番外編(建国記念日)


王都の住民たちの浮かれ騒ぐ喧騒が,ここ王城まで聞こえてくる.
今日は建国記念日だ.
王宮ではパーティが催され,都では一晩中のどんちゃん騒ぎだ.
即位から2年目の若き王は,ドレスアップしているであろう妻を迎えに自室まで歩いていった.

銀の髪,青の瞳.
歴代国王の中では最年少の18歳の国王である.
こんこんと軽く部屋のドアをノックする.
「アスカ,準備できた?」

すると部屋の中から楽しそうな声が返ってくる.
「マリ君,ちょっと来てよ!」
遠慮がちにドアを開いて部屋の中に入ると,いきなりマリは明日香に抱きつかれた.

漆黒の長い艶やかな髪,同じく漆黒の瞳.
体のラインを強調するようなきわどいドレスを着て,青年に身体を密着させる.
「ア,アスカ!?」
慌てる青年に,いたずらっぽく微笑みかける.
「このドレス,似合っている?」

青年は顔を真っ赤にした.
「に,似合っているけど……,」
いや,むしろ似合いすぎるほどに似合っている.
しなやかに伸びる手足に,細い首筋に.
しかしちょっとばかり,いやものすごく肌の露出が…….

「で,でも,よかったら違うドレスにした方が,」
そしてできれば,そんなにきつく抱きつかないで欲しい.
国家行事の式典の前に,理性がぶっ飛びそうだ.
「どうして?」
甘えるように,試すように問いかけてくる.
「せっかくヒロカが見立ててくれたドレスなのに.」

それは…….
答えなど分かっているだろうに,わざわざ聞いてくる妻に青年は困り果てた.
どうして自分はいつもいつも彼女には勝てないのだろうか?
「そんな姿を他の男に見せたくないから.」
観念して告白すると,少女は楽しげにくすくすと笑った.
「そう言うと思った!」

「……というわけで着替えてください,王妃様.」
軽く少女の唇に口付ける.
「了解,国王様.」
2回目のキスは少女の方から囁くように.
思わずその誘惑に乗って少女の肩を抱こうとすると,少女はするっと青年の腕の中から抜け出した.

そしてベッドに広げてあるたくさんのドレスの中から二つを持って,青年の方へ戻ってくる.
「どっちがいい? マリ君.」
青の染み入るような美しい色のドレスと,薄桃色のえらくひらひらとしたドレスだ.
少女の夫は薄桃色のドレスの方を指差した.

ぷっと少女は吹き出す.
きょとんとする夫の前で,
「ケイカさんの言ったとおりだ!」
心底,面白そうに笑う.
「マリ君ってば少女趣味!」

もはや何を言っても何をやっても少女には笑われそうだ.
青年は頬を真っ赤に染め上げて,妻の楽しげな顔を見つめた.
すると妻は妙に潤んだ瞳で青年の青の瞳を見つめてくる.
「……脱がせて,マリ君.」

青年はばっと少女から視線を逸らした.
あからさまに挑発されている,誘惑されている,いやむしろ遊ばれている.
「……アスカ.」
ひとつ咳払いして,青年は少女の名を呼んだ.
「なぁに?」
少女の楽しげな唇に,青年はしっかりと口付けた.

そしてそのまま少女の身体を抱き,色とりどりのドレスが散乱しているベッドへと連れてゆく.
少女はやりすぎたと思ったのか,いきなり慌てふためきだした.
「マリ君,駄目だよ!」
しかしそれには構わずに,青年は少女の身体をぎゅっと抱きしめる.
「式典に二人そろって遅刻しちゃうよ!」

「いくら我が公国でも,前代未聞かもしれない.」
青年はそうつぶやいたが,再び少女に半ば強引に口付けた.
たくさんのドレスとともにベッドに,いや青年の腕の中に押し込められて,少女は言った.
「な,なら,急いで式典の方へ,」

しかし青年は少女の額に,瞳に,頬にキスを贈るのに夢中で聞いてないようだ.
完璧に火がついてしまったらしい.
このままでは完全に遅刻だ.
そしてまた城中の人々にからかわれてしまう.
仲がよろしいですねだの,御子はいつごろできそうですかだの.

青年はこの国の太陽.
皆から慕われる国王陛下.
しかし少女がそんなことをいうと,決まってこう返されるのだ.
「まだ分からないの? アスカ.」
晴れ渡った空を思い起こさせる青の瞳.銀に輝く髪.
「もうとっくに太陽は君のものなのに.」

8回目のキスを贈られながら,今度から用事があるときは夫をからかうのはやめようと,少女は心に誓うのであった…….

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