太陽は君のもの!


第四十一章 一騎打ち


「ブラッケ! 待ちなさいよ!」
足はやに歩き去る青年をカリンは追いかけた.
説得すると言ったくせに,最初から喧嘩腰に呼びかけている.

「カリン様,かっかとしすぎ!」
サイラがからかい半分,心配半分に言う.
「まぁ,気持ちは分かりますが……,」
コウリはつぶやく,主君のことを何かと嫌う青年をコウリも余り好きではない.

「ブラッケ!」
追いつくと,カリンは青年の肩を掴んで強引に振り返らせた.
「なんだよ! カリンもマリの味方かよ!?」
頑是無い子供のわがままのような返事にカリンはむっとする.
「今はそんな場合じゃないでしょ!」
どうしてこのはとこには国を守る王族としての自覚が無いのか.

「帝国に勝てるなんて本気で思っているの!? 攻撃を仕掛けるなんて馬鹿なことを考えるのは止めなさいよ!」
すると同じようにかっとしてブラッケも言い返す.
「これはチャンスなんだ! この機会を逃すなんてマリは単なる臆病者さ!」
「陛下は,」
思わずムカッときて,コウリが口を開くと,
「たとえなんと思われようとも,戦争はしない.」
追いついてきた銀の髪,青の瞳の少年が口を挟んだ.
有無を言わせない強い視線がブラッケを射抜く.
「ブラッケ,兵士たちにかけた心の魔法を解くんだ.」
簡単に威圧されて,ブラッケはたじろいだ.

国王となったこのはとこの前では,自分は昔からいつも劣等感に苛まれる.
周りの関心を独り占めし,自分には無いものをたくさん持っているのだ.
「いやだ,お前のいうことだけは聞きたくない.」
こうなってくると単なる子供のわがまま,感情論である.

「なら,私からお願いします.」
控えめな女性の声にブラッケが横を向くと,漆黒の髪の少女が潤んだ瞳で至近から彼の瞳を覗き込んでいた.
「お願い,魔法を解いて…….」
彼の胸にそっと手をあてて,しっとりと濡れた声で囁く.
「な,な,な……,」
真っ赤になってブラッケは後ずさった,その少女の色香に思わず頷きそうになってしまう.

「アスカ!?」
ブラッケにせまる少女を,後ろからマリは抱きしめて引き離した.
「何をやっているんだよ!?」
先ほどまでの落ち着きはどこへやら,慌てて少女をブラッケから隠すように後ろへと押しやる.
「私も見習おうかしら……?」
真っ赤になって焼きもちを焼いているらしい,いとこの姿を見て,カリンはいっそ感心したようにつぶやいた.
「無理だって,カリン様には.」
からかうように楽しそうに,サイラが笑う.
「勘弁してくださいよ…….」
その隣では彼の兄が長いため息と共につぶやいた.

「アスカに一任したほうが説得できるんじゃねぇか?」
ブレオが面白そうに,主君に提案すると,
「駄目だってば!」
マリはすぐさま叫び,子供のように少女を抱きしめる.
これは自分だけのものだと言わんばかりだ.
「アスカのやり方だと,説得ではなく誘惑ですよ…….」
コウリはさりげなく主君に味方した.

周りの注目があっという間に自分ではなくなったことにブラッケは気付き,そしてだんだんと腹立たしくなってきた.
彼のはとこに大事そうに抱きしめられている少女に目をやる.
「分かった,帝国への攻撃は止める.」
すると一斉に,マリたちはブラッケの方を向いた.
「ただし,条件がある.」
そうして,意地悪くブラッケは笑う.
彼の嫌いな,はとこの少年を困らせる案が思いついたのだ.
「そこの王妃様が私に一騎打ちで勝てたら,だ.」

案の定,銀の髪の少年はブラッケの方をきっと睨みつけてきた.
「断る.」
初めて優越感に満ちて,ブラッケは口元を緩ませる.
「手加減くらいするさ,ハンデを与えてもいい.」
自分は的確にマリの弱点を掴んだらしい.
妙な表情をしているカリンやブレオや亜麻色の髪の兄弟には気付かずに,ブラッケはしゃべった.

