太陽は君のもの!


第四十二章 権力者としての欲


ブラッケからキュリーの居場所を聞き出すと,マリたちはさっさと城から出て行った.
しつこく引きとめようとするブラッケに,カリンは拳骨を喰らわせる.
「私たとえ何があっても,ブラッケにだけはほれないから!」
マリやコウリ,サイラの表情を見る限り,このやり取りはいつものことらしい.

「キュリー殿には私一人で会いに行くよ.」
城から出ると,マリはそう告げた.
「なんとなくだが,一人で会いに行った方がいいような気がするから.」
コウリが心配そうな眼差しを主君に向ける.
「キュリー殿は魔術の使い手です.危ないですよ,お一人では.」
すると,意外にもブレオがマリの意見に賛同した.
「いや,一対一の方がいい.」
そうして意味深に,少年の青の瞳を見つめる.
「あの男は陛下のことが知りたいんだ,きっと.」
キュリーは根無し草であった過去の自分自身とどこか似ている,ブレオはそう思った.

マリ一人でキュリーを訪ねることに決めた一行は,とりあえず町の宿屋に部屋を取った.
当然のごとく,王族であることは伏せてである.
「心の魔法かぁ,やっかいよねぇ.」
部屋に旅の荷物を置くと,カリンは明日香に向かって言った.
彼女たちは相部屋である.

「カリン,心の魔法って何なの?」
明日香は訊ねる,実はいまいち分かっていないのだ.
催眠術みたいなものなのかしら?
「そうねぇ,実は私もよく知らないのよ.」
カリンはベッドにぼすっと座り込んだ.
「すごく特殊な魔法で,使える人もほとんどいないし.」

するとコンコンと軽くノックの音がする.
明日香がドアを開けると,銀の髪の少年がそこには立って居た.
少年に呼ばれるままに少女は部屋から出,少年の個室へと付いて行く.

漆黒の髪の少女の後姿を見送り,カリンは思わず相部屋の組み合わせを変えたほうがよいのではと考えてしまった…….

部屋に招かれると,少女は少年に乱暴に口付けられた.
怒っているような表情の少年に,少女は訊ねる.
「マリ君,もしかして怒っている?」
すると少年は長いため息を吐いた.
「頼むから,さっきみたいなことは二度としないで…….」
明らかに怒っているくせに,情けなさげに頼み込む.

それはブラッケにいやらしくせまったことだろうか,それとも剣の一騎打ちを受けたことだろうか,おそらく両方に違いない.
明日香はむっとして反論した.
「いいじゃない.ブラッケさんを説得できたのだから.」
「アスカは何もしなくていいよ.」
少年の手が優しく少女の頬を撫でる.

しかし明日香はきっと少年を睨みつけた.
「私もマリ君の役に立ちたいの! この国を守るお手伝いがしたいの!」
少女の科白に少年は驚いた表情をした.
どうしてこの少女は,自分の腕の中でただ守られていてくれないのだろうか?
「だって……,マリ君のことが好きだから.」
そうゆう表情を見せられると,もう勝てない,完敗である.
今度は優しく少年は少女に口付けた.

このままどこかに閉じ込めて,自分だけのものにしたくなる.
「そんな顔,私以外には見せないでって言っただろ.」
華奢な少女の身体を抱きしめて,少年は言った.

昼下がりの宿の部屋で一人,魔法書を読んでいるとドアが元気よくノックされた.
訪問者は誰か,なんとなく予想はついている.
キュリーは椅子から立ち上がり,ドアを開いた.
案の定,そこには銀の髪,青の瞳の少年が立っていた.

まっすぐに見つめてくる澄んだ青い瞳に,キュリーは思わず苦笑する.
心の魔法の使い手とわかっていて,それなのに何のためらいも無く自分の眼を見つめてくる.
鈍いのか,大物なのか,しかしきっとこの少年には心の魔法はかけられないだろう…….

「キュリー殿,次は私に雇われませんか?」
意外な申し出にキュリーは面食らった.
「私はなかなか高額ですよ.」
交渉の始まりに,キュリーは楽しそうに微笑む.
魔法を解けと懇願するでもなく,脅すでもない.

肩を竦めて,少年は得意げに笑った.
「実はガトー国国王陛下から,以前にお渡ししたライアセイトの代金を貰ったばかりなので,いくらでも払えますよ.」
キュリーは思わず吹き出してしまう.
なかなかに楽しい国王陛下だ.
「この事態を金銭の力で解決なさるおつもりですか?」
誇り高いはずの王族が商売人のようなことを言うとは.

にっこりと笑って,少年はぬけぬけと答えた.
「えぇ,そうです.」
「国王としてプライドは無いのですか?」
なぜ権力や暴力を駆使しない?
「この国を守る,誰も悲しませない.それが私の矜持です.」
たった17歳の子供らしからぬ顔で,少年は告げた.

いや,むしろそんな理想論を掲げるなど何よりも子供っぽいのかもしれない.
「だから戦争はしない,ですか?」
聞いてみたい,この少年の考えていることを.
見てみたい,どんな人生を歩んでゆくのかを.
「キュリー殿は死者を蘇らせることはできますか?」
すると,少年は反対に訊ねてきた.

キュリーが首を振ると,少年は懐かしそうに瞳を細めて話し始める.
「私は昔,死んだ母上を生き返らせたくて,異世界へ家出をしたことがあるのです.」
そう,それが7歳のときに異世界チキュウへ行った理由だ.
「ここではない違う世界でなら,可能なのかもしれないと考えて……,」
そこで出会った漆黒の髪と瞳を持つ少女.
「しかし,そんなことはやはり不可能でした.異世界で出会った少女に言われましたよ.」
ぼろぼろに傷ついて,泣いていた.
抱き寄せると,強く必死にしがみついてきた.
彼女がいつでも,自分のモチベーションになっている.
「そんな方法があるのなら,自分がとっくにやっていると.」

「死者を蘇らせることはできない……,だから,」
まっすぐに見つめる王者の瞳.
「戦争は起こさせない,決して.」
少年の強い意志を映して輝く.

「甘い理想論ですね.」
しかし少年は,馬鹿にされたと怒るでもなく微笑んだ.
「分かっています.それでもどこまで自分ができるのか,試してみたい.」
従いたくなる,ついていきたくなるような青い空の瞳.
「それが,私の国王としての欲です.」

「だから戦争への誘いには乗らない…….」
少年の次の語をついで,キュリーはしゃべった.
「期待以上の答えですよ,陛下.」
キュリーはおもむろに少年の前に膝をついた.
「私にも,そのお手伝いをさせてください.」
少年は驚いて,キュリーの顔を見つめ返す.
「あなたに忠誠を誓いましょう.」

「なぜ?」
心底意外そうに少年は聞いた.
キュリーは,自分の膝を折るべき相手に向かって微笑んだ.
「自分の価値をお分かりでない?」
金銭で雇われるよりも何よりも,
「あなたにはついていきたくなる魅力があるのですよ.」

だから自分はこの小さな国に留まっていたのかもしれない…….

<< 戻る | もくじ | 続き >>


Copyright (C) 2003-2005 SilentMoon All rights reserved. 無断転載・二次利用を禁じます.