太陽は君のもの!


第二十二章 後悔に染めて


「むごいことをなさる…….」
倒れ伏した甥を抱き上げて,アカムは言った.
亜麻色の髪の少年が,心配そうなまなざしで主君の姿を見つめる.
「そうですか? 私はそうは思いませんよ.」
ベッドで意識を失っている青い顔の少女を視界に認め,アカムはフレイに対峙した.

その少女の傷ついた姿はアカムにある一人の女性を思い起こさせる…….

「姉がこの国でやられたことを,そっくりそのままお返しただけですから.」
少女を闇に落としいれた青年は,笑顔さえ浮かべていた.
「あなたは姉思いなのですね,しかし……,」
青年の捕らえどころの無い瞳をまっすぐに見つめて,アカムは訊ねる.
「なぜ帝国はマツリ殿のお命を狙ったのですか?」
剣も構えずにただ立っているだけの二人の青年,しかし全く彼らには隙がなかった.
邪気の無い子供のように悪びれずに,飄々としてフレイは答える.
「生きて帝国の役に立たなければ死んで役に立て,それが我が皇家の決まりでしてね.」

「へぇ…….」
アカムの口調は穏やかだが,凍りつくようなものを含んでいる..
すると,再び部屋に侵入者が現れる.
「フレイ,帝国へ帰るぞ!」
太った男がどかどかと音を立てて,部屋の中へと入ってきた.

少しばかり驚いた顔をして,青年は父の姿を見た.
「もう,この国はいい.お前が命をささげる価値など無い.帰るぞ!」
青年は2,3度瞬きをして,そしてそれだけで自身の驚きを収めた.
ついで,瞳に皮肉な光を映らせる.
「……と,いうことは,」
意識無く,だらんと下がった少女の手を取り,愛しそうに口付けて,
「抱かれ損でしたね,王妃様.」

すると首先に剣の切っ先を突きつけられる.
「もう用は無いだろ! アスカの手を離せ.」
緑の瞳に炎を燃え上がらせて,亜麻色の髪の少年が剣を構えていた.
フレイは苦笑して,少女の手を離す.
「それでは,ごきげんよう.ツティオ公国の皆様方.」

カイ帝国からの使者は去った.
見送りなど誰もしなかったし,彼らのほうでも望んでいなかったであろう.
ベッドに横たわる少女と叔父に抱かれる少年を見つめて,サイラは自分の無力さを思い知った.

「マリ,起きなさい!」
肩を揺さぶられて,少年は青の瞳を開いた.
太陽のまぶしい光が目に入り,少年は白昼夢でも見ていたのかと疑う.
「アカム叔父上…….」
すぐに悔しそうに歯噛みして,少年は俯く.
夢ではない……,これは現実だ.
いつの間にか,王城の城門の前まで少年は連れられていた.
「ア,アスカは……?」
真昼の太陽に照らされて,少年の顔色は真っ青だった.

「母ちゃんに頼んだよ,陛下.」
自分も同じような表情をしているのだろう,青い顔で唇をわななかせてサイラが答えた.
ふと見ると,叔母のリリアも宰相のジャンも心配そうにこちらを見ている.

情けないことに,体がどうにもならない感情でがたがたと震えていた.
マリは必死に気持ちを落ち着けて,叔父に向かって礼を言った.
「叔父上,止めてくださってありがとうございます.」
たとえ目的のライアセイトが無くなったとはいえ,王が皇族を切ったとなるとただでは済まなかったであろう.
……そう分かってはいるのだが,自身の声の震えを隠せない.
するとアカムは悲しそうに微笑んだ.
「怒っていいんだよ,マリ.いや……,」

叔父はすっと少年の前に膝をついた.
「……国王陛下.帰参が遅れまして大変申し訳ございません.」
急に畏まる叔父に,少年は戸惑った視線を向けた.
「マツリ殿は帝都の,マツリ殿の母親のもとへ帰しました.」
「アカム叔父上…….」
叔父の不思議な青緑の瞳が悲しげに揺れているように少年には思えた.

「アカム…….」
姉であるリリアが心配そうな声を掛ける.
しかしそれをさりげなく無視して,アカムは幼い忠誠の対象に聞いた.
「陛下,あの山から立ち上っている黒い煙は何なのですか?」
無理に話題を捻じ曲げる.
訊ねられる少年も訊ねる青年も,今考えるべきこと,思うべきことを意識したくない.
「……あれはカリンとヒロカの幻影魔法です,アカム叔父上.」
少年は手を差し伸べて,膝をつく叔父を立たせた.
「もっとも使者殿は鉱脈が破壊された跡だと思ったようですけどね.」
そうして力なく少年は微笑んだ.

