太陽は君のもの!


第四十六章 笑顔を見せて


東の地平に,太陽が白く輝く身の端を見せる.
その光が命令の合図,何のために誰のために剣を抜くのか,兵士たちには分からない.
白く照らされながらも,彼らの瞳には闇が宿っているのだ.

そのとき,兵士たちはカイ帝国の国境付近に軍隊の一群を見つけた.
言葉もなく,兵士たちはその軍隊に向かって突撃を開始する.
騎馬のものも歩兵も一斉に,そして一直線に目標へと向かって走る.

なんという迫力なのだろう,騎馬の群れの進撃を初めて明日香は見たのだ.
するとぎゅっと右の手を捕まれる,見ると隣に立つ銀の髪の少年が自分の手を握っている.
そして,少女を安心させるように微笑みかける.

兵士たちは無我夢中で,カイ帝国軍と思わしき軍隊に向かった.
しかし帝国軍は逃げる一方だ,しかも彼らは兵士たちを避けて弧を描きつつツティオ公国側へと逃げている.
明らかにおかしな行動だ,しかし操られたように兵士たちは雑然とそれについていく.
統率者が居ないために隊列は乱れ,意識が無いために馬から落ちてしまう者も居る.

しばらくすると,逃げ去る帝国軍の中から幾人かが取り残された.
その中の一人,銀の髪の少年が叫ぶ.
「古の光よ,我が名のもとに集いたまえ!」
少年は恐れも知らず,兵士たちの群れに突っ込んでくる.
「我が名はマリ・ツティオ!」

ぱっと明るくあたりが光輝く,少年の周りに居た兵士たちは堪らずに目を覆った.
少年は腰の剣を鞘ごと抜き,
「怪我くらいは許してくれ!」
ばたばたと兵士たちを,剣の鞘で殴りつけ倒してゆく.

その少年を守るように,亜麻色の髪の兄弟がそれぞれ長槍と剣を振るう.
こちらも致命傷を与えないように,刃の腹で兵士たちを叩きつける.
「陛下,気を付けてください!」
コウリは叫んだ,兵士たちのことよりも自分の身を大事にしてほしいのだが,それはこの少年には通じない.

幾百もの兵士たちに囲まれて,
「誰だよ,核っていうのは!?」
苛立たしげに,サイラは叫んだ.
さすがに数が多すぎる.
「手当たり次第に倒してゆけば,いつかは行き当たるさ.」
仲間になったばかりのキュリーが答え,そして,
「風よ!」
風が吹き荒れて,彼の周りの兵士たちがなぎ倒される.

マリたちの戦う様を,カイ帝国軍に扮した街の住民たちともに明日香は見つめた.
兵士たちは508人も居るのだ,いつか行き当たるといってもその前に少年が倒れてしまうのではないだろうか?

おそらく核となる人物を探すことができるのは君だけだと思う.
少女は兵士たちの顔を一人一人丹念に眺め渡した.
しかし分からない.
その瞬間での魔力の一番濃いところ……,そんなものが自分に分かるわけがない.
気持ちばかりが焦る,少年の役に立ちたいのに……!

「アスカ.」
優しく声を掛けられて,少女は視線を戦場から自分の背後へと向けた.
カリンが,ブレオが,そしてマツリが心配そうに自分を見つめている.
彼らの視線を受けて,明日香ははっきりと告げた.
「私,行きます.」
柔らかな太陽の光を浴びて,少女は晴れ晴れと笑んだ.

あの地上の太陽のもとへ…….

そうして何の迷いも無く戦場へと駆けてゆく.
後ろからブレオが慌ててついてくる.
少年はこの国の国王,みんなの太陽.

……もうとっくに,太陽は君のものだよ.
なら,怖いものなど何も無い!

戦場の端で剣を振るっていた兵士たちの一群が,やってきた少女と男に気付いて身体ごと向き直る.
戦いの始まりに,気持ちが高揚する.
私,私の名は,
「アスカ・カンバラ・ツティオ,行きます!」
飛び込みざまに,一人の兵士を堅く握った拳で打ち倒した.

