太陽は君のもの!


第三十三章 追いかけてきた恋人


ガトー国の城は中世ヨーロッパの城というより,イスラム建築様式の城を連想させた.
明日香はマリの隣できょろきょろと城の中を見回す.
異世界からきた少女にとっては何もかもが珍しい.
対する城の中の兵士や侍従たちも,好奇心を押さえきれない顔で自分たち一行を見つめてくる.
「アスカ,あまりきょろきょろするな.」
後ろをついて歩くブレオが,落ち着きの無い少女の頭を手で掴み固定する.
「う,うん.」
護衛というよりは,まるで保護者のようである.

応接間に通されて,6人はしばらくの間待たされた.
コウリが城のメイドに事情を聞くと,どうやら別の客人がいるらしい.
「まさか,カイ帝国の……,」
しかしメイドはきっぱりと答えた.
「いいえ,どうやらパリティ連邦国の方らしいのです.」

コウリとマリの顔に緊張が走る.
明日香は銀の髪の少年の横顔を不安そうに見つめた.
コウリがメイドに部屋から出るように言うと,マリは静かにひとりごちる.
「この時期に,パリティ連邦国の者がこの国へやって来る……,嫌な感じだな.」
少女が問うような眼差しを向けると,少年は安心させるように微笑んで見せた.
「大丈夫だよ,アスカ.」
カイ帝国が内乱に突入しようとするこの時期に,帝国東隣の国であるパリティ連邦国が,西隣であるこのガトー国へ使者を送る.
その意図は明快すぎるほどだ.
しかし彼の祖父がそのような無謀なたくらみに乗るはずがない.

すると部屋が再びノックされて,城の年老いた侍従が入ってきた.
「陛下はまだお会いになれませんので,よかったら先にお会いになっていただきたい少年が居るのですが,よろしいでしょうか? 王妃様.」
名指しされて,明日香は驚いた声を出した.
「私ですか?」
「えぇ,人違いならよろしいのですが,サエキ・マサトシという名の少年をご存知でしょうか?」
佐伯正俊,意外すぎる名前に明日香は口をぽかんと開けた.

「誰だったっけ?」
サイラがこそっと兄に聞く,すると兄は無言で弟を睨みつけた.
マサトシといえば,王妃である明日香の昔の恋人の名前だ.

「お会いになりますか?」
気乗りしない様子で,老人は少女に訊ねた.
少女は思わず,隣に座る銀の髪の少年の顔を見つめた.
複雑そうな顔をして,少女の決断を待っている.

「あ,会います.」
正俊がなぜこんなところにいるのだろうか……?
混乱した頭のままで,明日香は部屋を出た.
少女の後を,護衛役になったばかりのブレオが追いかける.

彼らが出てゆきドアが閉められると,部屋の中はしばし沈黙に支配された.
沈黙を破って,今度はカリンがコウリに聞く.
「誰? アスカの知り合いなの?」

……恋人がいらっしゃるのですね?
……えぇ,そうよ.正俊っていう素敵な恋人がね.

なんと教えていいのか分からず,コウリはあいまいに答えた.
「アスカの異世界での知り合いですよ.」
「なにそれ?」
カリンはさらに説明を求めるように促したが,彼の弟の方は思い出したらしい.
思い出して,どうゆう表情をすればいいのか分からないといった顔をする.

自分の護衛を買って出るブレオを説得して部屋の前で待ってもらい,明日香は部屋の扉を開いた.
部屋の中には,一人の少年が立っていた.
少し茶色の黒い髪,そしてひさびさに見る東洋人の顔立ち.
「正俊…….」
顔がこわばってゆくのが分かる,手先が冷たい.

「明日香,本当に明日香なのか!?」
ドアの前で突っ立っている少女の傍までやってきて,少年は少女の顔をまじまじと見つめた.
「お前,いったい!? ……いや,いい.もういい.一緒に地球へ帰ろう!」
そう言って,青い顔をした少女に詰め寄る.
「ま,正俊はなぜここに……?」
怖気つつ,背後のドアに背中をぴったりとつけて少女は聞いた.

「俺,あのとき,公園でお前が来るのを待っていたんだ.」
少女を逃がさないように,少年は少女の両肩を抱いた.
すると少女の体が小刻みに震えだす.
「そうしたらお前は変な外人と話していて,しかもなんか地面が光っていて,慌てて追いかけたらこの世界に来てしまったんだ.」
少女は少年の眼差しから,視線を逸らした.

