太陽は君のもの!


第三十五章 国王の顔


ガトー国の兵士たちが手早く,シキの身体に縄を巻いた.
縄を巻きつけられながら,少年は捕らわれの身になった自身を面白そうに微笑む.
そして別の兵士たちがパリティ連邦国の男を拘束しようとすると,
「無礼な! 私は正式な使者ですぞ!」
と声を上げて,黄色の髪をした中年の男は抗議した.

「使者殿,それはこちらの台詞です.」
いつの間にか,孫であるマリの隣にガトー国国王は立っていた.
「あなたの連れてきたゴーレムによって,いったい何人の兵士たちが死んだと思っているのですか?」
老人の厳しい眼差しに,使者の男はぐっと言葉を詰まらせる.

「早く国へ帰って戦争を止めるようにお伝えください.」
すると今度は銀の髪,青の瞳の少年が話し掛ける.
「あなた方の起こそうとしている戦争は,帝国の策略の手のひらの上です.」
まっすぐに見つめる曇りの無い眼,老人と血の繋がりを感じさせる眼差しだ.

「そんな,いまさら……,」
世代の違う両者に見つめられて,使者はがっくりと膝を落とした.
「駄目だ,間に合わない……,今から国へ帰っても先に戦端が開いてしまう.」
パリティ連邦国へ帰るには,広大なカイ帝国を横断しなくてはならない.
「自業自得じゃ!」
老人は呆れた声を出した,しかし老人の隣で少年は同情する顔をみせてしまった.

使者の瞳に一縷の希望の光が宿る.
「お願いです,ツティオ公国国王陛下!」
少年の足元にすがり,懇願する.
「帝国に対して攻撃を仕掛けてください!我が国を救うために,ぜひ!」
「何をする!?」
コウリが慌てて,使者と主君を引き剥がす.

「お断りします.」
少年は表情を消して,氷のように冷たい声で答えた.
「我が公国は帝国と和平条約を結んだばかり.自分の国は自分で守ってください.」
冷厳な少年の声に,使者の顔に絶望の影が落ちる.
内乱中のカイ帝国を西と東から虚をついて挟撃する予定だったのが,実際は帝国に踊らされていただけだったのだ.
「我が国は,もうおしまいだ…….」

パリティ連邦国の使者の力なく垂れた頭を無表情に見つめて,少年はふと視線を感じて部屋の扉のほうを見やった.
漆黒の髪の少女がすこし怯えた顔をして,少年を見つめていた.
鼓動がどくんとなる.
途端に痛いくらいに自覚する,自分は王なのだと.
たとえ少女になんと思われようとも,自分の愛する国を守る…….

「こうゆうのは,初めて見たか?」
少女の後ろに立って,ブレオは小さく訊ねた.
どんな表情をしているのやら,少女は小さく頷く.

守りたいんだ,君もこの国も.
少年の視線に,少女は漆黒の瞳を戸惑うように伏せる.
マリ君ならきっと立派な王様になるよ.

君を遠くに感じるから…….
……私の方こそ,遠くに感じるよ.

少年の足元で,パリティ連邦国からの使者が泣き崩れた.
居たたまれない空気に包まれて,ガトー国国王は兵士に使者を縄で縛るように命令した.

結局,その日はガトー国国王とは会えずじまいだった.
夜あてがわれた部屋で,隣のベッドでカリンがよく眠っているのを確認した後,明日香はそっとドアを開けて部屋を出た.
ドアの前では,ブレオが廊下に座り込んで眠っていた.

正直びっくりしたが,少女はブレオには構わずに廊下を静かに走り抜けた.
少女がいなくなった後で,ブレオはそっと瞳を開け,呆れたようにため息を吐く.
どうやら,夜に一人でどこかへ行くのは少女のお得意技らしい…….

人気の無い廊下の大きな窓を開けて,明日香は窓から城の屋根に当たる部分へと降りた.
そのまま窓を閉めて,そろそろと屋根の上を伝い歩く.

腰を落ち着ける場所を探して,そっとそこに腰掛ける.
そうして星を見上げる,見知った星座たちのない星空を…….
星の光はいつでも少女に,銀の髪の少年のことを思い起こさせる.

この世界には,どのような星があるのだろうか.
この世界のことを,あなたのことを教えてほしい…….

ふと思い出す.
そういえば,正俊と会ったんだっけ…….
いつの間にか自分の中で存在が軽くなってしまった少年に詫びつつ,少女は寒さに震える自分の両手をぼんやりと見つめた.
ずっと会って謝らないと,誤解と解かないといけないと思っていたのに…….
今では,正俊のことよりもずっとずっと……,

「アスカ.」
後ろから呼びかけられて,少女は悲しそうに微笑んで振り向く.
星の光を浴びて銀の髪の少年がそこにはいた.
何かを問われる前に少女は口を開いた.
「マリ君,この世界の星座を教えて.」
少年は視界の端で,少女の護衛であるブレオが軽く手を振って立ち去るのを認めてから聞いた.
「セイザって何? アスカ.」

すると少女は漆黒の瞳を軽く瞠らせる.
「この世界には星座は無いのね……,じゃ,星の名前は?」
少年はどこか楽しそうに笑った,この少女が夜空を見上げるのが好きなのはもう分かっている.
「アスカの居た世界では,ひとつひとつの星に名前がついていたの?」
それはなかなかすごい話だ,少年は素直に感心した.
「そうよ.それに私中学のとき天文部だったから,星の名前ならいっぱい知っている.」

「キレイだね,マリ君.」
膝を抱え,少女はぼんやりとつぶやいた.
少年は少女の横顔を見つめ,おもむろに右の手のひらで少女の後頭部を撫でる.
昼間にできたこぶを触られて,少女は軽く顔をしかめた.
「治癒の風よ……,」
薄桃色の優しい光が,少年の手のひらから発せられる.

この少年はいつも当然のように自分をいたわり,そして守ってくれるのだ.
「ありがとう,マリ君.」
ただ隣にいてくれるだけで,こんなにも暖かい…….

「アスカ,一緒にツティオ公国へ帰ってくれないか?」
その科白は予想していた.
だって空高く輝く太陽を独り占めにはできないから…….
「うん,帰ろう.マリ君はやっぱり王様だものね.」
少女はにこっと微笑んで見せた.

すると少年はつらそうに微笑みかえす.
「私のこと,怖い?」
言葉少ない少年の問いに,少女は首を振って答えた.
怖くなんか無い,ただ国王であるマリ君を遠くに感じただけ…….

自分が眠っているうちに,少年は王冠を受けた.
自分が知らないうちに,少年はサキルを捕らえた.
自分が何もできないうちに,少年は帝国の使者たちを追い返した.

少年は国を守っているのだ.
自分と同じ歳なのに,少年と少女の間には埋めようの無い溝がある.

優しく見つめてくる恋人の瞳,しかしこの少年にはもう一つの顔がある.
その青の瞳を見つめて,自分は今,初めて少年と向き合おうとしているのかもしれないと思った…….

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