番外編(舞台裏での秘密話)


床の大理石が白色に輝きだす.
「じゃぁ,迎えにいってくるよ.」
その光の中心で,銀の髪,青の瞳の少年が嬉しそうに微笑む.
「殿下,たとえ振られても王家の石だけは返してもらってくださいね.」
それを受けて,亜麻色の髪の青年がしゃべる.
どんどんと明度を増す光の中で,少年はショックを受けたようにみえた.

「大丈夫だってば,殿下.がんばれ!」
すると今度は,亜麻色の髪の少年が激励の言葉を送る.
まばゆい光に包まれて,少年は軽く手を振った.
「行ってきます.」

そうして,少年の姿は光の中に消えた…….
後に残されたコウリとサイラは,思わず同時にため息をついてしまう.
「殿下,浮かれすぎ…….」
弟が言うと,兄は苦笑して答えた.
「まぁ,仕方なかろう…….なんせ10年ぶりの再会なのだから.」

彼らの主君は,異世界チキュウへ初恋の少女を迎えに行ったのだ.
父親である王が病に倒れてからは毎日暗い顔をしていたのだが,今日は久しぶりに笑顔を見せている.
明るい日差しによく似た笑顔を…….

「いい娘だといいけどなぁ,アスカ.」
サイラはぽつりとつぶやいた.
名前はアスカ,長い黒い髪に黒い両目.
彼の主君曰く,とにかくかわいい,愛らしい.
そして,
かわいそうだから,守ってあげたい…….

「どんな娘を連れてくると思う? 兄ちゃん.」
隣に立つ兄に聞くと,そっけなく返される.
「さぁ…….向こうが殿下のことを今,どう思っているのか分からないし,それに忘れている可能性だってある.」
サイラはちょっとうんざりして答えた.
「兄ちゃんは夢がないなぁ.」
そしてふと面白そうな顔をして,兄に力説する.
「なんせあのカリン様を振っておいて,結婚したいって殿下が言っている娘だぜ.めちゃくちゃ美人なんじゃないの!?」

妙に興奮する弟をなだめるように,コウリは言葉を返した.
「なぜ,お前まで興奮するんだ……?」
そして,お堅い性格をしている兄にしては珍しいことを言い出す.
「それにカリン様は,そもそも殿下の好みのタイプじゃないだろう?」
明るく輝く金の髪,青の瞳.
国内国外を問わず,求婚者が後を絶たない美貌の姫君だ.
勝気な性格で,意外にしっかりものの彼らの主君のいとこである.

「殿下の好みのタイプってぇ……,」
サイラは思わず真面目に思案してしまった.
「なんか弱弱しくて,おとなしいタイプかなぁ,やっぱり.」
そう,あえて人物を挙げると,
「マツリ様タイプ……?」
カイ帝国からこの国へ嫁いできた不遇の姫君.
美しい緑の瞳はいつも悲しみを湛えている.

すると兄が真面目そうに不真面目なことを言う.
「いや,違うだろう.きっとフローリア様タイプの女性だ.」
カリンの妹で,意外にちゃっかりものの甘え上手.
ちなみに12歳である.
「殿下は昔からフローリア様に弱いだろう.しかもフローリア様のわがままを聞くのがひそかにお好きなようだし.」

すると弟が楽しげに言い返す.
「いやいや,意外にヒロカ様タイプかもよ.」
これまたカリンの妹で,こちらは16歳である.
「なんか,アスカを見るのが楽しみになってきた.」
自分の主君がどんな女性を連れて帰ってくるのか,わくわくする.

「まぁ,でも,殿下を支えてくれるお方なら,私はどんな女性でもいいな.」
真顔に戻って,兄が小さく言葉を零す.
彼らの主君はいろいろなものを背負っている.
この小さな国の命運を背負っていると言っても過言ではないのだ.
たった17歳の少年が…….

病に倒れている現国王の一人息子.
それが今の少年の立場だ.

「殿下,今ごろ会っているのかなぁ…….」
できれば,アスカも殿下のことをずっと想っていてくれますように…….
そう願わずにはいられない,というより,
「でもあの殿下のはしゃぎようを考えると,無理やりにでも連れ帰ってきそうな気がする…….」

「まさか…….」
コウリは笑いかけたが,ふと顔を凍りつかせた.
恋愛に関してはただひたすら一途で,どこか頑固なところがある彼らの忠誠の対象である少年.
「……そのときは殿下を説得して,さっさとアスカを帰して貰おう.」
思わず,彼らは神妙に頷きあった…….

このツティオ公国の王となるべき少年.
その少年が想いを寄せる少女はただ一人だけ…….

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