太陽は君のもの!


幼馴染の範囲(外伝)


ガトー国への旅を終え,やっとコウリは王城の中で与えられた自分の部屋へと帰りついた.
彼が旅をしている間には,母親が掃除をしていてくれたらしい.
ずっと留守にしていた割には,部屋の中はきれいだった.

旅の荷物を解いていると,ドアが遠慮がちにノックされる.
「開いているよ!」
母親か弟だと思って,コウリはドアの方を向かずに声を上げた.
ドアが開き,そして閉まる音.
「……コウリ.」
そして少女の声.

青年は驚いて後ろを振り返った.
金の髪,くすんだ青の瞳の少女が彼のすぐ後ろに立っていた.
「アスカ,自分がアスカだって思い出したみたい…….」
少女は悲しげに,コウリに告げた.

それは知っている.
いや,部屋の前の廊下で少女の言葉にならない叫び声を聞いたばかりだ.
そしてすぐに部屋から出てきたキュリーの同情的な顔.

「アスカ,かわいそう…….」
ぎゅっと少女は抱きついてきた.
「……陛下もすごくつらそう.」
そうして肩を震わせて,小さく小さく泣き出す.
もっとしんどい思いをしている二人がいるのに,自分などが泣いていいはずが無いと考えているかのようだ.

コウリは少女を優しく抱きとめた.
どれくらいの抱きしめ方ならば,幼馴染の範疇に収まるのだろうか.
この少女はきっと遠慮をして,今まで泣くことも弱音を吐くこともできなかったに違いない.

幼馴染の広い胸に顔をうずめながら,カリンは言った.
「陛下はもう一度暗示をかけるって言っているけど……,」
コウリは幾重にも心の拘束をかけられた少女のことを思った.
「アスカ,やっと食べられるようになったのに…….」
カリンは悲しげに,言葉を紡いだ.

自分は何を求めて,この幼馴染の部屋へ尋ねてきたのだろうか.
優しく抱きしめられながら,カリンは考えた.
慰めてほしくて……?
いや,今それが必要なのは自分ではなく件の二人だろう.

少女は青年の腕の中で,顔を上げた.
涙に濡れる瞳でまっすぐにコウリの方を見つめる.
「逢いたかった…….」
すると少女の唇に口付けが降りてきた.

これは明らかに幼馴染の範疇には収まらない.
自分から口付けたくせに,コウリは慌ててカリンの身体を引き剥がした.
「今のは忘れてください!」
そしてぐいぐいと少女の身体を押しやって,ドアの方へと連れてゆく.
「ちょ,ちょっと!」
カリンはわけが分からずに抵抗した.

しかし簡単に部屋の外へと押しやられてしまう.
「それでは,カリン様.余りお気を落とさず,」
そうして強引にドアを閉めようとする.
「待ちなさいよ!」
カリンはドアにへばりついた.
「今のは何!? 答えてよ!」

「無理です!」
コウリは少女の身体をなんとか引き剥がして,ばたんとドアを閉めた.
そうして一人になった部屋でドアにもたれて,ずるずると座り込む.

恋する相手は選べない……,やっかいなことだ.
青年は長いため息を吐いた.

次の日の早朝,漆黒の髪の少女は城から姿を消したらしい.
コウリは自らの主君からその知らせを聞いた.
しかし銀の髪の少年は妙に晴れ晴れとした顔をしていた.

「で,どうなさるのですか?」
コウリが訊ねると,彼の主君は明るい日差しに似た笑顔で笑ってみせた.
「もちろん,追いかけるよ.コウリ.」
逃げられたのに,自分は愛されているのだと自信たっぷりな様子だ.
「じゃ,今から王都を捜索だね.」
コウリの隣で,弟がしゃべった.

しかし,銀の髪の少年はかぶりを振った.
「いや,探す必要は無いよ.アスカの行動は予測できるから.」
そうしてコウリたちに向かって説明しだす.
「おそらくアスカはガトー国へ向かうはずだ.しかしアスカには路銀がない,だから……,」
すると続きは,金の髪の美しい少女が受け持つ.
「交易商人の商隊に雇われて,ガトー国へ行くつもりなのね.」

少年は明るい青の瞳を光らせて頷いた.
「あぁ,だと思う.となると捜索をしても,おそらく見つからないだろう.」
ガトー国へ行くはずだという予測に根拠はあるのだろうか?
しかしすぐにコウリはその疑問を打ち消した.
彼の主君とあの少女の間には,通じ合うものがあるのだ.

「だから先回りして,国境の関所で待ち伏せよう.」
周りを安心させるように微笑んで,銀の髪の少年はきっぱりと言い切った.
「馬で急げば,商隊よりもだいぶはやくに国境に辿り着くはずだ.」

「そこでも逃げられたら,どうなさるのですか?」
コウリは心配して,いや試したくて彼の主君に聞いた.
「必ず捕まえるよ,もう逃がさない.」
銀の髪の少年は照れもせずに答える.

少女が自分を必要としていることを,自分はもう知っている.
そして逃げた理由もなんとなくだが理解できる.
だから,君を追いかける.

「準備が出来次第,出発しよう.」
マリの命令に,コウリたちは頷いた.

国王の執務室から出て自分の部屋へ帰ろうとすると,金の髪の少女がずっと自分の後をついてくる.
少女の部屋はもちろんこちらの方向には無い.

「カリン様.」
コウリは困った顔を見せて,振り向いた.
金の髪の少女はむっとした顔を作って彼を睨みつけていた.

せっかくの美しい整った顔立ちが,少女の豊か過ぎる表情のせいで台無しだ.
しかし,
「よかったら,もう少しだけ待っていただけませんか?」
亜麻色の髪の青年は微笑んだ.
「私が王家の姫を娶ることができるほどの人間になるまで.」

少女はブルーグレーの瞳を驚きに瞠らせた.
しかし喜んだりするのは癪だと考えたのか,怒った顔を無理やりに継続させる.
「それって何年後?」
あまりその仮面のつけ方は成功しているとは思えない…….
コウリはぷっと吹き出した.

「何よ! 何がおかしいの!?」
今度は本当に怒り出す.
「気長に待っていてください.」
コウリは笑いながら言った.

今朝の主君の顔を見ていたら,自分も見習わなくてはならないという気持ちになった.
愛する少女を得るために,どんな労もいとわない.
それに比べたら,自分はなんと怠惰なのだろう.

コウリは金の髪の少女の手を取った.
驚く少女には構わずに,少女の前に膝を折る.
「あなたへのこの想いに誓って,努力します.」
そうして少女の白い手の甲に口付けた.

少女の顔を見つめると,真っ赤な顔をして自分を見つめ返していた.
嘘のつけないお方だ.
コウリは再び,吹き出して笑ってしまった.

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