太陽は君のもの!


第十六章 子供の頃の話を


カリンたちと城下町に出て一番驚いたことは,街の住民たちとカリンたち王族の距離が近いことだった.
平気で陛下はお元気かだの,サキル殿下を捕らえたマリ陛下はご立派だの,果てはフローリア様もすっかり娘らしくなってとまで話し掛けてくる.

王族とはこうゆうものなのだろうか?
なんとなく想像していたものと違う…….
するとケイカがその疑問に答えてくれる.
「まぁ,この国はできたばかりだからね.私が確か19か20歳かそんなときにできたのだよ.」
明日香が頷くと,カリンも説明に参加する.
「だからまだまだ法制度とか軍隊組織とかちゃんと整っていないの.」

「そっかぁ…….大変だね,マリ君.」
なんでもいいから,力になりたい…….
しかしそもそも自分には少年の力になりたいと思う資格などあるのだろうか?

「暗いわよ,アスカ!」
「へ!?」
すると強引にカリンはアスカの腕を引っ張った.
「さぁ,店に入りましょう!」
と言って,光り輝く笑顔をみせる.
カリンの気遣いに,明日香はかすかに微笑んだ.

夜になってマリが自分の部屋に帰ると,少女が待っていた.
「おかえり,マリ君.」
簡素な街娘の服装をして,楽しそうに微笑みかける.
「今日,街でね,街の人からいっぱいマリ君の話を聞いたわよ.」
そうして,おかしそうにくすくすと笑い出す.

なんの話を聞いたのだろうか?
不安そうに見つめる少年に,少女は答えた.
「先先代の国王様と一緒に子馬を買いにきたら,馬に髪を食べられて大泣きしたとか……,」
「え?」
少年は予想外の答えに,顔を赤くした.
「コウリと一緒に家出したら街で迷子になって,しかも盗賊団と会ってしまって大騒ぎになったとか,でも彼らを説得して更生させたからすごいとか,」
そうして少女は微笑みながら少年の銀の髪を掻き揚げた.
少年の頭の中の,普段は髪で隠れている傷跡を発見して,
「そしてこの傷は,サイラと一緒に城の塀から落ちたときにできた傷跡!」

こんなにも楽しそうにはしゃぐ少女は初めてだ.
「……アスカ.」
そっと少女の身体を抱き寄せる,すぐにこわばってしまう少女の背中を優しくぽんぽんと叩いた.
そうすると少しずつ少女の体から緊張が解けてきて,体重をこちらに預けてくる.
自分の腕の中で安らぐ少女の体温,それがこんなにもうれしいものだとは知らなかった…….

「そういえば,アスカ.結婚式の日の,夜のことを覚えている?」
すると少女の体が少し堅くなる.
なだめるように少女の背中を撫でながら少年は聞いた.
「あのときアカム叔父上と,サキル叔父上の妻のマツリ殿に会っただろ?」
頼りなげに揺れる緑の眼差し.
守ってあげたくなるような女性…….
「ささいなことでもいいのだが,なんか気付いたことは無い?」
すると少女は感情のこもらない声で囁いた.
「あの人,あの人は私と同じ…….」

「え!?」
少年が慌てて聞き返すと,少女はきょとんとした瞳で見返してきた.
「え? 特に何も気付かなかったけど…….」
そう言って,少女は何事もなかったように微笑んだ…….

城に帰ってきてから4日ほど経ったある日,明日香はサイラに連れられて王都郊外までやってきた.
眼下に王城のある町並みを見下ろす丘に立って,少女と少年はしばし無言だった.
「サイラ,話って何?」
明日香はそっと亜麻色の髪の少年に聞いた.
サイラとはひさびさに一緒にいるような気がする…….

すると少年は少女に向かって寂しそうに微笑みかけた.
「アスカ…….」
少女の腕をぐいっと自分のほうへ引っ張り寄せ,そして戸惑う少女の頬に口付けを贈る.
「な,何?」
ぱっと少女の腕を放して,サイラはいたずらっぽく笑った.
「俺,がんばってアスカのこと諦めるよ.」

眼をぱちぱちさせる少女に笑ってみせる.
「陛下はアスカのことが好きで,アスカも陛下のことが好きだろ?」
そんなの何も言わなくても,見れば分かる.
「入る隙間ねぇもん,だから諦める.」
口付けされた頬を押さえたまま,少女はじっと少年の顔を見つめた.
「最近アスカのこと避けていてごめんな.じゃ,城に戻ろう!」
「う,うん.」
いまいち少年の言ったことを理解していない様子で,少女は頷いた.

