太陽は君のもの!


第二十五章 赤い石


ふと窓から王城の庭を眺めると,少女たちのはしゃぐ姿が見えた.
なかなかおてんばないとこのフローリアが木に登り,それを下から明日香とヒロカが冷やかしているのだ.
自分自身をヒロカだと信じて疑わない明日香に,本物のヒロカが笑いかける.

その光景を複雑な顔をしてマリは見守った.
ヒロカ曰く,「私はあなたの妹のヒロミよって強く言ったら,簡単に信じてくれちゃった.」らしい.
すると木に登っていたフローリアが足を滑らせる.
少年は慌てて窓を開け呪文を唱えようとした.
が,すんでのところで明日香が落ちてくるフローリアを捕まえる.

ほっと息をつき窓を閉めようとすると,フローリアを抱いた少女と眼が合う.
少年は,庭に居る少女に向かって軽く微笑んだ.
すると,少女は恥ずかしそうに視線をそらしてしまう.
なんだろう……?

「よかったわね,陛下.」
後ろから声を掛けられて振り向くと,4人姉妹の長女になってしまったいとこが苦笑していた.
「アスカはヒロカになっても,陛下のことが好きみたい.」
金の髪,くすんだ青の瞳のカリンである.

少年が顔を赤らめて何か言い返そうとしたとき,二人の叔父であるアカムがやってきた.
「陛下,吉報が二つありますよ.」
ひさびさに見せる嬉しそうな顔だ.
「カイ帝国が,今後5年間の和平条約の締結を提案してきました.」

それは確かに嬉しい知らせだ.
しかし少年は気を引き締めて叔父に向かって聞いた.
「ガトー国と手を結ぶと脅したのが効いたのでしょうか?」
すると叔父は少年を安心させるように微笑んで答える.
「それもありますが,今,帝国内がきな臭いのですよ.」
アカムはつい1,2ヶ月前まで,帝国内をマツリと供に旅していたのだ.
無論,帝国内の情勢には詳しい.
「……ことによると,内乱になりますよ.」
叔父のブルーグリーンの瞳に危険な色が映る.

「帝国の領民に対しては同情を禁じえないが,正直助かったな.」
少年は少し悲しそうに微笑んだ.
内乱となると,他国にちょっかいを出す余裕など無くなるだろう.
カイ帝国がその強大な軍隊の一部でも送ってきたならば,こんな小さな国などすぐに蹂躙されてしまう.

「そうですね,それともう一つ……,」
気を取り直すように,アカムは甥にもう一つの吉報を告げた.
「コウリがガトー国から帰ってきました.」

しばらくすると,弟のサイラと見慣れない若者を連れてコウリが姿を現した.
すぐに眼を細めて,コウリは自らの主君の前に頭垂れる.
「ただいま戻りました.陛下.」
青年の頭のてっぺんを見つめて,マリは乳兄弟の名を呼んだ.
「よく戻ってきてくれた,コウリ.」
自分はけっこうこの乳兄弟のことを頼っていたらしい,そう自覚しながらマリは笑みを漏らした.

「それでさっそくですが,陛下.この方はレニベス王国からいらっしゃった魔術師のキュリー殿です.」
コウリは傍に佇む若者を,マリに紹介する.
日に焼けた健康そうな肌,魔術師というよりは狩りを行う猟師を連想させる男だ.
すると男はにっこりと笑って,手を差し出した.
「初めまして,マリ陛下.高額な報酬に眼がくらんでやってまいりました.」

男の歯に衣着せぬ言いように苦笑して,マリは挨拶を交わす.
「こちらこそ,初めまして.」
「さっそくで悪いのですが,王妃様はどこですか? できるだけ早くライアセイトを取り除いた方がよいので.」
すると少年は17という年齢には似つかわしくない複雑な表情を作った…….

病気の治療のためだと,少女はサイラによって,とある部屋へと呼ばれた.
国王であるいとこの少年の部屋だ.
部屋の中では銀の髪の少年と見知らぬ青年が少女を待っていた.
「ヒロカ.」
少年が名を呼ぶだけで,少女の鼓動が早くなる.
少女の赤くなる顔を,キュリーは興味深げに眺めた.

見知らぬ男はレニベス王国の医術者だと紹介され,ベッドに横になるように促される.
仰向けに横たわると,少女の肩の近くに手をついて少年が少女の顔を覗き込んだ.
「眼を閉じていて,ヒロカ.」
少年の澄んだ青の瞳にどきどきしながら,明日香は瞳を閉じた.

