太陽は君のもの!


第十七章 光


「攫われた場所は? サイラ.」
一瞬で顔を青ざめさせた少年の第一声がそれだった.
「い,今から案内する.」
サイラは後悔の波に押し流されそうになりながら答えた.

サイラを責めることよりも,シキに対して怒ることよりも,少女を探すことが自分の主君にとっては一番大切なのだ.
愛情の深さで自分はとうにマリに対して負けているのだ…….

「不思議ですか? 王妃様.」
少女の腕をしっかりと掴んで,シキは言った.
がたがたと青い顔で震える少女は,反対にまるで男を誘っているかのようだ.
震える瞳で,隙だらけの心で…….

「なぜ,自分のライアセイトが働かないのか.」
シキはにっこりと笑って,懐から拳大の不均一な赤い色の石を取り出した.
「私も持っているのですよ,ライアセイト.これで今,あなたの石の力を抑えているのです.」

「だから,何……?」
震えつつもしっかりと少年を見つめ,少女は言った.
「そんな石なんか無くても,私は負けない…….」
そうして片腕を捕られたままシキの懐へ飛び込み,足の膝で彼のみぞおちを打った!

「うっ.」
たまらずシキは少女の腕を放し,前かがみに倒れこむ.
少女はさっとシキの懐から逃げ出した,漆黒の瞳に無機質で残酷な光が映る.
両手で拳骨を作り,少女は無防備になった少年の後頭部を思い切り殴りつけた.

どさっと少女の敵は草の上に倒れこんだ.
少女はとっさに自分の腰に剣を探し,帯剣していなかったことを思い出す.
軽く舌打ちした後で,少女はがむしゃらに逃げ出した.
しかし,どこへ向かって……?
自分はどこへ帰るのだ……?

私,私の家は……,
「マ,マリ君! マリ君,どこ!?」
自分がこんなにも熱く,人の名を呼ぶなんて……!
「闇よ,その暗き心を持って彼女を捕らえろ!」
まるで墨汁を垂らしたような闇が少女を包み,少女は足をつんのめらせてこけた.

視界が闇に包まれたまま,しかし少女は立ち上がろうとした.
途端に背中に衝撃が走り,草の上に伏せられる.
「不思議ですね…….」
頭上で,少女の背中を足で押さえつける男の声が聞こえた.
シキだ,あれだけ強く後頭部を打ったのに,平然としている.
「なぜ,あなたはライアセイトを飲んで生きていられるのですか?」
ものすごい力で押さえつけられて少女は立ち上がれない,逃げることができない.
剣を持っていない自分が悔やまれる.
「飲んだのが王家の石だからですか,それともあなたは何か我々とは違う人間なのですか?」
そうかもしれない……,私は異世界の人間だから.

そうして,男は少女の肩を掴んだ.
男の指が自分の背中をなぞるのを感じた瞬間,突然弾けたように少女は恐慌状態に陥った.
「きゃああああああああ!」
途端に少女の体が赤く輝きだす.
「うわっ!」
その光に押され,シキは少女の体の上から吹き飛ばされる.

「アスカ!」
少女の視界に映ったのは,銀の光.
「マリ君!」
夜が明ける,東の空が白んでくる.
少年は左手に赤く輝く石を持ち,右手で剣を抜いた.
すぐに少女とシキの間に入り込む.

「国王陛下…….」
草の上に倒れこみながら,シキは軽く微笑んだ.
「そんなに怒らないで下さい.あなたの后があまりにも無用心だったから,からかっただけなのですよ.」
そして余りにも付け込みやすい危うげな少女.
マリはただ黙って,きっとシキを睨みつけた.
「そうやってにらみつけているとただの少年のようですよ,陛下.」

「確かに私はまだまだ子供だが,守りたいものはある.」
きっぱりとマリは答えた.
強い意志を映す,晴れ渡った青空の瞳.
「国も彼女も……,ですか?」
シキは立ち上がって,にっこりと微笑んだ.
「一つ,お教えしましょう,陛下.」
剣を油断無く構えたまま,マリは怪訝な顔をした.
「あなたの叔父上は,愛する女性の方を選んだみたいですよ.」

少年の青の瞳が驚きに見張られる,その表情を満足げに見やってからシキは呪文を唱えた.
「古の契約に従い,我を助けよ.風よ!」
突如,竜巻が巻き起こり,シキの姿を飲み込む.
風が収まったとき,草原にはただマリと明日香だけが残された…….

「アスカ,大丈夫?」
シキが消え去ると,少年はすぐに少女の元へとやってきて聞いた.
心配そうに見つめる青い瞳に,少女は微笑んで見せる.
「マリ君,朝日が昇るよ.」
眩しげに少女は目を細めた.
「え?」
少年が未だ明けきらぬ東の空の方を見やると,少女は軽く少年の頬にキスをした.
「あなたは,私の太陽!」
真っ赤になって頬を押さえる少年に,少女は明るく微笑んだ.

少年と手を繋いで城の方へと歩き出すと,すぐに捜索活動に加わっていたカリンと出会った.
朝日を受けて輝く金の髪を揺らしながら,走りよってくる.
「馬鹿! 心配したわよ…….」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で泣き笑う.

途端に明日香の踏みつけられ汚れた背中に気付いて,ぱんぱんと少女の背を叩いた.
「やだ,血が出ている.脱がすわよ.」
「え!?」
するとカリンは明日香の服に付いている背中の紐を外しはじめた.
すぐに明日香は慌てて,抵抗をはじめる.
「ちょ,ちょっとやめて!」
「何を言っているの,ちゃっちゃと回復魔法をかけてあげる.」

「いや,あの,マリ君が見ているから!」
話を振られて,少年はぼっと顔を燃え上がらせた.
「結婚しているくせに,」
しかし紐を解き明日香の白い背を見た瞬間,カリンは青ざめてさっと少女の服を直した.
すぐに明日香がカリンに懇願する.
「聞かないで,言わないで,お願い.」

「何?」
マリはその尋常ではない様子にこらえきれずに訊ねた.
しかし少年を無視して少女たちの盟約は交わされたようだった.
「……後で回復魔法をかけてあげるから,部屋に来て.」
そうしてそっとカリンは明日香の額にキスをした.

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