太陽は君のもの!


第四十四章 すがりつく声


夕刻,日の沈む直前に,マリはキュリーと連れ立って宿に戻ってきた.
宿の前では金の髪の少女が二人を待ち構えている.
「陛下,ごめんなさい.」
そうして困ったように,カリンは微笑んだ.
「問題が増えたわ.」

宿に入り,そっとその部屋のドアを開けると,ベッドに青い顔をして横たわる女性と枕もとに座っている少女が見えた.
まるで母親のような暖かな眼差しで,少女はマツリを寝かしつけていた.
少女は彼女を悪夢からも守るように,低く小さな声で子守唄を歌う.
マリには耳慣れない異国の歌だ,きっと少女の故郷の歌だろう.

もうこの少女には自分の庇護は必要ないのかもしれない…….
そう思うと胸がツキンと痛んだ.
すると少女は視線に気付いて少年の傍までやってきた.
無言で少年とともに部屋から出て,音を立てないように静かにドアを閉める.

「マリ君,ごめんなさい…….」
開口一番,少女は少年に謝った.
「でも,私マツリさんをアカムさんに会わせたいの.」
それでも頼ってくる漆黒の瞳,この瞳を守っていたい.
少年はにこっと微笑んだ.
「マツリ殿は帝国から失踪して行方不明,我が公国には来ていない.」

「その後,アカム叔父上が城から失踪,もちろん先に失踪したマツリ殿とは無関係だ.」
そうして少女の片頬を手のひらで包み込む.
「それでしらをつき通す.」
国王の顔のままで,少女に軽く口付けた.

軽い口付けに,少女は少年と同じように微笑む.
「ありがとう,国王陛下.」
そのような呼ばれ方は,初めてだ.
少年は軽く笑みを返した.
「どういたしまして,王妃様.」

「……というわけで,いちゃついてないで説明してくれない?」
横を見ると,呆れた顔をしたカリンとブレオが立っていた.
「キュリーさんの説得はどうなったの? まぁ,聞かなくても分かるけど.」
と言って,カリンは興味深そうに一同を眺めている男を指差す.

キュリーは面白そうに微笑んだ.
「初めまして,カリン様にブレオ殿.そして会うのは2度目だね,アスカ.」
男のじっと見つめてくる瞳に,明日香はどきっとした.
キュリーは優しく微笑みながら言う.
「大丈夫だよ,アスカ.君はもう魔法にはかからない.」

明日香はきょとんとして,キュリーの顔を見返した.
「暗示もすっかり解けている.尊敬するよ,自分にかけられた心の魔法を解くなんて.」
心の魔法……,
君は初めて会ったときから,私の暗示にかかってしまったのだよ.
「本当に解けているのですか?」
少女は不安そうにキュリーに向かって訊ねた.

少女の問いに,キュリーは頼もしく頷く.
「なら,マリ君のおかげです.」
少女は木漏れ日のような笑顔を零した.
「……なるほど.」
幸せそうな少女の笑みに,キュリーも笑顔を見せる.
少女の隣ではなんのことか分からずに,銀の髪の少年が不思議そうな顔をしていた…….

卓を囲んで,キュリーは先ほどマリにしたのと同じ説明を明日香たちに向かって始めた.
窓の外では日が沈み,すっかり暗くなっている.
「私はグリュー殿下の依頼を受けて,兵士たちにブラッケ殿下の命令にただ従うように心の魔法をかけました.」
正面に座る漆黒の髪の少女が頷くのを確認すると,キュリーは語を継いだ.
「それで魔法の解き方ですが,残念ながら私には解くことができません.」

キュリーを見つめる明日香とカリンとブレオは意外そうな顔をしてみせた.
「心の魔法というものは,かけられた本人が自力で解くしかないのですよ.」
そうして,明日香に向かってウインクをしてみせる.
「王妃様のようにね.」

金の髪の少女,カリンが口をきいた.
「じゃぁ,兵士たち一人一人に自分にかけられた魔法を解かせないといけないの?」
兵士たちは500人余りにいる.
それはなかなかに骨の折れる作業だ.
「えぇ,簡単にいえばそうです.しかし今回は魔法の核となっている1人だけでいいんです.」
「核?」
次は無精ひげをはやした男,ブレオが訊ねた.
「はい,さすがに508人全員には心の魔法はかけられません.つまり核となる人物の魔法が解けたら,魔力はほどけて分散するのです.」

だんだんと明日香には分かりづらい話になってきた.
「それは誰なのですか?」
するとキュリーは苦笑して答える.
「核とはそうゆうものではないんだよ.」
そうして思案顔になって説明を始める.
「その瞬間での魔力の一番濃いところ.そしてそれは常に移り変わって,」

そのとき,いきなり外に面している窓がどんどんと乱暴に叩かれた.
ぎょっとする一同を制して,銀の髪の少年は窓に近寄る.
「陛下,大変だよ!」
よく聞きなれている幼馴染の声を聞いて,マリはさっと窓を開けた.
「兵士たちが国境へ向かおうとしている!」
額に汗を浮かばせてサイラは叫んだ.