「そう簡単に城まで帰れると思いますか?」
いきなり後ろから呼びかけられて,明日香とサイラは驚いて振り向いた.
黒い髪,緑の瞳の少年がそこには居る.
「シキ!?」
「誰?」
警戒するサイラに,明日香はワンテンポ遅れて聞いた.
「アスカを氷付けにした,帝国の工作員だよ!」

するとシキは意外にも人好きのする笑顔を見せて答えた.
「はい,そうです.はじめまして,王妃様.」
黙ってサイラは剣を抜く,帯剣をしていない明日香はさっと構えた.
「今日はあなた本人に用がありましてね,ライアセイトを飲んだ王妃様.」
明日香はぎくっと顔をこわばらせる.
「なぜ,そんなことを知っているのよ!?」
コウリといいこの男といい,なぜ気付いたのだろうか?

「まさか,あんな方法で氷塊魔法を破るとは想像していませんでしたよ.」
明日香はそのことについて詳しくは知らなかった.
気が付けば,マリに抱きしめられていただけである.
「ごめん,アスカ.逃げて.」
かすかに震えて,サイラが言う.
「こいつ,強い.まったく隙が無い.だから逃げて.」
新米とはいえさすがは帝国の工作員,戦って勝てるとは思えない.

「何を言っているの,サイラ!?」
こんなにも弱気な少年ははじめて見る.
「強いなら強いで,二人で戦いましょう.」
明日香はぐっと構えた.そしておもむろに地面を蹴った.
「行きます!」

しゃっと拳を突き出すと,シキはバックステップで軽くかわす.
それを追いかけて,明日香はシキの懐にもぐりこむ.
開いたみぞおちに……,
「きゃあ!」
いきなりシキに強く抱きしめられて少女は悲鳴を上げた.
「大地の安らぎをかの者に与えたまえ!」
すると腕の中で少女はがっくりと倒れこむ.

「はぁ!」
今度はサイラが突撃してきた.
シキは片腕に少女を抱きかかえて,片手で剣を抜き構えた.
一閃,二閃と打ち合う.
「王にお伝えください,ライアセイトの研究のために王妃はもらってゆくと.」
少年の瞳に,激情の光が輝く.
「嫌だね! 炎よ,燃やし尽くせ!」
炎がシキを襲う,しかし彼は炎などものともせずにサイラの方へ突っ込んできた.

そうして剣の柄でサイラの後頭部をしたたか打ちつけた.
「あ……,」
意識を失って,サイラは地面の上に倒れこむ.
「殺さないだけ,親切だと思ってくださいね.」
シキはにっこりと微笑んで,少女を抱え西の方へと去っていった…….

「攫われただとぉ!?」
日が落ちてからやっと意識を取り戻したサイラは,城に戻って兄に事のいきさつを話した.
「お,俺のせいなんだ…….」
俺があんな人気のない場所に連れ出したから…….
泣きそうな顔でサイラはうつむいた.

「くそっ,何が目的かは知らんがすぐに捜索だ! 陛下には……,」
コウリが歩き出すと,サイラが止めた.
「陛下には俺から言うよ.兄ちゃんははやく捜索隊を準備して.」
どんな責めも負う覚悟を決めて,弟は言った.

「お目覚めですか? 王妃様?」
ふと漆黒の瞳を開くと,男の顔がすぐそばにあった.
「ひぃ!」
明日香は飛び上がって,男から離れた.
この眼,この表情,叔父や義兄と同じ…….

夜に,知らない場所で,名前ぐらいしか知らない男とただ二人きりで居る.
自分の置かれた状況に,少女の身体はがたがたと震えだした.
見回してもただただ暗い草原が続くだけで,人家の明かりも人の気配も何も無い.
怖い,怖いよ…….
男が少女の腕を乱暴に掴んだ.
少女は叫ぶ.
「マリ君,助けて!」
しかし,少女を守るべき赤い光は輝かなかった.

「え……?」
少女は呆然と自分の身体を見つめた.
なぜ……?
いつもなら,石が光って私を助けてくれるのに…….

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