚めたように瞳を瞬かせた.
「そんな姿で人前に出たら,陛下が怒るわよ!」
すると少女は楽しそうにくすくすと笑った.
「出ないわよ,……本命のドレスはこっち.」
と言って,薄桃色のえらくひらひらとしたドレスを見せる.
「ケイカさん一押しドレス!」
陛下の好みは……,と嬉しそうに語るケイカの顔が容易に想像できて,金の髪の少女は天井を仰いだ.
「もう時間なの?」
なら早く着替えないといけないと,漆黒の髪の少女は問う.
「うん,そろそろ,」
すると,こんこんとドアをノックする音が響いた.
金の髪の少女がドアの方へ向かおうとすると,先に妹二人が行ってしまう.
「あ,私が出るから,」
「いいよ,どうせコウリでしょ.」
簡単に言い当てられて,姉はうっと言葉に詰まった.
そんな姉妹たちの様子を漆黒の髪の少女はうらやましそうに眺める.
明日香は一人っ子である,ちなみに夫であるマリも一人っ子だ.
子供は絶対に二人以上欲しいと夫に話したときのことを思い出して,少女は一人で笑みを零す.
どうしてマリ君はすぐに真っ赤になるのかしら?
正直な話,つい面白くてからかってしまう.
ドレス,似合う? って聞いたら,きっと赤い顔で答えてくれるのだろうなぁ.
「うわっ,コウリってばさいてー!」
するとドアの方から,ヒロカとフローリアの非難じみた声が聞こえてくる.
「これはシンプルじゃなくて,単なる手抜きでしょう!?」
「私の服装など,どうでもいいじゃないですか…….」
面倒くさそうなコウリの声に,カリンと明日香は事態を悟る.
「お姉ちゃんをエスコートするのに,その服装はいくらなんでも,」
「コウリ,お願いだから,着替えてよ.」
「ったく,何をやっているのよ.」
金の髪の少女はさっとドアの方へと向かった.
しかし2,3歩進むと,くるっと振り返って,一着のドレスを明日香に向かって投げつける.
青の染み入るような美しい色のドレスだ.
「カリンさん一押しドレス!」
少女は得意げにウインクした.
「ちなみに陛下の瞳の色に合わせてみました.」
と言って,カリンは部屋から出て行く.
そしてドア付近で言い争っている妹たちと恋人を見つけ,口を開いた瞬間,
「すごく美しいですよ,カリン様.」
先手必勝とばかりに,亜麻色の髪の青年は微笑んだ.
機先を制されて,少女はたじろぐ.
「……ありがとう.」
青年の服装に文句を言ってやろうと意気込んでいたのに,少女は顔を赤くしてうつむいてしまう.
「では,参りましょう.」
ずるい台詞で少女の口を封じて,青年は少女を部屋から連れ出した.
ちゃっかりと少女の肩を抱き寄せる青年に,残されたヒロカとフローリアは呆れ返ってしまう.
「コウリ,せこい…….」
そしてダンスでは,あの美しい姉を独り占めして,他の男性たちを牽制するに違いない.
なかなかに計算高いのだ,姉の幼馴染から恋人になった青年は.
「私たちも,行こうか?」
「そうだね.」
ヒロカとフローリアは頷きあった.
そして2着のドレスを見比べている漆黒の髪の少女に挨拶をして,部屋から出てゆく.
カリンたち3姉妹が去り,一人自室に残された明日香は,ケイカとカリン,それぞれのお勧めのドレスを前にしてうなった.
ピンクにすべきか,ブルーにすべきか……?
かわいい系でせめるか,きれい系でいくか……?
もういっそのこと,本人に選んでもらおうか?
そろそろ銀の髪の青年が,少女を迎えにくる時刻のはずだ.
「ん〜,……でも,やっぱりこっちだ!」
意を決して,少女は薄桃色のドレスを手に取る.
そして今着ている露出系ドレス,……ヒロカ命名陛下悩殺ドレスを脱ごうとするのだが,
「げっ,これって……,」
一人では脱げない……!?
両手を背中にさまよわせるのだが,リボンの紐に手が届かない.
「どうしよう…….」
カリンたちはもうとっくに,会場の方へと行ってしまっている.
これからやってくるのは,夫である青年だけである.
少女が右往左往しているうちに,こんこんと軽く部屋のドアをノックする音が聞こえてくる.
「アスカ,準備できた?」
どこかうれしそうな夫の声だ.
もう,こうなったら,マリ君に脱がせてもらう!
「マリ君,ちょっと来てよ!」
少女は半分以上,自棄になって叫んだ.
どうなっても知らない!
だって,マリ君が悪いんだからね!
遠慮がちにドアが開いて,銀の髪の青年が部屋の中に入ってくる.
と,いきなり明日香はマリに抱きついた.
「ア,アスカ!?」
青年は真っ赤になって,うろたえる.
私がドレス選びに時間をかけてしまうのも,髪を結い上げるために四苦八苦してしまうのも,
「このドレス,似合っている?」
全部,マリ君のせいなんだからね!
そこんとこ,ちゃんと分かっていてね,私の太陽さん.
建国記念日に続く…….
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