太陽は君のもの!


第十八章 届かぬ宝物


アスカ……,君はいったいどれだけ隠し事をしているのかい?
こうやって腕の中で安らいでいても,心の扉は閉ざしたまま…….

「マリ君!?」
戸惑う少女の声を意図的に無視して,少年は強く少女は抱きしめた.
「半刻(約1時間)したら,起こしてって言ったじゃない!」
少年はふっと目を覚ました.
ソファーで漆黒の髪の少女を抱きしめながら,だらしく横になっている自分に気付く.
「あれ?」

意外に間抜けな声を出す少年を,少女はじっと見つめた.
「マリ君,夜通し私のこと探していたのでしょ? 今日ぐらいずっと寝ていても…….」
しかし少年は少女を手放し,眠い目をこすりながらソファーから起き上がる.
「アスカは,ちゃんと寝た?」
あくびを噛み殺しながら,少年は聞いた.

どうしていつも自分のことより人のことばかりを考えるのだろうか,この少年は.
少女は首をふるふると振った.
「私はまだ寝てない.」
少年にまるで宝物のように大切に抱きしめられながら,ずっと……,
「マリ君の寝顔を見ていた.」
そうして照れもせずに少女は微笑んだ.
すると少年の顔がぼっと赤くなる,ついでそれを隠すかのように視線をそらした.

「ベッドでちゃんと寝なよ.私は部屋から出るから.」
そう言って,少年はうんと伸びをした.
少年のまだ幼さの残る背中を見つめて少女は聞いた.
「マリ君は休まないの?」
「あぁ,帝国の……,」
言ってから,しまったという顔をする.

不安そうな顔になる少女に向かって,少年は誤魔化すように笑いかけた.
「アスカは,何も心配しなくていいから.」
必ず,私が守るから.
しかしその言葉が少女の心の表面で上滑りするのを,少年はもう分かっていた.
「君は何もしなくていいから…….」
どれだけの言葉を費やして少女に想いを伝えても,この少女にはきっと届かない.

「帝国の次の手段が分かったよ.」
眠そうな顔でマリは,同じく眠そうな顔の一同に向かって言った.
ツティオ公国王城の,王の執務室である.
同席するのは,王の乳兄弟でもある補佐官コウリ,先代からの宰相であるジャン,そして王の叔母であるリリアである.

「そのうち帝国から何か理由をつけて,マツリ殿に会いたいと使者がくるはずだ.」
王の発言を受けて,亜麻色の髪の青年が答える.
「しかしマツリ様は行方不明です,となると……,」
続きは半白の髪を持つ老人ジャンが受け持つ.
「おそらくはそれを理由に兵を送ってくるのでしょうな.」
ツティオ公国へ嫁いで来たマツリは,カイ帝国皇家の一員である.

リリアは自分の弟のことを想って,悲しげに瞳を曇らせた.
「アカムは,何をやっているのかしら…….」
すると世代の違う3人の男性陣は何も言えずに黙ってしまう.

マツリを連れて帝国へ向かったのか,それとも国を捨てて2人で逃げているのか.
「一応,捜索の方は続けますよ,伯母上.」
気を取り直すように銀の髪の少年は言ったが,おそらくは見つかるまいと思っていた.

「それでどうなさいますか,陛下.」
亜麻色の髪の青年が問う.
コウリの,ジャンの,リリアの視線が少年に集中する.
これが,たった17の少年の背負っているものだ.
「まずは,マツリ殿とサキル叔父上の身代わりを用意しよう.」
少年の叔父であるサキルは,今王城のある一室の軟禁されている.
当然,カイ帝国からの使者に会わせるわけにはいかない.

「しかし,ばれないしょうか?」
ジャンが不安そうに,あまりにも若すぎる主君に聞いた.
「いや,ばれてもいいんだ.」
マリはにこっと笑って言った.
「とりあえずジャンは身代わりの方を手配してくれ.それからコウリは今からガトー国の方へ行ってくれないか?」

コウリは王の意図が読めずに,不思議そうな顔で答えた.
「承知しましたが……,」
「最後に,リリア伯母上,カリンとヒロカを少々貸してくれませんか?」
少年は周りを安心させるように微笑む.
「彼女たちには,西のライアセイトの鉱脈の方へ行って貰います.」

いとこでもある王からその作戦について説明を受けたとき,正直カリンは呆れてしまった.
「完璧にぺてんじゃない!?」
すると,少年は少し情けなさそうな顔で笑う.
「やはり,そう思うか? 先ほどコウリにも言われたのだが…….」
いとこの顔を見て,カリンはくすっと笑った.
「まぁ,いいわ.その役目,私どもにお任せください,陛下.」

畏まってお辞儀をすると次は,表情を変えてカリンは聞いた.
「陛下,あの,アスカのことなんだけど……,」
じっと見つめてくる青い瞳,初恋の少女を手に入れた自分のいとこ.
「あの背中の傷はなんなの? アスカの居た異世界って戦争でもやっていたの?」
たった17の少女の背にあるとは思えない傷跡.
すると少年はつらそうに答えた.
「すまない,カリン.私はアスカの背中に傷があることすら知らないんだ.」

「え?」
だってもう結婚してから1ヶ月も経っているのでは…….
「私はアスカのことを何も知らないんだ…….」
彼女のいとこは悲しそうにうつむいた.

その日のうちにコウリは南の隣国であるガトー国へ,カリンと妹のヒロカは西の山脈へと出発した.
出発に際し,見送るマリと明日香をカリンは不思議そうに見つめた.
仲良く微笑みあっている……,何よりも少女の微笑が柔らかい.
あの笑顔はきっと陛下の前でしか出てこないんだろうな…….

するとカリンは唐突に,心配そうに二人を見つめるコウリの視線に気付いた.
「それでは,陛下.行ってまいります.」
亜麻色の髪の青年は主君に別れの挨拶をした.
「サイラ,陛下のことを頼んだぞ.」
見送る弟に,兄は言った.
「任してよ,兄ちゃん.気を付けてな.」
「あぁ.」
幾分,大人びた弟に向かってコウリは頷いた.

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