太陽は君のもの!


第二十九章 再会


「アスカ,あれが国境よ.」
芋のいっぱいつまった袋を担ぎながら,明日香はエンカの指差すほうを見た.
背の高い壁が延々と続き,視界を遮っている.
その壁の一部に大きな門があり,そして門の前では馬車や馬や旅人たちで渋滞ができていた.

「国境を越えるには,検問を受けないといけないの.」
同じく芋の袋を抱えながら,エンカは説明した.
「しかも検問は日が沈むまでしかやってくれないから,今日はもう無理ね.明日,うちの商隊は国境を越えるみたい.」
確かに,もう西の空に日が沈もうとしている.

明日香はぼんやりと,国境を眺めた.
明日,自分はツティオ公国を出るのだ…….

商隊の雑用を引き受けながら,思い浮かぶのは別れを告げた少年のことばかり…….
少女はそっとため息を落とした.
「なんか,色っぽいため息だね.」
すると責めるような口調で,亜麻色の髪の少女エンカが下から覗き込んでくる.
明日香がなんとも言えずにいると,エンカは勝手に少女のため息を解釈する.
「もしかしてそれって,最近ブレオさんと仲がいいのと関係あるの?」

ガシャーン.
「え? 何?」
突然の異音に,エンカは戸惑った顔を明日香に向けた.
人々の叫ぶ声,そして剣の打ち交わす音.
「エンカ,隠れて.」
鋭い顔をして,明日香は右手で腰の剣の位置を確かめつつ命令した.

「分かった.……え? 待ってよ,アスカはどこへ行くのよ.」
漆黒の髪の少女はエンカをテントの陰に隠すと,音のする方へ向かって走ってゆく.
「私は,戦う!」
戦いの高揚に胸が躍る.
ちょうどいい,近頃むしゃくしゃしていた!

騒ぎの中心に向かって少女は走る.
すぐに目当ての倒すべき敵である男たちに出会う.
商隊の運んでいる金品を奪い,年頃の女たちを連れ去ろうとしている盗賊たちだ.

少女の漆黒の瞳に好戦的な炎が光輝く.
「神原明日香,行きます!」
剣を抜き放ち,男たちの輪の中へと突っ込む.

その光景を少し離れたところで剣を振るいながらブレオは見た.
「……ったく,あいつは!」
なんてわが身を省みない特攻をするのだ!?
「水よ,わが意に答えて舞え!」
水柱が立ち,ブレオの周囲の男たちを襲う.

右に剣を振るい,左後ろから襲い掛かってくるまた別の男に蹴りを与える.
「まだまだ! かかってきなさい!」
汗で髪が額に張り付く,息が上がる.
上から振り下ろされた剣を,剣の腹で受けて少女は叫んだ.
「負けてたまるかぁ!」
力の均衡を一瞬で破り,少女は懐にもぐりこんで自分よりも一回り大きい男を背負い投げた.

「きゃーーーー!」
突然,遠くから少女の叫び声が聞こえた.
「エンカ!?」
しまった,一人にするのじゃなかった!
明日香は急いで,少女と別れた場所に向かって走り出した.

「アスカ!」
両手に持った二刀の剣で同時に二人の男を倒しながら,ブレオは叫んだ.
途端にブレオは視界の端に信じられないものを,いや人物を見つけた.

走る,息が上がる,しかし明日香は叫んだ.
「エンカぁ!」
辿り着いたその先で見たものは,数人の男に囲まれている亜麻色の髪の少女.
頬を涙でぬらし,服は乱れ両腕を中央の男に拘束されている.
明日香の瞳に正視しがたいほどの炎が燃え上がる.

「はぁ!」
一人目の男を勢いのままに剣で薙ぎ捨てる, 男の返り血が少女の頬を濡らす, ついで剣を下から上へと振り上げて,二人目も切りつけた.
飛び散る血の生臭い匂いに少女は軽く眉をひそめたが,一瞬の停滞もない.
背中から襲い掛かってくる男に対しては,反対にぶつかりにいき,男のみぞおちを肘で打ち付けた.
そしてエンカの腕を取る男に向かって切りつける.
しかしすんでのところで男は少女の腕を離し,剣を構えた.
「やるじゃねぇか,女のくせに.」
男の下品な笑いを,明日香はぎっとにらみつける.

おそらくこいつが一番強い.
涙に濡れ恐怖におののくエンカの視線を感じながら,明日香はそう直感した.
躊躇しない,許さない,殺してやる……!
「死ねぇ!」
漆黒の髪を振り乱し,少女は剣を振り上げた.
男もそれに合わせて剣を振るう.

ガキィーン.
鋭い音を立てて,しかし二人の剣は交わらなかった.
二人の間に銀の髪の少年が,割って入ってきたのだ.
右手に持った剣で少女の剣を受け,左手に持った小刀で男の首筋を押さえる.
「……マリ君?」
余りのことに呆然として少女は少年の名をつぶやいた.

「退いて下さい.」
しっかりと男を見据え,マリは言った.
一世代以上も上の男を完璧に威圧する,青の瞳.
「なっ,……誰,だ?」
すると銀の髪の少年は,男の首にあてている小刀に力を込める.
「くそっ.」
男はなんとか剣を収め,さっと踵を返してその場から逃げていった.

「アスカ,アスカも剣を収めて.」
今度は心配するような顔をして少年は言う.
少年の意志の確固とした瞳に見つめられて,少女の剣は震え,そして手からも零れ落ちた.
少女はさっと方向を変えて,少年の前から逃げ出そうとする.

すると,左腕を少年に捕まれる.
「アスカ,逃げないで.」
不思議そうな顔をしてこちらを見つめるエンカと目があって,明日香は顔を赤らめて俯いた.

すると俯いた頭の上から,話し掛けられる.
「こっち向いて,顔を見せて.アスカ…….」
頬に少年の手のぬくもりを感じて,少女はびくっと震えた.

次はいきなり後ろから抱きつかれる.
振り向くと金の髪,くすんだ青の瞳の少女が明日香をしっかりと捕まえていた.
「馬鹿,勝手に居なくなって心配したじゃない!」
そして少女の後ろには,亜麻色の髪の兄弟まで控えていた.

「あ,…….」
なんと言うべきか分からずに,明日香はただ周りを見回した.
そして頬に涙の跡の残るエンカを見つめて,先ほどの激情はエンカではなく自分のためだったのだと気付いてしまった…….

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