窓の外を見ると,夜の町は騒然としていた.
兵士たちが整然と町の外へ向かって行進をしている,そしてそれを阻止するべく街の住民たちが兵士たちを囲んでいるのだ.
兵士たちは親らしい人物が懇願しても,恋人らしい娘が泣き叫んでも無表情にただ歩きつづけていた.

誰の言葉も,彼らの心には届いていない.
少年の肩越しに見える光景に,明日香はぞっとした.
これが心の魔法…….
この魔法のために,自分は自らの足で男に抱かれに行ったのだ.

マリは無言で窓を乗り越え,宿から出た.
そうして兵士たちの先頭集団に喰らいついているコウリのもとへと走りゆく.

「陛下!」
何を言っても何をやっても通じない兵士たちの相手をしていたコウリは,主君の姿を認めて安心した.
青年の主君は厳しい顔を,兵士たちに向ける.
「何をやっている!?」
少年の青の瞳が,灼熱の炎を映す.
「私の許可を得ずに,どこへ向かうつもりだ!」

他者を圧する強い王者の眼差し.
雷に打たれたように,兵士たちは前進を辞めた.
しかしコウリが安堵のため息をついた途端,再び兵士たちは彼らを無視して歩き出す.

マリは再び口を開こうとした,しかし誰かに腕をそっと叩かれる.
見ると漆黒の髪の少女が,いつの間にか少年の隣に立っていた.
「マリ君,ブラッケさんがあそこに居るよ.」
少女の指差す方を見やると,街の住民たちに囲まれて銀の髪の青年がおどおどと視線をさまよわせていた.

青年はマリの存在に気づいて,卑屈な笑みを浮かべる.
「マリ! ……いや,陛下!」
途端にブラッケを取り囲んでいた人々は,マリと明日香の方に一斉に視線を集中させた.
「陛下!?」
「まさか,国王陛下?」

すがるような責めるような視線に囲まれて,少女は逃げ出したい気持ちになった.
しかし逃げ出すわけにはいかない,これが少年の背負っているものなのだから.

「ブラッケ,これはどういうことだ?」
平然と幾十の視線にさらされながら,銀の髪の少年は詰問した.
「帝国への攻撃は辞めると,」
「だから,辞めるように兵士たちに言ったんだよ!」
みなまで言わせずに,ブラッケは言い返した.

「でも聞いてくれないんだ! 前の命令の方をどうしても優先させてしまうんだ!」
「なんと命令なさったのですか?」
今度はキュリーが問いただす,ブラッケはキュリーの存在に驚きつつも答えた.

「帝国とパリティ連邦国との戦闘が始まったら,次の日の夜明けとともに帝国に対して攻撃を仕掛けるように,」
「なんてことを命令したのよ!」
カリンが怒りに燃え上がる瞳ではとこの青年を責める.
「陛下.兵士たちは過去に受けた命令の停止を受け付けませんよ,そうゆう魔法なのです.」
ブラッケには構わずに,キュリーはマリに説明をした.
人の心など,そんなにも融通の利くものではないのだ.

「どうなさいますか?」
真剣な眼差しで問うてくる.
隣に立つ少女の不安そうな視線を感じながら,銀の髪の少年ははっきりと自らの意志を示した.
「もちろん,彼らを止めるさ.」

「どうやって!?」
少年たちを囲む集団の中からヒステリックな声があがる.
「陛下,お願いします.息子を止めてください.」
街の住民たちが口々に叫ぶ.
「帝国の反撃を受けたら,この国はもうおしまいだ!」
町はほぼ恐慌状態に陥っている.

しかし少年は冷静に彼らを見回して,そうして微笑んで見せた.
「大丈夫,彼らを止める事はできます.」
少年の余裕のある表情に住民たちは静かに少年を見つめ,次の言葉を待つ.
「一つ策があるので,協力していただけませんか?」
明るい日差しを連想させる笑顔で,少年は笑った.

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