戦場に乱入してきた少女に,マリは驚いた.
危ないから来るなと言い含めておいたのに,少女には通じなかったらしい.
いっそ生き生きと兵士たちの剣をかいくぐり,見慣れない体術を駆使して兵士たちを倒してゆく.

戦いの場に身を置きながら,少女は不思議な感覚に捕らわれた.
自分の意志で相手の白刃に身を晒しながらも,自分のことを大事に感じる.
自らの拳で相手を殴りつけながらも,傷つけたくない,守りたいと感じる.

もう殺したいとか死にたいとか,考えもつかない.
なのに,誰にも負ける気がしないのだ!
「アスカ!」
鞘ごと剣を打ち払いつつ,銀の髪の少年が傍までやってきた.
「すごいね!」
心配そうに怒った顔をする少年に向かって,少女はあっけらかんと笑う.

「マリ君がそばにいると,何でもできるような気がする!」
何よりも明るく輝く最上の笑顔,少年は一瞬あっけに取られてしまった.
この緊迫した情況でこの笑顔が出てくるとは……,少年も笑った.
「私もだよ.」
君が居るから,強くなれる.
少年は自らの剣を地面へとつきたてる.
「大地に眠る力よ,今こそ脈動せよ!」

少年と少女の周りで大地が揺れる.
少年の背中越しにではなく,背中合わせに見る世界.
その瞬間,少女には分かった.
「マリ君,この人が,」
一人の兵士に向かって,少女は襲い掛かる.
「この人が核だ!」

茫洋とした視線で剣を振るう一人の兵士に,少女は攻撃を仕掛けた.
落ちかかる剣を避けて,懐に潜りこみ拳を腹へと送り込む.
しかし暗示が効いているのか,男はまったく平然として自分の懐にいる少女の首をしめた.

「くっ,」
明日香は首に絡み付く戒めを解こうとあがいた,しかしすぐに視界に銀の影を認める.
「アスカ!」
マリは少女の首をしめる兵士の後頭部を剣の鞘で打ちつけた.
しかし躊躇してあまり強く打たなかったせいか,打ち付けられた兵士はまったく平気な顔をして振りかえる.

瞬間,マリは兵士の顔を拳で殴りつけた.
堪らず,兵士は少女を開放し1,2歩後退する.
「目を覚ませ!」
咳き込む少女を視界の端で確認しながら,マリはどなった.
「お前が従うべきが誰か,思い出すがいい!」

反意など微塵も許さない強い声.
そして視線を逸らすことを許さないまっすぐな瞳.
「あ,」
水をかけられたように,兵士は立ちすくんだ.

王都に住んでいればともかく,辺境で育った彼は王の顔など見たことも無い.
しかし分かる,分からされてしまう.
「国王,陛下…….」
この少年が自分たちの仰ぐべき王だと…….

途端に彼の周りで,他の兵士たちが糸が切れたように倒れだした.
「な,なんだ!?」
彼は驚いて回りを見回す.
そもそもなぜ自分たちが武装して,国境地帯にいるのかさえも分からない.

事態がまったく理解できない彼に,目の前にいる銀の髪の少年が微笑んだ.
「魔法が解けたのだな.」
彼は驚き,戸惑いながらも頷く.
「なら,街へ戻ろう.」
彼の忠誠の対象は優しく手を差し出した.

しかし次の瞬間,少年は信じられない音を,いや信じたくない音を聞いた.
馬蹄の轟だ.
人々はみな,青い顔をして音のする方を見やった.
国境から,騎馬の群れがまっすぐにこちらへ向かってくる.
整然と隊列の組まれた,正真正銘の軍隊.
カイ帝国軍が国境を越えて,ツティオ公国へと侵攻してきたのだ.

「そんな…….」
絶望に彩られた声は誰のものだったのか.
マリはこちらへと向かってくる騎馬の群れをまっすぐに見つめた.

この国を任せたよ……,マリ.
もちろん,守って見せますよ.父上…….

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