太陽は君のもの!


この手で受け止める(外伝)


「ゆっくりとよく噛んで食べてね.」
姉であるカリンに念を押されて,漆黒の髪の少女は頷いた.
スープの中にある柔らかい肉を一つ取り,口の中に入れる.
無理やりのどを通らせてから,姉に向かって誤魔化すように微笑んで見せた.

しかし姉はこの場を立ち去るつもりはないらしい.
少女がちゃんと全部食べるまで見届けるつもりなのだろう.
「お姉ちゃん,大丈夫だよ.」
しかしカリンはすぐに言い返した.
「嘘おっしゃい! 食事の後,一人でこっそりと吐いているくせに!」

ばれている…….
少女は上目遣いに姉の健康的で美しい顔を見つめた.
明日香はいまだに固形物を食べることができなかった.

すでに冷めてしまっているスープをスプーンでぐるぐるとかき回し,その液を一口すすって,再び具をスプーンに乗せる.
しかし少女はなかなかそれを口に持っていかない.

少女の気の無い様子にカリンはため息を吐いた.
つまりこの少女には食欲以前に,生きる気力がないのだ.
「陛下と一緒にガトー国へ行くんでしょ? ならちゃんと食べないと,」
すると少女の顔はみるみるうちに赤くなる.
「いや,でも,その,」
この少女が明日香であるとは信じられないくらいに,純情に振舞う.
「まだ,行くと決まったわけでは……,」
もじもじとスプーンを持つ右手と,左手を組み合わせる.

ヒロカになってしまった少女はむしろかわいらしい印象を人に与える.
ほほえましいくらいにマリのことを意識している,自分の夫であることを忘れて…….
「陛下は行くつもりみたいよ.」
カリンは少女の傍から離れて,バルコニーに続く窓のカーテンをさっと開けた.
すると意外にいい天気だ,なのに明日香はなぜかカーテンを下ろしていた.

カリンは青白く痩せた少女の顔を見つめた.
そういえば,この少女はあれ以来外に出ていないのではなかろうか.
部屋の中で鬱々とスープの具をつついているよりも,外に出て太陽の光を浴びたほうがよいのでは……?
それはいい案に思えた.

「ねぇ,ヒロカ.食事はもういいから,外に出ない?」
すると少女は怯えた顔をカリンの方へ向けた.
必死に外に出なくてすむ言い訳を考えている顔だ.
外は怖いのかな? カリンは思った.
「じゃ,せめてバルコニーに出ない? いい天気よ.」

「ずっと部屋に篭っているよりも,外の空気を吸ったほうが病気もよくなるだろうし.」
すると少女は何かを決意したかのように,小さく頷いた.
カリンは少女のために,窓を大きく開けてやった.
明るい日差しが目に痛い.
少女はカリンの傍までやってきて,しかしバルコニーに足を踏み入れることに躊躇する.

怖いのだろう,部屋から出るのが…….
この少女は自分などには想像のつかないくらいの恐ろしい思いをしたのだ.
カリンは先にバルコニーに出て,少女に手を差し伸べた.
「大丈夫よ,私が居るから.」

姉の日の光に輝く金の髪,そうしてそれよりも美しい微笑み.
……私はアスカのことが好きだから,守りたいって大事にしたいって思っているから.
銀の髪,青の瞳の,

明日香はそろりと第一歩を踏み出した.
姉に支えられてバルコニーに立つ,しかしなぜだか足が震えた.
いったいどうしたのだろうか,自分自身は?
どんな病気だというのだ?

そっと気遣う姉から離れて,バルコニーの縁まで歩いてゆく.
自分の足元にできる影が濃い.
見上げると途端に目に入る,白い光.

少年の純粋な青の瞳.
……私はあなたに大切にされるような女じゃない.
優しく微笑みかけて,
……私はキレイじゃないから,
私の名を呼んでほしい…….
……身の程知らずな願いだ.

太陽が少女を責めるように輝いて,少女の視界は光に食い荒らされて漂白された!

王城の中庭で,マリは叔母であるリリアと叔父であるアカムとともに居た.
「あら?」
叔母が小さく驚きの声を出す.
マリが彼女の視線を追うと,城の3階のヒロカの部屋のバルコニーに二人の少女が居る.
漆黒の髪の少女が危うげな足取りで,バルコニーの縁へと歩んでゆく.

嫌な予感がする.
マリは何も考えられずに,バルコニーの下まで駆け寄った.
途端に,
「きゃあ!」
いとこの叫び声,漆黒の髪の少女がまっさかさまにバルコニーから落ちてくる.
「アスカぁ!」
「猛き風よ,地を拒絶せよ!」
風が猛然と下から上へと吹きつける.
魔力の風に少女の落下の勢いは消され,少年は自らの腕に少女を抱きとめた.

少女をしっかりと抱きしめ,少年はその場にへなへなと座り込んだ.
とっさに呪文を唱えてくれたカリンにいくら感謝をしてもし足りない.
「アスカ!?」
上から蒼白になったいとこの声が降ってくる.
「大丈夫だよ,カリン.」
バルコニーから身体を乗り出すいとこに微笑んでみせる.

「ん……,」
きつく抱いた腕の中で,少女が目を覚ます.
するととたんに顔を赤くして,
「へ,陛下!?」
少年の腕の中から慌てて逃げ出す.

「ご,ごめんなさい! 落ちてきて……,」
真っ赤になって謝罪をする.
本当は少女が少年の元へ落ちてきたのではなく,少女の落ちる場所に少年がやってきたのだが.
「いいよ,落ちてきても.ちゃんと受け止めるから.」
すると少女は耳たぶまで赤くして少年を見つめ返してきた.

「そんなことよりも,ちゃんと食事を摂って.」
細い体,血色の悪い顔.
顔を見ただけで,少女がまともに食べていないことが分かる.

あなたは,私の太陽!
地平から昇る太陽よりも輝く笑顔.
またあの笑顔を見せてほしい…….

「きちんと食べると約束して.」
逃げようとする少女ににじり寄り,漆黒の瞳を捕らえて言い聞かす.
すると,少女は赤い顔のままで頭をぶんぶんと振り頷いた…….

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