太陽は君のもの!


第四十章 心の魔法


「それってブラッケの魔法なの?」
金の髪,くすんだ青の瞳の少女が信じられないといった表情になる.
スビッツ地方の地方兵である500人以上の兵士たちを操ることができるほどの魔力が,彼にあったのだろうか?
いや,そもそも心を操るような繊細な魔法を使えるとは,とてもではないが考えられない.
「それは分からない.とにかく城へ行き,ブラッケに会おう.」
銀の髪,澄んだ青の瞳の少年は答えた.
そうして前だけを向いて,先に先にと歩き出す.

少年の後を第一の臣下である亜麻色の髪の兄弟が,異世界出身の妃が追いかける.
妃の護衛であるブレオの後を,カリンは複雑そうな顔をしてついていった.

小さな城というより砦のような外観を持つ建物の前まで来ると,少年をつと足を止めて立ち止まった.
「アスカ.」
ブラッケが心の魔法を使えるとは思えない,しかし念のためだ.
「ブラッケに会ったら,目を合わせないで.」
少女の顔がさっと青ざめる.
心を射抜くような金の瞳が思い起こされた…….

「国王陛下?」
後ろから呼びかけられて,マリは明日香をかばうように立ちながら振り返る.
「……キュリー殿?」
意外な人物からの呼びかけに少年は目を丸くした,一瞬男の名前が思い浮かばなかったほどだ.
魔術師というより武人を連想させる逞しい体つき,日に焼けた素肌.
「ここにいれば会えると思っていましたよ.」
賭けに勝ったように,キュリーはにやっと笑う.
レニベス王国の魔術師,明日香の体内にあった王家の石を取り出すために王城に来た男である.

「なぜ,このようなところに……?」
彼をこの国へ呼び寄せた元雇い人のコウリは聞いた.
もうとっくにツティオ公国から出て行ったものと思っていたのに.
「陛下,あなたならその理由を分かるでしょう?」
するとキュリーは答えずに,マリの方へ話を振る.

ツティオ公国王城に居たキュリーが今,この場所に居る理由,そしてわざわざ自分に話し掛けてきた理由.
「今度はグリュー大叔父上に雇われたのですね.そして兵士たちに心の魔法をかけた.」
まっすぐにキュリーの眼を見つめて,少年は答えを紡ぎだした.
キュリーほどの魔法の使い手なら決して不可能ではないはずだ.
驚く周囲には構わずに,魔術師は楽しそうに少年を誉める.
「ご名答,陛下.」
そうしてまるで試すように訊ねてくる.
「さぁ,この事態をどうなさいますか?」

まるで主君を馬鹿にするような口調にかちんときて,サイラが怒鳴った.
「なんだよ,この国をピンチに陥れて楽しいのかよ!?」
戦争を,大勢の人間の命をかけた駆け引きをこの青年は楽しんでいるのか?
怒る少年に対して,キュリーは妙に真面目な顔で聞き返してきた.
「カイ帝国に一矢たりとも報いたくはないのですか?」
意味深に,マリの背中でかばわれている少女の方に視線を向ける.
「……特に国王陛下は?」

男の視線にさらされて,明日香の体が小刻みに震えだす.
震える少女の身体をぎゅっと抱いて,カリンは無言で青年を睨みつけた.
するとマリがまっすぐにキュリーを見つめて言う.
「私は戦争はしません.」
曇りの無い,嘘のない瞳.
この少年の真摯な視線は何があっても揺るがない.

「あなたなら勝てますよ.……いや,あなたが参戦しないとこの戦は,カイ帝国の思い通りに展開するだけです.」
嫌に熱っぽくキュリーは少年に語りだす.
「あなたはこんな小さな国の国王で収まる器じゃない.もっと大きなものを手に入れたいと思いませんか?」
さらなる富や名誉や権力を…….

キュリーの熱い口調に,少年は怪訝な視線を送った.
この男は自分を誘惑しているのだろうか?
しかし……,
後ろで震える愛しい少女,彼女の存在がある限り自分は大切なものを見失わずに済むのだ.
少年は男に向かって,微笑んで見せた.
「兵士たちにかけた心の魔法を解いて下さい.」

気負うわけでも怒るわけでもない少年に,諦めたようにキュリーは笑う.
「今はグリュー殿下に雇われていますので…….」
「分かった.」
少年は簡潔に答えた.
そうして周りを促して城の方へと歩いていく.
少年たちの後姿を,キュリーはおもしろそうに見送った.

キュリーの視線を感じながら城の中へと入り,コウリはたまらずに主君に訊ねた.
「陛下,どうなさいます?」
すると少年は安心をさせるように微笑む.
「キュリー殿と王都に居るグリュー大叔父上のことは後だ.今はブラッケに戦を仕掛けないように説得するのが先だろう.」
兵士たちがブラッケの命令をしか受け付けないのならば.
「それ,私に任せてくれない? 陛下.」
勝気そうに瞳を燃やして,カリンがしゃべった.
そうしてまだ少し青い顔をしている明日香を,少年の方へと押し付ける.

