太陽は君のもの!


第三十四章 帝国の謀略


「おじい様!?」
逃げゆく人々の群れを掻き分けて,マリは音のした方,城の謁見室へと走った.
少年の祖父であるガトー国国王は今,パリティ連邦国の使者と会見しているはずだ.
いったい何があったのだ!?

「陛下!」
途中でコウリと合流し,マリは謁見室の前まで辿り着いた.
部屋の扉の前では兵士たちで人だかりができている.
マリが一人の兵士に状況を訊ねると,まさか隣国の王とは思わずに兵士は乱暴にしゃべった.
「陛下が,ゴーレムが3体も,陛下が危ないのだ!」

それを聞くと,マリは人ごみをすり抜けて謁見室の中へと滑り込む.
「マリ陛下!?」
小柄な主君を追いかけようとして,
「ど,どいてくれ!」
しかしコウリは人の壁に押しやられる.

謁見室の中では,巨大な石の巨人ゴーレムたちが高い天井に頭をこすりつけるようにして玉座を囲んでいた.
3体のゴーレムの足周りにたくさんの兵士たちが居て,堅い石でできた怪物に攻撃を仕掛けている.

マリは素早く呪文を唱える.
「時よ,我が前に永遠を刻め!」
すると一番少年の近くにいたゴーレムの片足が砂へと変化する.
そのまま怪物は片足から崩れ落ちた.
「おぉ,マリ.なかなか勇ましいじゃないか!」
場違いに陽気な声を掛けられて,少年はほっとすると同時にきっと祖父を睨みつける.
「おじい様,逃げてください!」

また別のゴーレムが力強い腕を振り回して,ガトー国国王へ襲い掛かる.
すると王は老人とは思えない素早さで,玉座から飛び降りた.
「おぉっと,危ない危ない!」

ゴーレムは魔術師の石人形だ,操っている者がすぐ側に居るはず.
さっとあたりを見回すと,少年はすぐに目的の人物を探し当てた.
同じ年頃の黒い髪,緑の瞳の,
「シキ!?」
少年の存在に,マリは心から驚いた.
カイ帝国工作員の彼がなぜ,こんなところにいるのだ!?

すると1体の他よりも赤茶色をしているゴーレムが,暗い口から火を吐いた.
避けきれず,何人もの兵士たちが生きながらに焼かれる.
「止めろ!」
たまらず,マリは叫んだ.

「国王陛下がカイ帝国に対して,反旗を翻していただけるのならば止めますよ.」
少年の声に,黄色の髪をした壮年の男が答える.
そうして不思議そうな顔で,マリの顔を見つめた.
「シキ,この子は?」
と,傍らに立つ黒髪の少年に訊ねる.
すると少年はおどけたように肩を竦めた.
「なぜこんなところにいらっしゃるのか分かりませんが,ツティオ公国の国王陛下ですよ.」

「俺を……,捨てるのか?」
ぎゅっと拳を握り,俯いた両眼に炎をちらつかせて少年は訊ねた.
明日香は怯えた目をして,かつての恋人を見つめる.
この世界で彼がどのように過ごしていたのか分からないが,すさんだ印象を受けた.
「お前を追いかけて,こんなところまで来てしまったのに!」

「ご,ごめんなさい.」
ブレオの広い背中に隠れて,少女は謝った.
するとブレオは少女を少年の前面に押し出す.
「助けてやるから,ちゃんと自分で始末つけな.」
ちらっとすがるような目つきでブレオの顔を仰ぎ見た後,少女は危険な気配を孕む少年と対峙した.

ドォォン!
大きな音を立てて,もう一体のゴーレムが倒れた.
兵士たちは歓声を上げたが,まだゴーレムは一体残っている.
しかも,一番手ごわい火を吐くゴーレムだ.

「あと一体じゃ! 倒すぞ!」
いっそ遊戯を楽しむような声を出して,白髪白髭の国王が兵士たちを励ます.
しかし,
「おわっ!」
ゴーレムからの熱線を老人は間一髪で避けた,途端に謁見の部屋全体が燃え上がる.
兵士たちが怯えた声を出して,逃げ惑う.