少年の話に頭が混乱しそうになる.
つまりこの少年はマリが自分を迎えに来た現場に居たのだ.
「それでツティオ公国という国に来てしまったのだけど,そしたらこの国は国王が亡くなったばかりで戦争が起こるかもしれないとか言うじゃないか!?」
国王,つまりマリの父親のことである.

「だから親切な人に連れられてこの国までやってきて,国王様に会って事情を話したら……,」
少年は乱暴に少女の身体をドアに打ちつけた.
「お前がツティオ公国の王妃だというのは,本当か!?」
少女は驚いた視線を少年に向けた.
「ガトー国国王にお前の名前とか,お前を連れて行ったやつの特徴を言ったら,それはきっと自分の孫のツティオ公国国王だろうって教えてくれたんだ.」

少女の漆黒の瞳がこわばる,その表情を少年はよく知っていた.
悲しくなるぐらいに見なれていた.
「いや,いいんだ.もういいんだ.俺はお前とやり直したくて,公園で待っていたのだから.」
震える肩をきつく掴み,少年は言う.
「お前がどれだけの男に抱かれていてもいい,男を誘惑するような女でもいい,一緒に日本へ帰ろう!」
再びドアに身体を打ち付けられて,少女はがつんと後頭部を打った.
その痛みに,少年の科白に頭がくらっとする.

すると唐突に後ろのドアが開き,ドアに押し付けられていた少女は後方へと背中から倒れこんだ.
しかしすぐに優しく抱きとめられる,間近に見える青い瞳.
「すみません.アスカは返せません.」
明るく輝く銀の髪の少年が,まっすぐにもう一人の少年の黒い瞳を見つめ返す.

今更,この少女を手放せるはずなどない.
しかも少女に対して暴力を振るう男に…….
正俊は小柄な少年の青の瞳に威圧された.

自分の肩を抱く暖かい腕に励まされるように,明日香は口を開いた.
「ごめんなさい,正俊.私,日本には帰らない.」
すると,言われた少年の顔が醜く歪む.
「お前,このガキまでたらしこんだのかよ?」
少女の顔にかっと朱が上る.
すると少女を抱く少年の背後で,ブレオが答えた.
「10年後,一人で帰るんだな,坊や.」

少年が再び言い返そうとしたとき,城の中がいきなり騒がしくなった.
かすかな爆発音,人々の叫びが遠くに聞こえる.
無言で少女をブレオに預け,マリは鋭く周りを見回す.
ものの焼ける異臭をかぎつけて,
「ブレオ,アスカを頼む!」
マリは騒ぎの発生源に向かって走っていく.

「私も行く!」
明日香がマリの後をついていこうとすると,ブレオが少女の腕を取り叱った.
「お前はいいんだよ.行ってもマリに心配をかけるだけだ!」
少女は言葉に詰まって,男を見つめた.
ブレオの言ってることは,悔しいことに全面的に正しい.

正俊は情況の変化についていけずに,ただ呆然と立ちすくんだ.
強いくせに心のもろい少女が,自分の意見を言うなど信じられなかった.

マリまで去ってしまった応接間で,カリンはやっとコウリとサイラから説明を受けた.
「アスカって恋人がいたの!?」
それでは少女は故郷の恋人を捨てて,自分のいとこと結婚したのだろうか?
「最初に会ったとき,そう言っていたんだよ.」
サイラが憮然として答える.
「でも,アスカお得意の嘘の一つだと思っていた.」

コウリは結婚を強行しようとする主君と交わした会話を思い出していた.
「心通う恋人が居るのなら,もしくは暖かい家庭があるのなら,帰りたいと思うはずだ.」
曇り無い青の瞳でまっすぐにコウリを見つめる.
主君の瞳に嘘や偽りなどあろうはずがない.
「しかしアスカには帰らなくてはいけないという意識しかない.そんな世界にアスカを帰したくない.」

あのとき,すでにマリは明日香が王家の石を隠し持っていることにも気付いていたのだ.
コウリは思わず,長いため息を吐いた.

ドン!
いきなり響きわたる爆発音.
コウリは回想から一気に現実に戻った.
「何だ!?」
立ち上がる弟を制して,コウリは言った.
「サイラはカリン様を頼む.」
そうして,自身は音の発生源を求めて部屋を出てゆく.

今の音は,王の謁見室の方から聞こえた……!

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