明日香が商隊の護衛の報酬としてもらったお金は,かなりの額だった.
本当は当座の生活費用として使う予定だった金銭だ.
「じゃぁ,さっそく王城へ向かおう.」
たどり着いた首都の街中で,銀の髪の少年が優しく微笑む.
「アスカのことをおじい様に紹介したいんだ.」
と少し照れたように,少女に向かって言った.
しかし今では,もうその必要がない.
少女は少し頭をめぐらし,そして思いついた.
そうだ,このお金でマリ君へのプレゼントを買おう!
それはなかなかに,いいアイディアに思える.
「おぉい,待ってくれ!」
そのとき,自分たちを追いかけてくるブレオの大声が聞こえた.
***カリンの場合***
「プレゼントを買いたいの?」
カリンは少し驚いた顔をした.
そんなに意外なのかしら?
私はとりあえず頷いた.
「初めて稼いだお金でねぇ…….」
とつぶやいて,にまっと笑う.
「アスカからなら,なんでも喜んで受け取るんじゃないの?」
そうして楽しそうに笑って,私の片腕をカリンは取った.
「相変わらず,アスカって陛下のことしか考えていないのね.」
う……,そんなことはないもん……多分.
ガトー国首都を出て3日目,いまだプレゼントは決まらず…….
***サイラの場合***
「陛下の欲しい物?」
私は頷いた.
マリ君の乳兄弟であるサイラなら何か知っているのかもしれない.
「そんなの,アスカが笑ってキスすればこと足りるんじゃないの?」
サイラは当然じゃんと言わんばかり.
あのねぇ,マリ君のことをなんだと思っているのよ…….
ガトー国首都を出て10日目,いまだプレゼントは決まらず…….
***ブレオの場合***
「そりゃ,もちろん酔い止めの薬だろう!」
ブレオは楽しげに断言した.
確かにそうかもしれないけど,記念すべき初めてのプレゼントが酔い止め……?
「よく効くと評判のやつを教えてやろうか?」
それはちょっと…….
でも念のため,教えておいてもらった.
どの道,マリ君には必要だしね.
だって今朝なんて完璧に二日酔いじゃない.
ガトー国首都を出て16日目,いまだプレゼントは決まらず…….
***コウリの場合***
「それはもちろん,平和だろう.」
コウリは大真面目に教えてくれた.
うん,それは私もそう思う.
でも質問の趣旨が全く違うんですけど…….
ガトー国首都を出て20日目,いまだプレゼントは決まらず…….
***マリの場合***
ガトー国首都を出て22日目,いまだプレゼントは決まらず…….
明日あさってには,ツティオ公国に帰りつくらしい.
私は思い切って本人に聞くことにした.
何気なくさりげなく,プレゼントを買おうとしていることがばれないように.
だって驚かせたいから,喜ばせたいから.
「欲しい物?」
マリ君は不思議そうな顔をして,聞き返した.
私は頷いた.
するといきなり抱き寄せられる.
「もう手に入れたよ.」
耳元で囁かれて,くらっとくる.
完璧に殺し文句だ…….
***明日香の場合***
一行は約1ヶ月半ぶりに故国へと足を踏み入れた.
ここから王都ではなく,スビッツ地方へと向かうのだ.
馬車の後部から去りゆく国境を眺めつつ,漆黒の髪の少女はふと思いついた.
自分が少年からもらって嬉しかったものを,渡せばよいのだ!
その夜少女は,ブレオに夜這いでもするのかとからかわれながらも,少年のテントに忍び込んだ.
テントの中,だらしなく眠る少年の枕もとに小さな黄色い花を飾っていく.
すると少年は寝返りを打って,花の絨毯を枕にしてしまう.
グシュン!
くしゃみをして,少年は目覚めた.
「え? 何?」
子供っぽく鼻をこすって,銀の髪の少年は起き上がる.
「驚かそうと思っていたのに.」
見ると漆黒の髪の少女が,残念そうに微笑んでいた.
「朝目覚めたら花がいっぱい,というのを演出したかったのだけど.」
少女は少年のすぐそばまでにじり寄ってくる.
「でもマリ君も私を起こしてしまったから,これであいこね.」
少女の艶やかな漆黒の瞳が,少年の青の瞳を覗きこんでくる.
少年は顔を赤らめて,少女の顔を見返した.
この少女にせまられて,平常心でいれる人間などいるのだろうか.
「アスカ…….」
少女の唇に口付けようと抱き寄せると,それよりも先に頬にキスを贈られた.
「You are my sunshine!」
いきなり少年には分からない言葉を紡ぐ.
少年がぱちぱちと瞬きすると,少女はくすっと微笑んだ.
「これが私の魔法の呪文なの.」
そうして少女は楽しそうに少年に抱きついた.
「マリ君は私のお日様sun boyだからね!」
……and my everything,いつだってね.
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