太陽は君のもの!


第二十一章 詐術


「アスカ!」
朝目覚めると,ベッドに少女の姿が無い.
思った以上に動揺して,マリは少女の姿を捜し回った.

兵士たちに少女と同じく居場所の分からないフレイの捜索を命じると,まったくありがたくない人物から話し掛けられた.
「陛下,今日は娘が帰ってくるのでしょう? すぐに会わせてください.」
カイ帝国の皇族アベルである.
「待ってください,あなたのご子息は今どこですか?」
少年はできる限り,落ち着いた調子を作って答えた.
しかし銀の髪が汗で額に貼りついて,少年の焦る気持ちが手に取るように分かる.

「フレイならまだ寝ていますよ.それよりも早くマツリに会わせてください.」
少年は気が急いて,いらいらしながら軽く足踏みをする.
正直今はそれどころではない.
「だから,フレイ殿は今……,」
しかし,少年の言をアベルは強引にさえぎった.
「はやく娘に会わせてください! それとも会わせられない理由でもあるのですか!?」

少年は男の剣幕に押され,ぐっと奥歯を噛み締める.
「……分かりました.私の執務室でお待ちください.」
悔しそうにうつむいて答える,少年の顔を満足げにアベルは眺めた.

「サイラ!」
同じように少女を探す亜麻色の髪の少年を,マリは呼んだ.
するとサイラは主君を気遣うような表情で受ける.
「分かっているよ,陛下.陛下はあいつの相手をしていて.」
そうしてその緑の瞳を燃え上がらせる.
「アスカは必ず見つけ出すから.」
今度こそ,必ず助けてみせる.

執務室に入ると,マリはすぐにマツリの身代わりの人間を呼んでこさせた.
すると勝ち誇ったように,アベルは高らかに笑い声を上げる.
「ははっ,これはマツリではない! 私の娘はどこです!?」
まぁ,ここまで似ている女性を探してきた努力は認めるがな…….

偽の娘を指差す男に向って,若すぎる国王は不敵に微笑む.
「いいえ,彼女はマツリ殿ですよ.」
そうして部屋の窓のほうへ歩き,つとアベルのほうを振り向いて涼しげな笑みを見せる.
「認めてください,彼女があなたの娘であると.でないと……,」
少年の青の瞳に危険な光が映る.

ドン!
どこか遠くで大きな音がして,国王が佇む窓が震える.
「何,なんだ!?」
アベルは爆発音の発生源を求め,周りを見回す.

すると窓の向こう,遠くに見える山々から黒い煙が立っていた.
「あ,あれは,ライアセイトの……!?」
「そう,鉱脈のある山脈です.」
落ち着きをはらって,銀の髪の少年は答えた.
とてもではないが,たった17歳の少年には思えない.

「私は子供なので,人に取られるくらいなら壊してしまいたいのですよ.」
にっこりと微笑む国王の顔を,アベルは信じられないものを見るように見つめた.
「……そんな,ばかな.」
「さぁ,彼女はあなたの娘ですね? 答えてください.」
少年はアベルをせかすように問うた.

馬鹿にしていた,油断していた,まだ子供だと……!
アベルが答えないと,少年は部屋の片隅に立たずむ女性に対して命令を発する.
「リリア伯母上!」
すると女性が手に持っている赤いライアセイトの結晶体が輝く.
これが爆発の合図……!?
「やめろ!」
アベルはつんのめって,女性のほうへ駆け寄る.
しかし……,

ドン,バン!
再び爆発音が部屋に響き渡る.
「なんてことを……,」
アベルは呆然と窓の外の光景を見やった.
薄く黒く,山から何条もの煙がたなびく.

