番外編(焼きもち)


今日一日の仕事を終え,コウリが自分の部屋に帰ると,ベッドの中ではなぜか銀の髪の少年と金の髪の少女が寝ていた.
遊びつかれた子供がそのままベッドに倒れこんだような感じだ.
服を着たままで,そして二人とも寝相が悪い…….

いったい,これはなんなのだ?
ほのかにただよう酒のにおい.
いとこ同士ということもあって,無邪気な寝顔はそっくりだ.
この二人は自分の部屋で何をやっていたのだろう…….

亜麻色の髪の青年は,とりあえずベッドの中の少女を抱き上げた.
金の髪,今は閉ざされているくすんだ青の瞳.
目を閉じて黙っているとまさに美貌の姫君だ.
彫像のような完璧な美しさ,いったい幾人の男がこの少女の美しさを誉め称えたのであろうか.

はじめてこの少女に会ったのは,コウリが9歳のとき.
兄弟としての盟約を結んだばかりの少年マリによって,引き合わされたのだ.
あんなにもかわいい女の子は初めて見た!
これがコウリと弟であるサイラの正直な感想である.

しかしその美少女はいざ動き始めると,とんでもないおてんばだった.
マリの思いつくめちゃくちゃないたずらに嬉々として付き合うし,サイラに嘘を教えて恥をかかせるし,妹たちとの姉妹喧嘩は髪を引っ張り合っての壮絶なものだし…….
王族といっても,しょせん単なる子供だ!
何度,心の中で思ったことか.

初めてカリンの部屋に招待されたときは,あまりの散らかりように正直呆れた.
そしてこの少女はそれが原因で,しょっちゅうお気に入りのおもちゃやアクセサリーを無くしてしまう.
言っては悪いが,自業自得である.
あるときコウリは,少女の無くした髪飾りを見つけた.
どうやって返そうかと思案していると,なんと弟が先に少女に返してしまったのだ.
ありがとうと言って,とびっきりの笑顔を見せる少女に,コウリはなんとなく自分の想いを知った.

昨日のことだ,そのことをこの少女に教えた.
いや,無理やり言わされたのだが…….
「ということは,もしかして昔は陛下に妬いてた?」
肯定を期待して,少女はコウリに聞いた.

何年前からだろう,少女はいとこの少年が好きだと言った.
明るい日差しのような笑顔を見せる銀の髪の少年を.
しかしその想いは決して実ることはない.

「父上の王家の石は今,母上のひつぎの中にあるんだ.」
仲のよかった両親について,マリは誇らしげに語った.
「僕がどうしてお墓の中に入れるのって聞いたら,父上は愛しているからと教えてくれたんだ.」
だから,自分も同じようにしたのだ.

一度会っただけの女の子に,自分の王家の石をあげたと聞いたとき,コウリはこの王子は頭がおかしいんじゃないかと思った.
しかし少年は幼いながらに,本気らしい.
いったいどのような少女に心を奪われてしまったのやら…….
カリン以上に人を魅了する少女などこの世に存在するのとは思えないのに.

生来明るいはずの少女が叶わぬ恋を思って泣くとき,コウリは何もできなかった.
しかし彼の弟は違った.
優しく慰めて,ときに勇気付けたり,ときにちゃかしてからかったり.
気難しい自分と違って,誰とでも仲良くなれる弟.
少女が想いを寄せるマリよりも,弟の方に妬いた.

どうせカリン様は振られるに決まっている.
そう思っていた,だからマリには妬かなかった.
しかし振られた後,この少女は誰の前で泣くのだろうか.
サイラの前で? それとも…….

「実はものすごく嬉しかったのですよ.」
腕に抱く少女に向かって,コウリは微笑んだ.
酒に酔って少しだけ赤い顔で眠っている.
笑顔は誰に見せても構わない,ましてや王族である,いくらでも大安売りしてくれていい.
少女の白いすべらかな頬を指でなぞる.
しかし,泣き顔だけは,
「……独り占めさせてください.」
起きる気配の無い少女に,青年は口付けた.

