太陽は君のもの!


第三十ニ章 忠誠


朝目覚めると,右の肩が重い.
不思議に思って顔を動かすと,漆黒の髪の少女が自分の右肩を枕にして眠っていた.
「アスカ!?」
びっくりして跳ね起きる,すると少年の肩からずり落ちて少女も目を覚ます.
「おはよう,マリ君.」
少女の何からも覆われていない笑顔に,少年は顔を真っ赤にした.

「いつの間に……?」
少年の問いには答えずに,少女はにこっと微笑んで立ち上がる.
「じゃ,自分のテントに戻るね.エンカが起きちゃったらびっくりさせてしまうから.」
何事もなかったかのように,少女はテントから出ようとした.
その腕を引き寄せ,少年は少女の揺れる漆黒の瞳を捕まえた.
「なんでもないは無しだよ.アスカ.」
少女の科白を先回りして言う.

少女は瞳を伏せ,小さく言葉を押し出す.
「……怖い夢を見たの.」
言ってから気付く,まるで子供が親に甘えているような科白だ.
「でも,大丈……,」
強引に唇をふさがれて,明日香は瞳を閉じた.
この少年が今の私の家族…….
私の頼るべきものだ.

主君のテントに入ろうとして,しかし中から話し声がするのに気付いてコウリは足を止めた.
心地よい朝の光の中で長いため息を吐き,そっと踵を返す.

……アスカが王妃としてやっていけるとは思えない.
それは最初から分かっている.
少女には国を守るだけの強さも,国を支えるマリを助けるだけの力もない.
それどころか傷ついてしまった自分自身を支えることさえもできない.

政略結婚で国の利益となる女性と結婚しろとまでは思わない.
いや,そうゆうことのできない少年だからこそ,忠誠を誓ったのかもしれない.
しかし少年の選んだ少女は余りにも弱すぎる.
恋する相手は選べない……,やっかいなことだ.

幾日かの旅を終え,たどり着いたガトー国首都は活気の溢れる都だった.
大勢の人々が行き交い,しかも明日香を驚かせたことには,いろいろな人種の人々がいる.
少女はこの世界には西ヨーロッパ系か中東系の顔立ちをした人間しか存在していないのかと思っていた.

ツティオ公国王都がのどかでのんびりした風情であるのに対して,いい意味で騒がしくにぎやかな街.
マリが我が公国は小さな国だと言っていたのが,いまやっと理解できた.
少女がこの世界に連れられてきてから,もはや100日以上が経過していた.

ツティオ公国王都からガトー国首都までの旅路,約50日間を世話になった商隊に別れを告げ,明日香はマリたち一行と合流した.
さっそく国王に会いに行こうと,銀の髪,青の瞳の少年が言う.
「アスカのことをおじい様に紹介したいんだ.」
少年の科白に少女の頬がほんのりと赤く染まる.

「おぉい,待ってくれ!」
城へと向かう5人の少年少女を,無精ひげを生やした男が追いかけてきた.
商隊の護衛長を務め上げたブレオである.
「へへっ.」
追いつくと,マリの頭を撫でて銀の髪をぐちゃぐちゃにする.
「ブレオ,どうしたんだ?」
まだまだ背が伸びているといっても,大男であるブレオの前に立つと小柄さが強調される少年である.

「マリ,……いや,陛下.」
おもむろに,少年の前にブレオは膝をついた.
「あなたに忠誠を誓います.今度は私を王妃の護衛にしてくれませんか?」
唐突に畏まる男に対して,マリは驚いた視線をよこした.
「昔別れるときに言ったでしょう,これ以上一緒にいると,こんな子供に忠誠を誓ってしまいそうになるから嫌だと.」
そうして,軽く微笑む.
「しかしもう一度会えたのならば,これはきっと俺の運命なのでしょう.この二刀の剣を以って,あなたに忠誠を誓います.」

自分の前に膝を折る12歳年長の男に向かって,マリは困ったように微笑みかけた.
「ブレオ,顔を上げてくれ.私はもう王ではないのだから.」
するとブレオはにっと笑って答える.
「陛下,私は王家にではなく,あなた自身に忠誠を誓ったのですよ.」
そしてマリを囲むコウリとサイラに話を振る.
「コウリとサイラだって同じだろ?」
それを受けて,サイラのほうが呆れたように肩を竦めた.
「どうせ断っても,また勝手に護衛としてついてくるんだろ?」
「ははっ,そのとおりさ!」
大きく明るく,首都の街にブレオの笑い声が響いた.

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