太陽は君のもの!


第二十七章 盗賊


身を焼き付ける太陽から故意に視線を逸らし,漆黒の髪の,少年の姿をした少女は北のほうを眺めた.
北の方にある王都を発ってから,すでに20日が過ぎていた.

少女は今,ツティオ公国とガトー国を交易する商人たちの馬車隊に,護衛として雇われている.
「アスカ!」
背後から声を掛けられて,少女は振り向いた.
「交代だ,馬車の方に戻って飯食いな.」
男臭い印象を与えるが,妙に人を安心させる気配を持つブレオである.

「はい.護衛長は今から哨戒ですか?」
少女が訊ねると,ブレオは少女の短い髪をぐちゃぐちゃにするように頭を撫でた.
「ガキのくせにあまり畏まるな.さっさと食べにいきな.」
不思議とあまり不快感を感じずに,明日香はくすっと笑った.

馬車に戻るとすぐに,亜麻色の軽くウェーブがかかった髪の少女に捕まる.
「アスカ,おかえり!」
ついこの間,盗賊に襲われそうになっているところを助けた少女である.
「ただいま,エンカ.」
明日香がそっと微笑むと,エンカはついつい頬を赤らめてしまう.
商人である父母に連れられて,家族で商隊に加わっている15歳の少女だ.

「アスカが男の子だったら,お嫁さんになってあげるのに…….」
無邪気に明日香の右腕を取り,少し残念そうに笑いかける.
「ありがと.でも私そうすると,7人もお嫁さんをもらわないといけない.」
背の高い少女が苦笑すると,エンカはすぐにぴんときて言い返す.
「何!? 過去に6人もの女性から同じ事を言われたの?」
「うん.」
少し年下の少女をからかうように,明日香は笑った.

「こう見えても,同性にはもてるの.」
いたずらめかして明日香は答える.
すねたようにエンカはぶすっとして,漆黒の髪の少女を見つめた.

すらりと伸びた手足,整った顔立ち.
日に焼けた健康そうな肌,けれどどこかあやふやで危なっかしい漆黒の瞳.
こう見えてもと本人は言うが,十分に人を引き付ける魅力を持つ少女だ.

「ねぇ,じゃぁ,お嫁さんになっては何回言われたことがある?」
エンカからの深い意味など無い質問に,明日香はどきっとした.

彼女が私の花嫁だ!
銀の髪,青の瞳の少年の姿が鮮やかに脳裏に蘇る.
いきなりですまないが今から結婚してくれ.

確かに余りにもいきなりだったよね,あれは.
思わず思い出し笑いをすると,エンカがじっと不思議そうな顔をして見つめていた.
「ごめん,なんでもないから.」
誤魔化すように,明日香は微笑んだ.
もう二度と逢わないから,あの少年とは…….

エンカと二人で昼食を取っていると,エンカの両親がやってきた.
そうして当然のごとく,4人で卓を囲む.
まるで家族の一員になったみたいな食事風景に,明日香は少し戸惑った.

「ツティオの新王はなかなかすごいらしいわね.」
エンカの母親の科白に,つい明日香は手に持った皿を落としそうになる.
商人らしく,社会情勢に詳しいエンカの両親だが,この話題が出たのは初めてだ.
「帝国相手によくやっているそうじゃないか.そうだ,アスカは確か王都の出身だろう?」
父親の方に話を振られて,明日香はあいまいに頷いた.
「王様に会ったことがあるんじゃないか? なんでもまだ17歳だという話だぞ.」
「う,噂だけなら…….」
早くこの話題が終わるように祈りながら,少女は言葉を濁した.

「どんな噂?」
エンカが瞳を好奇心にきらきらさせて,無邪気に聞いてくる.
「えっとぉ,子供の頃,家出したら盗賊に捕まったとか……,」
「その盗賊ってのは,俺のことだぞ,アスカ.」
いきなり後ろから話に割り込まれて,明日香は驚いて振り向いた.
見回りを終えたらしいブレオが,楽しそうに微笑んでいる.
「ははっ,驚いただろ? 実は国王陛下とはちょっとした仲なんだぜ.」

しかし自分自身の科白に反して,次の瞬間ブレオは他の誰よりも驚いた表情になった.
「アスカ! お前……,」
ぎょっとする少女の腕を取り,ブレオは聞いた.
「まさか,あのアスカか!?」
さっと少女の顔が青ざめる.
「なぜ,こんなところに……?」
二人のやり取りを,意味がわからずにエンカたち家族は見守った.

「王妃であるお前が,なぜこんなところに居る?」
改めて二人きりになり,ブレオは少女に問いただした.
「どうして,私の名を知っているのですか?」
男の質問には答えることができず,明日香は聞い返した.
「あのガキに,いや今は国王陛下だが,聞いたんだよ.好きな女の子がいるって.」
思わず少女の顔は赤くなる,いったいどれだけの人に自分のことを言いふらしたのだ,あの少年は!?

「結婚したって聞いたから,きっとアスカという名の女性としたのだろうと思っていたのだが……,」
ブレオは少女を逃さずに,聞いた.
「お前がここにいることをマリは知っているのか?」
少女は漆黒の瞳をおどおどとさまよわせる.
「……し,知らない.私はマリ君から逃げてきたの.」

自分自身を鼓舞して,明日香は再びブレオの瞳を見つめた.
「なんだそれは!? 家出か? 今ごろ,血相変えてマリは探し回っているんじゃないのか!?」
途端に気付く,ブレオの顔は死んだ父に似ているのだ……!
「だって,私はマリ君に相応しくないから…….」
少女はぼそぼそと言いよどんだ.

ブレオの顔が激しく歪む.
「はぁ!? それはマリが決めることだろ?」
「で,でも,マリ君は私のために国王であることを辞めるって……,」
必死に言い訳するように,少女は言った.
しかし言ってしまってから気付く,なんて恥ずかしい科白だ.
「本当かよ,それは!?」
強く,少女の両肩を掴んでブレオは訊ねた.
途端に少女は獣のように全身の毛を逆立てる.
「触らないで!」
肩に置かれた手を,汚らわしいもののように叩き落す.

もうあの少年以外には触れられたくない……!

はっと気付くと,きょとんとした顔をしてブレオは少女を見つめていた.
「アスカ,お前の護衛の任を解く.」
そして厳しい顔で少女に命令する.
「明日からはエンカと一緒に雑用係りだ.それから,……余計なお節介みたいだから,もう聞かねぇよ.」
さっと踵を返して去りゆくブレオの広い背中を,捨てられた子供のような眼をして少女は見送った…….

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