てきぱきと街の住民たちに指示を出す少年を見つめて,明日香はため息が出そうになるのをこらえた.
自然に人の輪の中心にいる少年,さっきまで少年を責めていた街の住民たちでさえ今は少年の味方だ.
いつになったら,自分と少年との間の距離は縮まるのだろうか.
「アスカ.」
少女がぼんやりとしていると,少年が少女の名を呼んだ.
自分に向けられる眼差しに,少女は思わず嬉しくなってしまう.
「済まないが,マツリ殿を呼んでくれないか?」
兵士たちの集団はとうに町から離れ,国境へと向かっていた.
「全員で兵士たちを追いかけよう.」
誰の制止も聞かずに.
その瞳は,国を守る国王の瞳.
少女は少し背伸びをして,少年の頬にさっと口付けた.
「了解!」
そうして笑顔を見せて,少女は軽やかに宿の方へと走り去る.
思わずその場に立ちつくして,少年は苦笑した.
軽いキス一つで,簡単に少女は自分を勇気付けるのだ.
「ブラッケ.」
いまだに街の住民たちから責められている自分のはとこを探し出して,マリは呼びかける.
「用意してほしいものがあるのだが.」
少年のはとこは怪訝そうな顔をした.
「何でもやるけど……,」
妙にご機嫌なマリの顔を見て,すねたように聞く.
「自信たっぷりだな,うまくいくと思うのか?」
銀の髪の少年は,にっこりと微笑んだ.
「必ずうまくいかせるさ,誰も犠牲者は出さない.」
余りにも簡単に言い返されて,ブラッケは言葉に詰まった.
その強い青の瞳に,いつも負かされる…….
ブラッケは諦めたように笑んだ.
「何なりとご命令ください,陛下.」
ならもう,負けてしまおう.
どれだけ対抗してはむかってみせても,自分は結局このはとこのことが好きなのだから.
マツリの眠っている部屋へ向かう途中,明日香はキュリーに呼び止められた.
「おそらく核となる人物を探すことができるのは君だけだと思う.」
キュリーの発言に,少女はまっすぐな視線で応える.
「心の魔法を克服した君になら分かるはずだ,誰が一番心を暗闇に染めているのかを.」
暗闇の中,いつも太陽の光に恋焦がれていた.
いまはもう,何も怖くない.
「はい,がんばります.」
にこっと笑って漆黒の髪の少女は答えた.
そしてきっと魔法を解くことができるのは少女の太陽だけだ…….
あの強い瞳がいつだって心の弱さを吹き飛ばす.
「マツリさん,起きて.」
軽くベッドに横たわる女性を揺さぶる.
「あ…….」
暗い部屋の中,マツリはびくっと身体を震わせて目を覚ました.
明日香はマツリの姿を同情するよりも愛しげに見つめた.
私,私もこんな感じだった?
でもマリ君は愛してくれたよね…….
「大丈夫よ.」
明日香は優しく微笑んだ.
「あなたは私が守ってあげるから…….」
……私はアスカのことが好きだから,守りたいって大事にしたいって思っているから.
婚礼の夜に,青の瞳が少女に告げた誓いの言葉.
いつも守ってくれてありがとう.
今度は私が守る…….
頼りなげなマツリの身体を優しく抱きしめて,少女は決意した.
作戦についてコウリとサイラとともに相談をしていると,マリは老女に話し掛けられた.
兵士の一人である自分の孫の身を案じる老女を,銀の髪の少年は優しくなだめる.
と思うとまた別の人間に,今度は中年の男性に声をかけられる.
「期待しているぜ,国王陛下!」
と笑って,男は背の低い少年の頭をぐりぐりと撫でた.
国民に慕われる国王,これほど臣下にとって誇らしい主君はない.
コウリは目を細めて,銀の髪の少年を見つめた.
「すごいね…….」
隣で弟が感嘆の声を上げる.
「陛下がいると,不可能なことは何もないって思える.」
さっきまでの国が滅ぶかもしれないという悲壮感はもうどこにもない.
「……そうだな.」
優しく微笑んで,コウリは同意した.
皆でこの国を守るのだという,決して戦争は起こさせないのだという活気に満ちた空気が今この場を支配している.
その輪の中心に居るのは銀の髪,青の瞳のたった17歳の少年だ.
そばに漆黒の髪の少女がやってくると,嬉しそうに微笑み返す.
すると町のものにからかうように頭を小突かれて,少年は真っ赤になる.
少女はその姿を見て,楽しそうに笑った.
亜麻色の髪の青年はふと思い出す.
彼女は決して殿下を愛してはくれませんよ.
アスカが王妃としてやっていけるとは思えない.
今となってみれば,すべて杞憂だったわけだ.
すっかりしあわせそうに微笑むようになった漆黒の髪の少女.
そしてこの国も,きっと守ってくれるのだろう…….