太陽は君のもの!


王の嗜み(外伝)


「お酒を飲んでいたの!?」
マリのテントに入るなり,明日香は叫んだ.
夜,サイラに面白いものを見せるといわれてマリのテントへやってきたのだが,まさか少年の泥酔した姿を見せられるとは思わなかった.

少女の夫である少年は真っ赤な顔をしたまま,隣に座る大男の肩に頭を預けて眠っている.
よだれがたれていてもおかしくないような,間抜けな寝顔である.
ブレオが少しだけ赤い顔で笑う.
「来たな,アスカ.」
そうして立ち上がり,自分にもたれかかっている銀の髪の少年を少女に押し付けた.
「じゃ,陛下のことを頼んだぞ.」
と言って,そそくさとテントから出てゆく.

「兄ちゃんには内緒にしてな!」
調子のいいことを言って,サイラまでテントから出ようとする.
「ちょっと待ちなさいよ,どれだけ飲ませたのよ!」
少し本気で怒る少女に,二人は顔を見合わせて情けなさ気に笑いあった.

「すまん,まさかここまで酒に弱いとは思わなかった!」
ブレオがまったくすまないと思っていない調子でしゃべると,亜麻色の髪の少年はとんでも無いことを口にする.
「ついさっきまではちゃんと起きて,アスカのことを,」
眉をひそめる少女に向かってにまっと笑う.
「……のろけていたんだけど,」
「なっ.」
少女が顔を真っ赤にして口をむなしく開閉していると,二人はさっさと逃げてしまった.

「何を話していたのよぉ…….」
自分にもたれかかる少年の頭を,少女はこづいた.
すると少年はとろんとした目を開く.
「……アスカぁ?」
そうしてぎゅっと少女の細い身体を抱きしめた.

お酒臭い…….
うんざりしながら少女は自分を抱きしめているのか,もたれかかっているのか分からない少年に聞いた.
「なぜ,お酒なんか飲んでいたの?」
すると少年は,そのままずるずると座り込みながら答える.
「ブレオが国王たるもの酒ぐらい飲めないといけないって,それでサイラが俺も飲みたいって,そしたらブレオが練習で少しずつ慣れようって,」
しかしどんどんとろれつが回らなくなる.
「サイラが国王が祭典や祝典で酒を飲めないのはかっこ悪いって言ったら,ブレオが酔っ払うほうがかっこ悪いぞって笑って,でも,」
少年は明らかに酔っている顔を少女に向け頑に言い張った.
「私は今,酔っていないよな!」

「はいはい.」
くすっと笑って,少女は座り込む少年の隣に腰掛けた.
そうして少年の頭を自分の膝において,少年を寝かしつける.
「何を話していたの?」
少年の銀の髪を梳きながら,少女は優しく訊ねた.

最初はパリティ連邦国とカイ帝国との戦争はいつぐらいに始まるのだろうかとか,パリティ連邦国の使者はツティオ公国にも来たのだろうかとかを話しあっていたような気がする…….
そのうち,ブレオが,
「アスカは商隊ではものすごくもてていたぞ.特に護衛係りの若い奴らなんか,結構本気だったな.」
「え!?」
マリが驚いた瞳を無精ひげを撫でる男に向けると,サイラが呆れたように首を竦める.
「あれだけ嫉妬の視線を浴びていて,陛下ってばぜんぜん気付かなかったの?」

「い,いや,なんか歓迎されていないとは思っていたが…….」
つややかな漆黒の髪,しなやかに伸びる手足.
いつも不安げに揺れていた眼差しが,最近は少年の目をまっすぐに見つめる.
「まぁ,アスカもぜんぜん自覚していなかったがな.」
ブレオが楽しそうに笑う.
「初めてアスカに会ったときも思ったが,似たもの夫婦だな!」
そうしてばんばんと少年の背中を叩いた.

「アスカもおもしろいよな,商隊に入ってきたばかりの頃,クロムという奴に言い寄られていたけど,」
少年が心配そうな眼差しをブレオに向けると,ブレオは首を竦めて続きを言った.
「クロムがいっぱい話し掛けるのに対して,アスカははい,いいえ,特にないです,の3つしかしゃべらなかったぞ.」

「さすがに同情するなぁ.」
サイラがおかしそうに笑う.
自分は片想いだったがまだ好かれていたほうだったのか,とついつい考えてしまう.
「妙に色気があるからな,アスカは.」
ブレオが言うと,銀の髪の少年はぼそりとつぶやいた.
「誰にも渡さないさ…….」
ブレオとサイラが少年の顔を覗き込むと,酒杯をたった一杯も開けないうちに少年の目は据わっていた.

「うわ,陛下ってば,めちゃくちゃ酒弱い!?」
サイラが言うと,少年の主君は頭をふらふらさせて答える.
「いや,大丈夫だよ.」
少年はそう言うが,まったく大丈夫そうには見えない.
「そういえば,エンカという少女からはいっぱい嫉妬されたな.」
普段なら澄んだ輝きを放つ青の瞳が,とろんと下がってくる.

「やっぱりまだまだ子供だなぁ.」
ブレオが自分の忠誠の対象である少年の肩を抱くと,少年はいとも簡単にブレオにもたれかかってきた.
「アスカは私を助けてくれた王子様なのよって責められた.」
酔いが回っているせいか,少年は妙に饒舌になっている.
「でも,最後には……,」

「アスカがいつもさびしげだった理由がわかったわ.」
すこし大人びた顔で,亜麻色の髪の少女はマリに向かって微笑んだ.
「あなたを想っていたのね…….」

「それで,何を話していたの?」
なかなか答えようとしないマリに,明日香はもう一度聞いた.
それにだんだんと足が痺れてきた.
途端に少年はかばっと起き上がる
「ア,アスカ!? なぜここに!?」
「さっきから居るじゃない.」
少女は呆れた,この少年は本当に酔っているようだ.

「この,よっぱらい!」
戸惑う少年の頬を軽く叩く.
すると少年はその手を取って,手のひらに口付ける.
そうしてまだまだ酔いの残る瞳で微笑んだ.
「確かに酔っているのかもしれない……,」
その漆黒の瞳に,傷を隠し持つ心に.
魅せられる,きっと誰もが…….

そのまま少女の身体を押し倒し,少年は眠ってしまった.
ぴくりとも動かない少年の身体を押しのけて,少女は起き上がる.
「お酒臭いよ,マリ君.」
少年の柔らかい頬をつついても,まったく反応は無い.
無邪気な顔をして眠っている.

……国王たるもの酒ぐらい飲めないといけない.

少女はくすっと微笑んだ.
お酒なんか飲めなくても,……いや,むしろ一つぐらい欠点があった方がいいのかもしれない.
「また明日ね.」
少年の銀の髪を優しく撫でて,少女はおやすみのキスをした.

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