太陽は君のもの!


第十五章 噂


「アカム叔父上から,まったく連絡が来てない?」
「えぇ,そうなのよ.」
王の執務室で,マリは叔母であるリリアから相談を受けた.
「あの子がマツリさんを連れて城を出てから,もう何日が経ったのかしら? でもさすがにもうカイ帝国に着いて,今ごろ帰り道のはずよねぇ……?」
29歳である弟のことをあの子呼ばわりして,リリアは首をかしげた.
叔母の優しげなブルーグレーの瞳が不安に曇る.

少年の結婚式の夜に,叔父であるサキルは妻を連れて城を出ようとした.
結局彼は一人で失踪し,妻のマツリはアカムがカイ帝国へ連れてゆくと言ったのだ.

「22日も経っていますね,いくらなんでも遅すぎる…….」
王都から国境まで,馬でいけば20日もかからないはずだ.
少年は眉をひそめて,考え込んだ.
そういえば前に,叔父について気になることをコウリが言っていたような…….

「探しましょう,リリア伯母上.幸い,サキル叔父上の捜索隊もまだ城には帰ってきていません,引き続きやってもらいましょう.」
「そうね.」
ほっとしたように,リリアは甥に向かって微笑んだ.

「コウリ,居るか?」
こんこんと彼のプライベートルームのドアを叩き,マリは声を掛けた.
すぐに内側からドアが開かれる.
「呼んでくだされば,陛下のお部屋に参りますのに…….」
苦笑して,亜麻色の髪の青年が答えた.
「私が来た方が早いだろ? それに我が公国は建国からまだ24年,畏まる必要は無いさ.」
形式や細かいしきたりができるほどの歴史はまだ無い.

部屋に案内されると,少年はすぐに用件に入った.
主君と臣下というよりも,兄弟という方が近い間柄なのかもしれない.
「え? あれは単なる噂ですよ,陛下のお耳に入れるようなものでは…….」
「コウリ,アカム叔父上から城の方へ連絡がまったく来てないらしいんだ.」
主君の話を聞いて,コウリは表情を改めた.

「噂というのは,……マツリ様のことです.」
彼の主君は悲しげに瞳を曇らせた.
この少年はもともと親子ほどに年齢の離れた男に嫁がされたマツリに同情しているのだ.
「アカム殿下とマツリ様は恋仲ではないかという.」

そこまで乳兄弟の話に意外性を感じずに,少年は思考を巡らせる.
年齢を考えると,正直その組み合わせのほうがはるかに自然だ.
「もし,その噂が真実だとすると……,」
アカム叔父上はマツリ殿を連れて,カイ帝国からもこの国からも逃げ出してしまったのだろうか……?
「あくまで噂です,陛下.」
コウリは年下の主君を安心させるように微笑んだ.
「アカム殿下は良識のあるお方です.この国を裏切るわけがございませんよ.」

コンコン.
そのとき,ノックの音が響いた.
「はい!?」
コウリが返事をするとすぐに,彼の母親であるケイカが姿を現した.
「コウリ,街に王妃様の買い物に付き合わないかい?」
楽しげに部屋の中へどかどかと入っていき,そしてマリの存在に気づいて顔をほころばせる.
「おや,陛下! よかったら陛下もご一緒に……,」

「母さん!」
亜麻色の髪の青年は真っ赤になって,母親の言葉をさえぎる.
「買い物なら,サイラをお供にすればいいじゃないですか!?」
「それがね,あの子最近すねちゃって……,」
母親のケイカはわざとらしくため息をつく.
「そんなの知りませんよ……,」
「お前はお前で仕事仕事だし,母さんは寂しいよ.」

母親にたじたじになるコウリに助け舟を出すべくマリは口を挟んだ.
「ケイカ,買い物というのは……?」
「あぁ,陛下.実はカリン様がアスカの服を買いに行きたいとおっしゃってね,それに私もついさっき巻き込まれたところなんですよ.ですから陛下も……,」
「い,いや,私はそう簡単に城を空けるわけには…….」
しかし少年にとっても彼女は母親のようなものであるので,助け舟どころかすぐにたじろいでしまう.

すると今度はノックも無しに,いきなりドアが開く.
「ケイカさん,コウリなんかほっといて行きましょうよ.」
金の髪,青の瞳のカリンである.
お供に妹のヒロカとフローリアを従えている.
そして少し離れたところでは漆黒の髪の少女が,部屋の中の少年を見つめていた.

少年は,廊下に居る少女に向かって軽く微笑んだ.
すると,少女はつらそうに視線をそらしてしまう.
なんだろう……?
「分かったよ,じゃ女だけ5人で行って来るよ.」
息子に散々わざとらしく嘆いてみせた後,ケイカはマリに向かって挨拶をした.
「それでは,陛下.失礼します.」
「あ,あぁ.」
廊下の少女に気を取られながら,少年は生返事を返した.

「と,いうわけで,こっちが次女のヒロカ16歳,で,こっちが三女のフローリア12歳よ.」
廊下へ出ると,カリンはさっそく明日香に向かって,妹たちを紹介した.
きゃぴきゃぴした雰囲気に囲まれて少し戸惑いつつ,明日香は少女たちに挨拶をする.
「神原明日香,17歳です.よろしく.」

それはこの少女の本名ではなく旧姓だ.
ケイカはそう思ったが,声にも顔にも出さなかった.

するとじっと次女のヒロカが明日香の方を見つめてくる.
「何?」
明日香が遠慮がちに問うと,ぱっと瞳を輝かせて,
「分かった! この人,色っぽいんだ!」
「え!?」
明日香は真っ赤になって聞き返した.
ヒロカはそんな少女には構わずに一人うなずく.
「そっかぁ,この色気にお姉ちゃんは負けたのか.お姉ちゃんって美人だけど色気無いもんね!」
散々ないい様である.

「悪かったわね!」
ごいんとカリンは,遠慮なくヒロカの頭を拳骨で殴った.
するとヒロカはきっと睨んで言い返す.
「ひっど〜い,暴力反対!」
「はんた〜い!」
楽しげに三女のフローリアが唱和した.

自分にもしも姉妹がいたら,こんな感じだったのだろうか……?
明日香は思わず吹き出して笑った.
「なによぉ!」
むっとして言い返した後で,カリンも笑い出す.

明日香はにじんでくる涙を,笑顔に押し隠した…….

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