「一騎打ちに応じなければ,すぐにでも兵士たちに帝国への攻撃を命令するぞ.」
心底楽しげに,ブラッケは脅し文句を口にする.
マリの青の瞳に強い光が輝く.
年下の癖に,常にブラッケを圧する視線だ.

「マリ君,私,やるね.」
ついに少年の背後から,漆黒の髪の少女が出てきた.
「駄目だよ,アスカ.」
銀の髪の少年は少女を引き止める.
あきれ果ててしまうぐらいに過保護な様子が見て取れる.
「君は何もしなくていいと,いつも,」
すると少女は少年の口にそっと自分の人差し指を押し当てた.
そうやって少年を黙らせてから,くすっと微笑む.
少女のしぐさに,少年は頬を赤らめた.
「剣を借りるね.」
少女は少年の腰にある剣をすっと引き抜いた.

「あなたも構えてください.」
抜き身の剣をささげ持ち,少女はブラッケに対した.
妙な雰囲気を持つ少女だ,そして心の奥の見通せない漆黒の瞳.
言われたとおりに剣を抜き構えつつ,ブラッケはいぶかしむ.
しかしあのマリの心配ようをみると,剣など持つのは初めてなのだろう.

「行きます!」
「え?」
いきなり勇ましく少女は,ブラッケに向かっていった.
ガギィーン!
音を立てて,ブラッケは少女の剣戟を受ける.
「な……?」
戸惑うブラッケには構わずに,少女は次々と剣を繰り出す.

これでは反撃しないとやってられない.
「く,くそぉ!」
緩慢に横に薙ぐと,少女は身体を沈めて剣先を交わした.
そうして,下から青年の足元を蹴りつける.
「うわぁ!」
予想してなかった足元への攻撃に,ブラッケは倒れこんだ.
慌てて起き上がろうとすると,目の前に剣の切っ先を突きつけられる.

青年はいまだ信じられないように,あっという間に自分を倒した少女の顔を見上げた.
息の一つさえも弾ませずに,少女は会心の笑みを浮かべる.
「私の勝ちですね.」
まさかここまでの剣の使い手とは……!
はめられたと思って,マリの方を見れば少年は相変わらず心配そうな顔をしていた.

どうゆうことだとブラッケが視線をさまよわせると,ブレオがマリの背中を乱暴に叩く.
「陛下は心配しすぎだって! アスカの戦闘能力はかなりのものなんだから.」
見るからにがさつそうな男は,大きな口で大きな声で笑う.
だいたいこの少女は商隊では護衛の任さえしていたのだから.
勝ち誇ったような笑顔を,何故かカリンがみせる.
「さぁ,魔法を解いてもらうわよ.」
腰に手をあてて,無意味に偉そうな態度である.

屈辱感にまみれながら,ブラッケは立ち上がった.
「分かったよ! でも私は魔法の解き方など知らないから,魔法をかけた男に今から会いに行ってくるさ.」

キュリー殿のことか…….
安堵し喜ぶ周囲に関わらず,マリは一人思案に沈んだ.
グリュー大叔父上に雇われていると言っていた,さて,彼の息子のブラッケの言うことを聞くだろうか?

マリはまっすぐに,はとこの青年の深緑の瞳を見つめて口を開いた.
「いや,キュリー殿には私から頼みに行く.」
ブラッケはぎょっとしてマリの顔を見返す.
なぜ魔術師の名を知っているのだ?
この少年には本当に分からないものなど無いのだろうか.
「ブラッケは決して兵士たちを動かさないとだけ約束してくれ.」

「……分かったよ!」
苦々しげにブラッケは了承した.

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