太陽は君のもの!


第三十章 涙の粒


左腕を銀髪の少年に捕まれ,背中から金髪の少女に抱きしめられて,明日香はまったく動きが取れない.
必死に視線を逸らして,自分の腕を掴む少年と目が合わないようにする.

「とりあえず私が捕まえておくから,手を離していいわよ,マリ.」
明日香の背中に抱きつきながら,カリンはいとこに向かって言った.
漆黒の髪の少女は戸惑った視線をカリンの方にだけ向けて,少年の顔を見ようとしない.
すると銀の髪の少年は少女の腕をぎゅっと強く掴んで命令する.
「アスカ,こっちを向いて.」
「や,やだ!」
自分で思った以上に大きな声が出て,明日香は驚いた.

すると今度は空いた右腕を捕まれる.
見ると,エンカが少女の腕をまるで独り占めするように取っていた.
「アスカ,この人たちは誰なの?」
明日香を捕まえる少年たちを,きっとにらみつける.
「え? ……えっと,」
どう説明していいのか分からない明日香に代わって,カリンがきっぱりと答える.
「私たちは,アスカの家族よ!」
家族……,その単語に思わず少女は目を瞠った.

すると,
「エンカ,アスカ! 無事か!?」
盗賊たちを追い払ったらしい,ブレオが息を切らしながらやってきた.
そうして明日香の腕を取る銀の髪,青の瞳の少年の顔をまじまじと見つめ,大きく破願する.
「大きくなったな,マリ!」
少年は驚いて,男の名を呼んだ.
「ブレオ!?」

ブレオは逞しい腕でがしっと少年の頭を抱え,空いたもう一方の手で少年の銀の髪をぐちゃぐちゃにして頭を撫でる.
「ははっ,本当に久しぶりだ!」
心から嬉しそうに,そして楽しそうに少年の頭をがしがしと乱暴に撫でる.
「ブ,ブレオ,痛い…….」
少年が辟易するのにはかまわずに,ブレオは周りを見回して,
「コウリ,サイラ,久しぶり.相変わらずお前らはマリにくっついているよな.」
亜麻色の髪の青年コウリはぶすっとして答える.
「陛……,マリの髪をめちゃくちゃにしないで下さい.」
不機嫌なコウリの顔を,おかしそうにブレオは笑った.
「相変わらず,堅いやつだな! カリンも久しぶり,えらい美人になったじゃねぇか!?」
するとカリンは苦笑する.
「ありがとう.ブレオはなんだか目が落ち着いたわね.」

「で,アスカ.」
ひとしきり笑った後,真面目な表情になってブレオは少女の方を向く.
「お前は帰るよな,わざわざ迎えに来てもらったのだから…….」
ブレオの腕に拘束されている,少年と視線がぶつかる.
視線を逸らすことを許さない,強い少年の青の瞳.
少年は自分の肩を抱くブレオの腕をそっとはずした.
「すまない,ブレオ.少しだけ二人きりにしてくれないか?」

太陽は西の空に沈み,星が輝き始める.
少し遠くでは,商隊の喧騒が聞こえる.
少女は,約1ヶ月ぶりに再会を果たした少年に抱きしめられた.
強い力で背中を抱かれ,息もできないほどだ…….

「ごめん,マリ君…….逃げたりして…….」
呆然とした態で,少女はつぶやいた.
まだ目の前にいる人物の存在が信じられない.
「いいよ,アスカ.私は追いかけるから.」
少女の感情の映らない漆黒の瞳を,少年は真正面から見つめた.
「君がいつか,心を開いてくれるのを待っているから…….」

冷たい頬を撫で,少女の少し長くなった漆黒の髪を梳く.
「マリ君,私は……,」
すると少年は少女の科白を先回りして言う.
「大丈夫とか,なんでもないとかは無しだよ,アスカ.」
軽く瞳を見開かせる少女をしっかりと捕まえて,
「君を遠くに感じるから…….」

少年の青の瞳が近づき,半ば強引に口付けされる.
「マリ君,マリ君は優しいね…….」
言葉とはうらはらに悲しそうに,少女は複雑な笑みをつくる.
「じゃ,本音を言っていい? アスカ.」
少女のまぶたに口付けながら,少年は訊ねる.
「君が居ないと寂しい.」
頬に耳元にキスを贈る.
「君を閉じ込めて,私だけのものにしたいよ.」

「私も……,」
少女の瞳に大粒の涙が浮かんだ.
心の奥に閉じ込められた,それが本当の気持ち,
「私もマリ君だけのものになりたかったよ.」
涙がぼろぼろと溢れ,そして止まらない.
「助けられなくてごめん…….」
少女の震える身体をその想いごと抱きとめて,少年は心の底から詫びた.

「で,王都を空にしていいのか?」
自分のテントにコウリ,サイラ,カリンを招いて,ブレオは口を開いた.
「帝国と和平条約が結ばれるって噂だが,国王が城に居なくていいのか?」
一同を代表して,コウリがしぶしぶ答える.
「実は,ガトー国国王陛下に会いに行くつもりなんです.」

「陛下曰く,和平条約を帝国の方から提案してきたからといって油断はできない,だからガトー国と我が公国との繋がりを見せつける為に,ガトー国へ行きたいのだと.」
亜麻色の髪の青年の言葉に,サイラは驚いた顔をし,カリンは呆れたような表情になった.
「何よ,それ!? 今度は国ではなくアスカを取るみたいなこと言っていたくせに!」
「じゃ,陛下は王位を捨てるつもりはないんだ?」
ブレオよりも自分の科白に反応した,弟とカリンに向かってコウリは慌てて手を振る.
「いや,陛下は城に戻るつもりはないらしい.ガトー国へ行くのだって,第一の目的はアスカの慰安のためらしい,」

「よくわからんが,ついでに帝国に対してプレッシャーを与えようということか…….」
頭を掻きながら,ブレオは確認した.
「相変わらず,よく頭の回るガキだな.」
「陛下は,条約の締結は国境で互いに国王の代理人によってなされるから,自分が居なくても問題はないだろうともおっしゃったのです.」
主君に対して気さくな言葉遣いをする,ブレオに対して少々むっとしながらコウリは語を継ぐ.

すると弟が,膝に頭をうずめて訊ねてくる.
「でもさぁ,ガトー国の国王陛下ってあのじいさんのことだろ?」
ガトー国王の人となりを知らないブレオだけがきょとんとした顔をする.
「陛下が会いに行った途端,国王としてちゃんと国へ帰れってお説教されるような気がするんだけど.」
弟の予想に,兄のコウリはふっと微笑んだ.
「やはり,お前もそう思うか.実はなアカム殿下もそうお考えになって,城を出るのを許してくれたんだ.」

「アカム叔父上も策士ねぇ.」
呆れたような声をカリンは出した.
「つまりは王位を捨てようとしている陛下の説得を,陛下のおじい様にやらせようって魂胆でしょ.」
少し面白そうにコウリは笑う.
「そのとおりですよ,カリン様.陛下は今,王としてやっていく自信を無くされているから.」

「まぁ,でもどの道マリに国は捨てられないだろうな…….」
重々しく,ブレオは言葉を落とす.
「あいつは,骨の髄まで王だ.」
コウリ,サイラ,カリンが,ブレオの無骨な顔を見つめる.
「瞳がすごく強くなったな……,人を従わせる王者の瞳だ.」

満天の星空の下,声も無くただ泣きつづける少女を抱きしめ,やっと自分は素顔の少女を手に入れたのかもしれないと少年は思った…….

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