「マリ君,カリン! ちゃんと起きてる?」
いきなり開いたドアに,青年はびくっと震えた.
腕の中に抱く少女を落としそうになる.
「げっ,兄ちゃん,もう帰ってたの!?」
見ると,彼の弟と彼の主君の妻がドアを開けて立っている.

こちらはまったくのしらふ顔なのだが,
「4人で私の部屋で飲んでいたのか…….」
青年は呆れた顔で確認した.
すると弟は元気よく首を振る.
「それプラス,ヒロカ様とフローリア様だよ.つい今しがたお二人を部屋まで送っていたんだ.」

コウリは長いため息を吐いた,なぜわざわざ自分の部屋で宴会を開くのか,理解不能である.
「血筋なのかしらね,」
漆黒の髪の少女が楽しげにくすくすと笑う.
「マリ君たちがお酒に弱いのは.」
いや,むしろこの二人がいわゆるざるなのでは…….
「なぜ,わざわざ私の部屋で,」
すると示し合わせたように,少年と少女はじっとコウリの方を見つめてきた.

「カリンの片思いじゃなかったんだ.」
明日香がぼそりとつぶやくと,弟はにやにやっと人の悪い笑みを浮かべる.
「だって兄ちゃんは,こう見えても俺にものすごーく焼きもちを焼いているんだぜ.」
弟の手が伸びて,青年の抱く少女の金の髪を取ろうとする.
青年は少女を抱きなおして,さりげなく弟の手を避けた.
「な? そのとおりだろ?」
得意げな弟に,もはや完敗である.

「ふ〜ん,」
少女の漆黒の瞳がいたずらっぽく光る.
「じゃ,マリ君は連れて帰るから,カリンとごゆっくりね.」
と言って,サイラと二人でベッドへ向かう.
「あ,そうそう,さっさとカリンに求婚しないと,ブラッケあたりに取られちゃうわよ.」
背中姿で,少女は楽しげに忠告をする.
「ヒロカとフローリアが,なかなか決まった態度を見せないコウリよりも,けなげなブラッケにしたらどうかって,」
銀の髪の少年をよいしょと抱き上げながら,少女は笑った.

「勘弁してくださいよ.」
青年は本気でそう思った.
最近,ヒロカとフローリアが妙に自分に対して冷たい理由が分かった.
「俺と陛下はちゃんと兄ちゃんのことをフォローしたぜ!」
主君を抱く少女の手助けをしながら,弟は言った.
「兄ちゃんは大切なものほど,確実に手に入ると分かるまでは決して動き出さないって.」
いったいどうゆうフォローなのだ…….

しかし彼らの言っていることは当たっている.
この青年は金の髪の少女が確実に失恋するまでをずっと待っていたようなものだ.
「じゃ,おやすみなさい.」
好き勝手なことを言ってから,二人は銀の髪の少年を連れて部屋から出ていった.

後に残された青年は,自分がいかに酒のネタにされていたかを知る.
……だから,わざわざコウリの部屋で飲んでいたのだ.
「さすがにさっきのは妬きましたよ.」
腕の中の少女に向かって言う.
いくらマリとカリンがいとこというより兄弟姉妹のような間柄とはいえ,なぜに自分のベッドで二人でぐぅぐぅと眠っているのだ.

そして今も,青年の腕の中で少女は起きる気配がない.
「飲みすぎですよ,カリン様.」
これでは結婚前に手を出されても,文句など言えない.
おもちゃを無くていた子供の頃と同じく,自業自得である.

……兄ちゃんは大切なものほど,確実に手に入ると分かるまでは決して動き出さない.
自分が堅い性格をしていることは分かっている,面白みの無い性格であることも.
「部屋まで送りますよ.」
青年はため息を吐き,のんきに眠る少女を背負った…….

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