太陽は君のもの!


第三十六章 不機嫌な文字


次の日の早朝,明日香は少年の祖父と引き合わされた.
在位35年に渡るガトー国国王,それがマリの母方の祖父だ.
じっと偽りを許さない視線で見つめられて,少女はおどおどと視線をさまよわせた.

ちらっとすがるような目で隣に立つ少年の横顔を見つめ,しかし少年がそれに気付く前に視線を老人へと戻す.
するとガトー国の老王は少女と少年に向かってしゃべった.
「ある意味,想像していたとおりの娘さんじゃな.」
銀の髪,青の瞳の少年はきょとんとする.
少女をこの世界へ連れてきたとき,少年の周りの人間はみな想像と違ったと言ったからだ.

老人は今度は意識して優しく訊ねた.
「マサトシという名の少年には会ったかね?」
少女は複雑な顔をして答える.
「はい.」
そんな少女の様子を,少年は心配そうに見つめた.

今度は,少女は漆黒の瞳をしっかりと王に対して固定した.
「正俊と引き合わせてくれて感謝します.でも私は彼と一緒には帰りません.」
体の前でしっかりと組み合わされている少女の両手がかすかに震える.
「私はこの世界に留まります.」

「そうか,なら……,」
老人が少女の漆黒の髪に触れようとした途端,少女はびくっと身体を震わせる.
不思議そうな顔で国王は少女を見つめ,そして孫に問うような眼差しを向けた.
銀の髪の少年は悲しそうな顔で頭を振る.

老人は軽くため息を吐いてから,再び少女に向かった.
「マリの隣に居たいのなら,」
少女の薄くベールのかかったような漆黒の瞳がまっすぐに見つめてくる.
「強くなりなさい.」

強く,強くなる…….
そうだ,空手部に入ったのだってそのためだ…….

「……はい.」
少年の心配そうな眼差しをよそに,少女はしっかりと返事をした.
先ほどの怯えを微かに残しつつも,淡く微笑んでみせる.

部屋から出ると,廊下では旅支度を終えたコウリ,サイラ,カリン,ブレオが二人を待っていた.
マリは彼らに微笑んだ.
「さぁ,国へ帰ろう.」
遠く東の国では戦争が起きるだろう…….
しかし自分の国だけは守ってみせる,戦争など起こさせない.

城の廊下を歩きながら,亜麻色の髪の青年コウリが訊ねてくる.
「パリティ連邦国の使者は,我が国へも来たのでしょうか?」
少年は正直に答えた.
「それは分からない,しかしたとえ来たとしてもアカム叔父上がうまく使者をあしらってくれているだろう.」
ふと横からじっと見つめてくる視線を感じて,マリは漆黒の髪の少女の顔を見つめ返す.

「どうしたの? アスカ.」
途端に柔和な顔になって,少年は聞いた.
なんでもないと言いそうになって,少女は自分でも余り意識していなかった願望を口にする.
「マリ君,私に文字の読み書きを教えて.」
すると,少年は心底不思議そうな顔をした.

「だって,私はなぜかマリ君たちとしゃべられるけど,読み書きはできないでしょ.」
なぜか不機嫌そうな顔になる少年に向かって,言い訳をするように少女は言い募る.
何も答えてくれない少年に少女が不安になっていると,意外なところから返事が返ってきた.
「文字なら私が教えるよ,それから我が国の政治も地理も歴史も……,」
亜麻色の髪の青年,コウリである.

「え? ……じゃぁ,お願いします.」
意外すぎる申し出に,少女は目を丸くした.
すると大男であるブレオが少女の頭をがしがしと撫でる.
「やっと,王妃としての自覚が出てきたな!」
少女の顔はかっと赤くなった.
そんなことまで意識していなかったのだ.

亜麻色の髪の少年,サイラがからかうように笑いかける.
「兄ちゃんの教育は厳しいぜぇ!」
少女は困ったように,むっと怒った顔を作るコウリの方を見た.
「あら,陛下のためなら,がんばることができるわよね!」
楽しそうに金の髪の少女,カリンが明日香の肩を抱く.
すると明日香の顔はますます赤くなる.
周りに楽しげにからかわれて,ふと隣を見れば,夫であるマリは不機嫌そうな顔のままだった…….

城の大きな正門から出ると,漆黒の髪の少女は出てきたばかりの城を振り仰ぐ.
……さようなら,正俊.
……さようなら,私の故郷.
もう,帰らない…….

銀の髪の少年の心配そうな視線に気付いて,少女は少年に向かって微笑んだ.
私のおうちはここだから…….

結局王城にたった1泊しただけで,一行はガトー国首都を後にした.
そのままもと来た道をたどって,ツティオ公国へ帰るのだ.
少年の故郷へ,少女の故郷となる場所へ…….

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