「いざとなったら結婚の約束でもなんでもして説得するから.」
ブラッケはカリンの求婚者の一人でもあった.
コウリが金の髪の少女の横でぎょっとする.
渡された妻の肩を抱いて,マリは心配顔でいとこの少女をたしなめた.
「駄目だよ,カリン.そんなの……,」

「カリン!? マリ?」
そのとき,ばたばたと廊下を走る音がして,一人の青年が彼らのもとへとやってきた.
「それにコウリとサイラも,……誰?」
明日香とブレオの顔を不思議そうに眺めて,青年は聞いた.

少年と同じ銀の髪,深い緑の瞳を持つ青年だ.
顔立ちが少しだけ少年と似ていて,血縁を感じさせる.
銀の髪の青年は,マリに肩を抱かれている少女を興味深げに見つめた.

「彼女はアスカ,私の妻だ.それと彼はブレオ,アスカの護衛役だ.」
マリは2歳年長のはとこに,簡単に二人の紹介をする.
それですぐに本題に入ろうとするのだが,
「ブラッケ,帝国の,」
「本当かよ!? えらい美人じゃないか!」
少年の言葉を無遠慮に遮って,ブラッケは驚嘆の声を上げた.

なんと答えていいのか分からず,とりあえず明日香はブラッケに向かって微笑んだ.
すると,青年は苛々したように言い募る.
「カリンだってお前にほれているし,なぜいつもいつもマリばかりいい目をみるんだよ.」
むっとして,マリではなくカリンが言い返す.
「ブラッケ! ちゃんと陛下と呼びなさいよ.」
おひさしぶりの挨拶もなく,いきなり愚痴りだす青年に向かって,
「それから私はもう陛下のことを諦めているわよ.」

ブラッケは驚いた顔をカリンに向けた.
なんせ彼は,10年以上もこの美しい少女に片想いをしているのだ.
「ブラッケって昔から,陛下の苦労も何も知らないくせに羨んでばかり! いいかげん辞めたら?」
と,カリンはまるで母親のようにきつい調子で責める.
「今回のことだって,陛下に対抗したいからグリュー大叔父上のお馬鹿な計画に乗ったのじゃないの!?」
これでは説得ではなく,お説教である.
しかも昔なじみのはとこ同士であるから,カリンの言には遠慮も何もない.

ここまで言われるとさすがにかちんときて,ブラッケも言い返す.
「違うよ! カリンもマリも分からないのかよ? これは帝国に対して勝つチャンスなんだ!」
「この戦争は帝国の謀略だよ,ブラッケ.」
場違いなほど静かな口調で,マリはするりと口を挟んだ.
たとえ小さな声だとしても,少年の声はよく響く.
かっと顔を赤らめて,ブラッケはマリの方に身体ごと向いた.
「なんだよ,それ? なんだよ,いつもいつも自分だけは何もかも全部分かっているみたいな顔をして……,」
それは誤解だとマリは言おうとしたが,ブラッケは子供みたいに怒鳴り散らす.
「俺はお前のそうゆうところが気に食わないんだ!」

どかどかと足音を立てて,ブラッケは少年たちの前から立ち去った.
ブレオが呆れたような声を出す.
「えらい子供なやつだな,本当に王族か?」
コウリがため息を吐いて,ブラッケと初対面のブレオに教えた.
「ブラッケ殿下は昔から,何かと陛下に対抗するお方なので……,」
気まずそうな顔をしたサイラが,言いにくそうに一同に向かって口を開く.
「それよりもまったく説得できなかったけど,どうするの?」

カリンとマリは思わず顔を合わせてしまった.
すると金の髪の少女は,ブラッケの居なくなった方を向いて早口でしゃべる.
「私,追いかけて説得する!」
マリの返事も聞かずに走り出す.
「コウリ,サイラ.追いかけて!」
マリの命令を受けて,亜麻色の髪の兄弟は走り去る少女を追いかけた.

次にマリは明日香とブレオの方を向いて命令する.
「アスカとブレオはここで待っていて.それから操られている兵士たちには気を付けて.」
言うだけ言うと,自分もカリンの後を追い出す.
「あ,待って.」
少女の声など気にもとめないで,走り去る.

「ブレオ,今度は追いかけていいでしょ!?」
少女は自分の背後に立つ男に聞いた.
漆黒の瞳が弱弱しく揺れながらも,ブレオをまっすぐに見つめている.
ブレオは優しく微笑んで,少女の髪をくしゃっと撫でた.
「もちろんさ.追いかけよう.」
お前が陛下の隣に立ちたいというのなら,協力するまでさ.

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