少年はおかしそうにくすくすと笑い出す.
「これでライアセイトは当分発掘できませんね,再び取れるのは10年後か,20年後か…….」
そうして曇りなき青の瞳でアベルをじっと見つめる.
権力の頂点に立つ少年,けれどその瞳は決して欲には侵されていない…….
「それからすでに発掘されたものに関しては,今この国にはございません.」
敗北感にまみれて,アベルは自分の子供以上に年の離れた少年の前に立つ.
「ガトー国にすべてお渡ししました.ご存知かどうか知りませんが,ガトー国国王陛下は私の母方の祖父ですよ.」
少年は会心の微笑を浮かべた.

ガトー国……,カイ帝国にとってはなかなか軽視のできない国である.
ツティオ公国と同じく友好的な立場を表面では取っているが,裏面では帝国に対して万事反抗的であった.
自分たちの策略はこの2国を結びつけただけなのかもしれない…….
がっくりとアベルは肩を落とした.

ライアセイトが無いならば,こんなちっぽけな国に用はない.
しかし……,
「完敗しましたよ,陛下.」
アベルはいやらしく,少年に告げた.
「ただし,あなたの妃はもらっていきます.」
少年の青の瞳が,驚愕に見開かれる.
「違う男に抱かれた妃など,要らないでしょう?」

男の科白を聞き終えないうちに,少年はあっという間にアベルの胸倉をつかみ床に押し倒した.
「……どこだ!?」
少年の瞳には,先ほどの余裕などかけらほども無い.
「王都のはずれ,カンターレという名の宿屋ですよ.」
少年に対して初めて勝ち誇りながら,しかし昏い瞳でアベルは答えた.

サイラとともに宿に向かい,銀の髪の少年が部屋を宿の主人に訊ねると,
「きゃあああああ!」
少女の悲鳴が響き渡る.
その悲痛な叫び声に驚いて,宿の中の人間たちは互いに顔を見合わせた.
「ああ,あああああああああ!」
だた二人,マリとサイラだけは声の聞こえる方向,宿の2階へ向かって階段を駆け上がる.

「アスカ!」
がんと響いてドアが開かれ,部屋に光が入る.
締め切った部屋の暗闇に,明るい真昼の光が入ってきたのだ.
その光を縁取る銀の影.

そのとき少年が見たものは,ベッドに組み敷かれる少女と少女を抱く青年.
思考など何も働かずに,少年は剣を抜いた…….

「意外に早かったですね,陛下.」
フレイは平然として答えた,彼は帯剣すらしていない.
ラフな平服で,少女の抵抗した跡を示して胸のボタンが取れている.
「そう,彼女を想うのならば,私を切り捨てるべきでしょうね.」
サイラは青年のセリフにぎょっとする.
……そうか,こいつらの狙いは.
「しかしそのとき,あなたは国を失う.」

彼の主君はフレイの言葉など何も耳に入っていないようだった.
激情のままに,自分の大切なものを奪った男に剣を振りかざす.
「陛下,待ってよ!」
サイラは必死になって,マリの背中に抱きついた.
「駄目だよ,陛下が帝国の使者,しかも皇族を切ったとなると……,」
侵略の絶好の口実となってしまう!
決して申し開きなどできはしない!

「そうですよ,嫁いでいった皇家の娘が行方不明ぐらいでは,戦争の口実としては弱いのですから.」
そうしてフレイはにっこりと微笑んだ.
こいつ,最初から殺されるつもりでこの国へ来たんだ!
正気を疑うような帝国の策略に,サイラはぞっと身震いする.

しかしサイラの制止もむなしく,マリはサイラを振り切り剣を振り上げた.
「陛下ぁ!」
サイラは叫んだ,どうしよう,どうすればいい!?

「大地の安らぎをかの者に与えたまえ!」
剣を振り上げたまま,マリは糸が切れたようにがたんと倒れこんだ.
サイラは呪文を唱えた人物をドアの傍で発見する.

ブルーグリーンの不思議な色彩の瞳.
行方不明だったはずの少年の叔父,
「アカム殿下!?」
青年は優しく微笑み,部屋の中へ浸入してきた.

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