太陽は君のもの!


第三十一章 私の家族


「マリ君!」
夕日を浴びて,光り輝く笑顔を見せて少女は走ってきた.
今日一日の商隊での仕事は終わったらしい,すると毎日少女は少年のもとへとやってくるのだ.

ガトー国,首都までもう残り2,3日程度の距離である.
明日香は相変わらず商隊に雇われて働いていた,そしてマリたち一行はその商隊と旅を供にしているのだ.
ブレオに言わせるとどうせ目的地は同じなのだし,それに明日香の雇用契約はガトー国首都に着くまでなのだ.

「今日ね,エンカと一緒にヒラヤオという果物の皮をナイフで剥いたのだけど……,」
楽しそうに,今日一日の出来事を少年に報告する.
それが近頃の少女の日課だ.
「見てよ,いっぱい切っちゃったわ.」
と言って,切り傷だらけの両手を見せる.
「うわ,痛そう…….」
少年が痛そうな顔をすると,少女はあっけらかんと笑った.
「大丈夫よ,」
しかしはっと言葉を詰まらせて,言い直す.
「……ちょっと痛かったかな.」

少年はくすっと笑った.
心の仮面をはずして,自分にだけは本当の笑顔を見せて欲しい…….

はたから見ていて恥ずかしくなるような国王夫妻を遠めに眺めながら,コウリはブレオの訪問を受けた.
「お前が一番,事情を分かっていそうなんでな.」
単刀直入にブレオはコウリに聞いた.
「アスカは何者なんだ?」

「陛下の初恋の姫君で,今は我が公国の王妃ですよ.」
それに対して,コウリはそっけなく答える.
「違うだろ,体中痣だらけで実の叔父から暴力を受けていたって聞いたぞ.」
妥協を許さない眼差しで,ブレオは言った.
「かわいそうだから守ってあげたいと,お前もマリから何度も聞いただろ?」
コウリはただ黙って,肯定も否定もしない.
「だからなのか……? アスカはえらい危なっかしいぞ.」

「自虐的なところがかなり目につく.このままではマリの弱点として,付け込まれてしまうぞ.」
男の台詞に,コウリは鋭く緑の瞳を光らせる.
「正直,その指摘は遅すぎましたね.」

彼らの視線の先では,噂の少女が銀の髪の少年と仲良く肩を並べていた.
「アスカが王妃としてやっていけるとは思えない.」
ブレオが言うと,コウリも同意する.
「承知の上ですよ.」
それは彼らが結婚した瞬間から…….

「そうだ,アスカ.返すのを忘れていた.」
唐突にマリは胸のポケットから,小さな石を取り出した.
そして赤いすべすべした石を少女の手の平の上に乗せる.
「私の王家の石.アスカが持っていて.」
少年は,少女に小さな石を握りこませた.

少女は皮肉気に弱弱しく微笑む.
「また飲んじゃうかもしれないよ…….」
「その前に,必ず助けに行くよ.」
すぐに言い返す真剣な青の瞳に,思わず少女は笑顔をこぼす.
「大事に持っておくね.」
あなたの王家の石を,約束のしるしを…….

「マリはどうせ何もしなくていいだの,守ってやるだの言ってるんだろ?」
ブレオの意外に厳しい口調に,コウリは彼の顔をまじまじと見つめた.
「アスカは,甘やかすよりも鍛えてやったほうがいいんじゃないか?」
コウリはブレオの意見に,正直驚いた.
そんなこと誰も考えたことは無かった,ただ少女の傷に触れないようにするだけで.
「帝国に何度も狙われるのは,アスカ自身に付け入る隙があるからだ.そう思わないか?」

夜,明日香が商隊のテントに戻ると,エンカがぼんやりとした風情で少女を待っていた.
「どうしたの,エンカ?」
妹のような年頃の少女に明日香は優しく訊ねる.
「恋人,いたんだね.」
「へ!?」
明日香の顔がみるみるうちに赤くなった.

「私,アスカがあんな顔で笑うなんて知らなかった.」
あんな柔らかな安心しきった顔,今まで見たことは無い.
そもそも自分と自分の家族とブレオ以外に笑顔を見せるなんて思いもしなかった…….
「……ごめん.」
なにやらショックを受けているらしい少女に向かって,明日香は謝った.
「いいもん,どうせ私のは単なる憧れだったし……,」
と言って,すねたようにひざを抱く.
エンカが何を言いたいのかよく分からないが,実は恋人ではなく夫だと言えるような雰囲気ではないことだけは分かった.

夫……,家族.
そうか,マリ君は私の家族なのか……!
それはいまさらながらに,少女に新鮮な驚きを与えた.

「明日香ちゃん,君の家族は私だけだよ…….」
少女の両頬を包む手のひらが,熱を帯びてじっとりと汗ばんでいる.
「君が頼れるのは私だけだ……,だから言うことを聞いて.」
怖い.
気持ち悪い.
痛い.
……嫌だ!
やめて,叔父さん!

がばっと寝床から飛び起きる.
すぐに隣で眠っているエンカの存在に気づき,声を出さずにすんだことにほっとした.
汗が滝のように背を伝い落ちる.
小刻みに震えだす身体をぎゅっと抱きしめて,明日香はそっとテントの中を抜け出した.

外は真っ暗だった,星も月も無い.
……さぁ,君の心を潰してしまおう.
明日香は深夜番の見張りたちに見つからないように,商隊のテント群から出ていった.

少しゆくと,すぐにマリたちの馬車が見える.
馬車の傍には,大きなテントと小さなテントが並んでいる.
大きなほうはコウリ,サイラの兄弟,小さなほうはマリのものらしい.
そっと小さなほうのテントに忍び込むと,銀の髪の少年が寝床に突っ伏して眠っていた.
枕もとには地図やメモや,手紙らしいものが散らばっている.

地図を覗き込むと,どうやらここガトー国の地図のようだ.
「首都でおじい様に会ったら,南のほうへ行こう.」
少年の言葉が思い出される.
「ガトー国の南には,温泉と呼ばれる熱い水が沸くところがあるんだ.」
「温泉があるの!?」
驚いて訊ねると,少年は青の瞳を細めて笑った.
「私は行ったことはないけど,病気や怪我の療養にいいらしいね.」

明日香はそっと少年の寝床にもぐりこんだ.
すると,少年が目を覚ます.
「アスカ……?」
寝ぼけたまま少女を抱き寄せ,またすぐに眠りに落ちる.

マリ君,マリ君は暖かいね.
少年の胸に顔をうずめて,少女は瞳を閉じた.
……帰りたいじゃなくて,帰らなくちゃいけないということなら,帰さない.
もう会えなくなってしまった高校での友人たち,部活の仲間たち,空手を教えてくれた先生…….
でも,私が帰りたいところはここだよ…….

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