「じゃ,頼みます.」
少年は振り返って,男にそっと小声で言った.
「えぇ…….」
キュリーは好奇心を隠し切れない瞳で頷く.

魔力を持つ鉱石を飲み込んだ王妃,そして今,自分は別人であると思い込んでいる…….
そして想い合っているのだろうに,互いに堅く遠慮しあっている国王夫妻.
つまらない小国からの依頼に,わざわざ足を運んだかいがあったのかも知れない.

「生と死を司る女神よ,邪悪を取り除く術を我に指し示したまえ…….」
途端に少女の身体は赤く輝きだす.
高純度のライアセイトの輝きだ,このようなものを体内に取り込んでいて廃人にならなかったことの方が不思議だ.
心配そうに見つめる少年の視線を感じながら,キュリーは少女の腹部に手をかざした.

開いた手のひらをぎゅっと握り,そしてまた開く.
すると青年の手の中には,小さな赤いすべすべした石が載せられていた.
ツティオ公国の王族だけが持つライアセイトの結晶体,王家の石である.
「……もう,いいですよ.」
キュリーは身体を堅くして瞳を閉じている少女に告げた.

「……はい.」
そっと漆黒の瞳を開けて,少女は起き上がった.
そうして不可思議な表情で,キュリーの手にある王家の石を見つめる.

「この石あげる,約束のしるし.無くさないで…….」
夕日を受けて輝く少年の銀の髪.

「マリ君,はやく迎えに来て……!」
泣きながら,赤い石に向かって訴えた.
「それともあれは夢だったの!?」

「俺は,お前が前の家で何をされていたのか,知っているのだぜ.」
そうして,義兄は少女の腕を掴んだ.
「触らないで!」
しかしものすごい力で腕を捕まれていて,とてもではないが振りほどけない.
義兄のもう片方の手が腰に回された瞬間,背筋にぞっと悪寒が走った.
「誰か,助けて!」
途端に輝きだす赤い光.

それは10年前の約束.
純真だった頃の,一番きれいな思い出.
いつか,違う世界へと連れて行ってあげると言ってくれた……!

「やめて,取らないで!」
切実な顔をして,少女はキュリーの手の中の石を奪い取った.
そうしておもむろにそれを口に含もうとする.
「アスカ!?」
驚くキュリーを押しのけて少年はさせるまいと,少女の腕を取る.

「これだけは大事なの! 取らないで!」
涙声になって,少女が叫ぶ.
不思議そうに見つめるキュリーの前で,少年と少女は絡まりあう.
「アスカ!」
マリは嫌がる少女の両腕をしっかりと押さえて言った.
「石なんか無くても,私がいるだろう?」

少女の濡れた漆黒の瞳が,まっすぐに少年の瞳を見つめた.
その瞳に映る絶望と諦めが,少年を打ちのめす.
「どうして,今更迎えにきたの?」
震える唇で紡ぐ非難の言葉.
「もう,諦めていたのに…….」
光を,ぬくみを,愛を…….

すべてを諦めて,心を閉ざして生きてゆく.
なのに,なぜ……!?
幸せになる権利など無いのに,少年のそばにいれば夢見てしまう.
包み込まれるような愛情に酔ってしまう.

だから罰があたったの!?
……さぁ,君の心を潰してしまおう.

「きゃあああああ!」
頭を抱えて,少女は叫びだした.
狂ったように声の限りに,何かを吐き出すかのように.
「アスカ,落ち着いて.」
叫び,錯乱する少女に少年は為すすべを持たない.

「安らかに,安らかに眠れ,我がいとし子よ…….」
キュリーは痛ましいものでもみるかのような表情で,呪文を唱えた.
するとぷつりと少女の意識は途絶え,少年の胸の中へと倒れこむ.
「キュリー殿,……ありがとうございます.」
少女を抱きかかえ,少年はすまなさそうに礼を言った.
「いえ……,」
苦い顔をして,キュリーは視線をそらす.

つまらない小国からの依頼…….
とんでもない思い違いだ.
闇に捕らわれた王妃と彼女を抱く国王をキュリーは見つめた.

<< 戻る | もくじ | 続き >>


Copyright (C) 2003-2005 SilentMoon All rights reserved. 無断転載・二次利用を禁じます.