「シキ!」
剣を抜いて,マリはゴーレムの操り手である少年に立ち向かった.
「お前の狙いは分かったぞ!」

「陛下! さぁ,我が連邦と手を結ぶと言ってください!」
黄色い髪の壮年の男は,勝ち誇ったように声を上げる.
「西からはあなた方が,東からは我が連邦が同時に内乱で混乱しているカイ帝国に攻めいる! なぜ賛同なさらないのです!」
すると襲い掛かる火の手から逃げながら,国王は子供のように言い返した.
「やなこった! ……マリ!」
そうして自分より背の高い黒髪の少年と打ち合いを演じる孫に向かって呼びかける.

「お主なら,この話に乗るか!?」
少年の青の瞳が,強い意志を映して光を放つ.
「乗りません! 私は国民に戦争など経験させません!」

「わ,私は……,」
揺れる眼差しを,しかしちゃんと少年の瞳に固定しながら明日香は告げた.
「私はマリ君が好き,もう結婚しているのだけど……,マリ君が私の家族なの,私の帰る場所なの.」
そんなことを口に出したのは初めてだ.
声に出した途端,なぜだかぼろぼろと涙がこぼれる.
初めて見る恋人の泣き顔に,少年は呆然とした.
「だから悪いけど一人で帰って! 私はもうこの世界の住民なの!」
そうだ,私はツティオ公国の王妃だ.
あの暖かな国を守るべき王族の一員なのだ.

「われの前に立ちふさがる者どもを焼き払え,炎よ!」
マリが呪文を唱えると,マリとシキ両者の間に炎が燃え上がる.
シキは炎を避けて,後ろへと飛んだ.
しかしすぐに,はめられたことに気付く.
後方では亜麻色の髪の青年が長い槍を持って,彼を待ち構えていた.

広い部屋中,燃え上がる炎.
だが分かっている,この炎は,
「心を覆う偽りよ,心を蝕む怖れよ,我の前から立ち去るがいい!」
ガトー国国王が朗々たる声を上げると,すぐさま炎は消えて無くなる.
部屋中どこを見回しても燃えてはいない,単なる幻だったのだ.

「くっ.」
形勢が逆転したことを,パリティ連邦国の使者は悟らざるを得なかった.
部屋の中央では,勇敢な兵士たちがついに最後のゴーレムを倒した.

「本気かよ,明日香! あいつ,お前のこと全部分かっているのかよ!?」
少年は強く,少女の身体を揺さぶった.
少女は涙に濡れた瞳を上げて,きっと言い返す.
「全部言った! 背中の傷も見せた!」
それでもいいと言ってくれた.
愛してくれた.
「だから,私は帰らない!」

少年はかっとなって腕を振り上げた,少女はびくっと震えて瞳を閉じる.
しかし少年の振り上げた腕は,第3者によって捕まれた.
「ここまでだ.もう諦めろ.」
そうして,ブレオはぽんと少女の頭を叩く.
「こいつは俺の主君の妃だ.もうお前のものじゃない.」

突く,払う,薙ぐ.
マリとコウリ,二人がかりでシキを襲う.
「使者殿!」
剣を振り回しながら,マリは虚脱しているパリティ連邦国の使者に呼びかけた.
「この少年は,カイ帝国の工作員ですよ!」
使者の男は驚きに目を瞠る.
「そんな,馬鹿な…….」
なぜそのような人間が,自分の部下として帝国への攻撃を提案したのだ?

マリは剣を打ちかわす少年の顔をしっかりと見つめて言った.
「帝国が内乱となると周辺諸国が動き出す.どうせはむかうのなら,自分たちの手の上でやってもらおう,……ということだろう? シキ.」
すると,いっそ嬉々としてシキは笑った.
「ご名答,陛下.今回の敗因はあなたがここにいたことですね.」
ガトー国の者にばれないように,ツティオ公国を担当していた自分が赴いたというのに.
まさかその心遣いがあだになるとは…….

そうして笑いの種類を変えて,シキは聞いた.
「フレイ殿下に強姦された,あなたの妃はまだ生きていますか?」
瞬間,少年の瞳に怒りが燃え上がる.
ガキィーーン!
音高く,シキの持っていた剣が跳ね上がる.
その一瞬の隙をついて,コウリは槍の穂先をシキの首筋に突きつけた.

彼の主君の青い瞳に激情が映っている.
命令が下り次第殺してやろうと,コウリは槍をしっかりと構えたが,
「参りました,陛下.」
シキは両手を上げた.
無防備に戦意のないことを示す.

武器を持たないものを害することのできる少年ではない.
コウリは憎憎しげに,シキの悪びれない顔を見つめた…….

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