……そう,カイ帝国の使者を追い返す作戦はうまくいった.
しかし,その一歩上をいかれた.
大切な少女を,いや自分が大切にしているからこそ傷つけられた.

城に戻ると,マリはすぐに明日香の元を訪れようとしたが,さすがにケイカに止められた.
しかたなく自分の部屋へ戻り,身体をベッドへ投げ出す.
清潔な枕に頭をうずめると,少女の髪の匂いがした.
瞳に涙がにじみ,少年は拳を枕に叩きつけた.

「アカム.」
王城の廊下にて,姉の声に弟はまるで待っていたのかのように振り向いた.
そっと二人,人気の無い部屋へ滑り込む.
「アカム,あなたは……?」
姉の弟を思いやる優しい瞳に,アカムは微笑んだ.
「ご心配をおかけして申し訳ございません,姉上.」

そうしてさりげなく姉を驚かせる.
「私はマツリ殿を愛していました.」
姉のブルーグレーの瞳が軽く瞠られる.
「ずっと迷いながら国境まで連れてゆき,しかし離れ難くて帝都まで一緒についていきました.」
そうして軽く苦笑する.
「そうこうするうちに状況は変わったらしく,帝国はマツリ殿を亡き者にしようと,それで彼女を守りつつ母親の元へ送り届けたのです.」

「何度も思いました,彼女を連れてどこか違う国へ逃げようかと……,」
弟の伏せた瞳に光るものを見つけて,リリアは8歳年下の弟を抱きしめた.
「アカム…….」
「姉上,慰めないでください.」
そっと姉の肩を抱いてその身を引き剥がし,弟は姉の瞳を見つめた.
「状況が変わったと気付いたときに,マツリ殿を連れてこの国へ帰ってきていたのなら,今のようなことにはならなかったのです.」
むざむざ帝国に付け入る口実を与えてしまった.
「マツリ殿を帝都に帰したのは私のわがままです.」
彼女を兄であるサキルの妻のままにしていたくなかった.
「マリに,いやアスカにどう謝罪すべきか,私には分かりません.」
不可思議に揺れる青い緑の瞳.今は後悔に染まる…….

次の日の朝早くに,マリはサイラの母であり,自らの乳母でもあるケイカに呼び出された.
「やっと眼を覚ましてくれたのだけど,なんかずっとぼぉっとしていて,何を言っても何をやっても反応してくれないんですよ…….」
ケイカは悲しそうに俯いた.
傷ついた少女にどう接すればいいのか分からない,どうやったら少女が回復するのか想像もつかない.
……あれほどまでに心を閉ざしてしまって.

「アスカ…….」
ベッドに横たわり,漆黒の瞳をだた開いているだけの少女の顔を少年は覗き込んだ.
生気のない表情の無い顔,10年ぶりに再会してからときどき少女が見せる顔だ.
「私だよ,マリだよ.」
優しく少年は呼びかけた.

「アスカ,起きて.目を覚まして.」
そっと少女の頬を手のひらで包み込む.
「朝だよ,起きて.」
……あなたは私の……,
「夜は明けたよ,私は君の太陽なんだろ…….」
君にとってつらくて怖い夜は…….

途端に少女の瞳に感情が蘇り,そして飲み込まれる.
「い,やぁあぁあああーーーーーー!」
「アスカ!」
叫び,そして暴れる少女を少年は取り押さえようとした.
「いや,いやぁあ!」
しかし,ものすごい力で抵抗される.
「アスカ,落ち着いて!」

「私だよ,マリだよ! 落ち着いて!」
すると少女ははたと動きをやめた.
少女の漆黒の瞳に映る深く暗い闇,そして絶望.

「あ,あ…….」
少年に肩を抱かれながら,少女は震えだした.
「アスカ…….」
マリが少女を抱き寄せようとすると,再び少女は抵抗をはじめた.

「見ないで!」
「アスカ!?」
自分を拒絶する少女を無理やり抱きしめながら,少年は叫んだ.
「私を見ないで,マリ君!」
「何を言っているんだ!?」
少女とほとんど取っ組み合いのようになり,マリは少女をベッドへと押し倒すような形になってしまった.
「お願い,見ないで…….」
少年の腕の中,少女は顔を隠して泣きじゃくる.

「……アスカ.」
どうしたらよいか分からずに,少年はただ少女を見つめた.
するといつの間にか部屋に入っていたらしいケイカがそっと少年の腕を叩く.
「陛下,ここは任せて…….」
つらそうな顔でケイカは言った.

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