太陽は君のもの!


第三十八章 挑戦


「……で,うちのツティオ公国王家の家系図はこんな感じなの.」
昼食を摂りながら,カリンは明日香に説明をした.
長い木の枝で,地面にがりがりと家系図を描く.
そばに居る亜麻色の髪の少年サイラと,大男であるブレオもその図を覗き込む.

「ツティオ公国を作ったおじい様は,もともと帝国の少数民族であるツティオ族の族長だったの.」
カリンの教授を受けつつふと少し遠くをみれば,銀の髪の少年が亜麻色の髪の青年となにやら難しそうな顔をして話し合っていた.
「おじい様には弟が一人,妹が二人いて……,ちょっと,聞いている? アスカ!」
注意をされて,明日香は素直に謝った.
「あ,ごめん.マリ君が気になって……,」

少女の謝罪に,カリンは呆れる.
「毎日毎日,顔を合わせているくせに何を言っているの?」
しかしくすんだ青の瞳をいたずらっぽく輝かせて,
「まぁ,うちの王家は夫婦仲がいいことでも有名だけど.」
そういえば,王族はたった一人の伴侶しか得られないと言っていた.
少女の頬がほんのりと赤に染まる.

「確かにそれは聞くなぁ.」
話が真面目なものから離れた途端,ブレオが楽しそうに会話に加わる.
「ツティオ公国のものに会ったらまず王族を誉めろ,王族に会ったらその夫や妻を誉めろ.」
赤い頬を隠そうとする漆黒の髪の少女に向かって,軽くウインクをしてみせる.
「それが商談をうまく進めるコツだって評判だ.」

話題の転換の必要を感じて,明日香は真面目に勉強をすることにした.
「それで,カリンたち王族がツティオ公国を統治しているのでしょ?」
するとカリンはあら,逃げたわねといった顔をしてから授業を再開する.
「そうよ,うちはできたばかりの小さな国だから,なんでも家族でやっちゃうの.」
地面に描いた家系図に,金の髪の少女はどんどんと人の名前を書き足す.
明日香はこんなにも人の名前を憶えられるだろうかとつい不安になる.
しかも横文字,カタカナ名だ.
「ちなみにいわゆる貴族階級はうちには無いのよ.だって王族だってもともと単なる族長だったレンおじい様の家族だし.」
それであんなにも街の人と王宮の人との距離が近いのか.
明日香は軽く頷いた.

カリンの説明を聞きながら,少女はちらっと横目で銀の髪の少年の姿を盗み見る.
明日香はつい最近気付いたことだが,少年はずっと王城にいる叔父アカムと連絡を取り合っていたのだ.
日本のように電話やメールではない,時々早馬に乗った兵士が手紙を携えてやってくるのである.
なにか悪い知らせなのかなぁ……,だとしても少年は決して自分からは教えてくれない.

ガトー国首都を発ってから,23日.北には国境の壁が見える.
それを越えれば,ツティオ公国だ.

話を終えたらしいマリとコウリが戻ってきて,食事を再開する.
隣に腰掛けた銀の髪の少年にずいっと近づいて,明日香は訊ねた.
「悪い知らせ?」
下から覗き込んでくる漆黒の瞳に,少年は安心させるように微笑む.
「大丈夫だよ,アスカ.」

するとなぜか,少女はむっとした表情になってしまう.
最近少女は少年に対してだけ,妙に反抗的だ.
「大丈夫なら,教えてよ.」
挑戦的な目つきで,少年を睨みつける.
するとコウリの方が答えた.
「パリティ連邦国の使者が,我が公国にも来たらしい.」

「へぇ,迷惑な話だね.」
兄の発言を受けて,弟がしゃべる.
確かに戦争への誘いなど,迷惑以外の何者でもない.

しかし明日香はじっとマリの顔だけを見つめている.
あなたが私に直接説明をしろといった感じだ.
仕方なしに少年は口を開いた.
「それでアカム叔父上たちは適当に使者をあしらっているのだけど,グリュー大叔父上がその話に乗り気らしい.」
グリュー? 明日香は地面に書かれた家系図からその名前を探し出した.
少年の祖父であるレンの,妹の子供の一人,年齢は38歳.

「グリュー大叔父上は我が公国南東のスビッツ地方の領主でもあるから,下手をすれば使者とともに自分の領地に帰って,帝国に攻撃を仕掛けるのかもしれない.」
ツティオ公国の南東といえば,カイ帝国と国境が接している地域だ.
明日香は頭にツティオ公国の地図を描きつつ,一生懸命に少年の話を聞いた.
「スビッツ地方には領主直属の兵隊がいる.彼らが帝国に攻撃を仕掛ければ,我が公国全体が帝国の敵とみなされてしまうんだ.」
少年の顔つきが自然に,国を守る王のものになる.
灼熱の炎を抱く少女の太陽だ.

「今のところはアカム叔父上が,グリュー大叔父上を止めてくださっているのだけど,」
少年の青の瞳が油断なく光る.
「念のため,私とコウリでグリュー大叔父上の領城へ行って来るよ.ここからすぐだし,兵士たちにグリュー大叔父上が何を命令しても聞かないように言い含めておく.」
そうして示し合わせたように,亜麻色の髪の青年と頷きあう.

「だから国境を越えたら別れよう.アスカ,サイラ,カリン,ブレオは王都へ帰ってくれ,私とコウリはスビッツ地方へ行く.」
すると弾かれたように,漆黒の髪の少女が声を上げる.
「私も行く!」
なんとなくそう言うような気がしていた,マリは困ったように微笑んだ.

「アスカは来なくていいよ.」
何もしなくていい,この腕の中で守ってあげたい.
しかし少女は意固地に少年を睨みつける.
「そしてまた,私の知らないところで事態を解決するつもりでしょ!」
少年はきょとんとした,なぜ自分が責められているのか分からない.

少女の拗ねた声に,二人の会話を見守っていたブレオがおかしそうに笑い出す.
「よし,じゃぁ,全員で行こう!」
自分より一回り年下の少年少女に向かって,楽しげに提案する.
「それで,いいよな?」
するとマリ以外の全員が一斉に頷いた.
「え? なぜ?」
銀の髪の少年一人が戸惑ってしまう.

と,いきなり隣の少女にぐいとむなぐらを捕まれる,
「逃がさないからね,私の太陽さん.」
漆黒の瞳にいたずらっぽく微笑まれて,少年は顔を赤くした.

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