太陽は君のもの!


第十四章 一点の汚濁


柔らかい暖かなベッドの中で安心して眠る.
あぁ,しあわせだなぁ…….
こんなにも安らげるなんて.

窓から差し込む朝の光に包まれて,広いベッドの中で明日香は目を覚ました.
そう,昨日の夕方頃に明日香たちは城へ戻ってきたのだ.
ここはマリの部屋の寝室である,しかし少年の姿はこの部屋にはない.
少年は少女に遠慮して,隣の居間のソファーで寝ているのだ.

そっと扉を開けて,居間に入る.
豪華なソファーに結構だらしない寝相で,少年が眠っていた.
銀の髪が朝の光を受けて,きらきらと輝く.
キレイだな,マリ君…….

ソファーの傍にしゃがみこみ,少女は優しく少年に囁きかけた.
「マリ君,朝だよ.」
疲れているのか,少年はぴくともしない.
それもそのはず,つい昨日まではずっと野宿だったのだ.
「起きて.」
そうしてそっと少年のまぶたに口付ける.

「うわぁあ!」
少年は真っ赤になって飛び起きた,ついでソファーから滑り落ちてしまう.
「おはよう,マリ君.」
少女は床に崩れ落ちた少年に向かって,くすくすと笑いかけた.
「おはよう,アスカ.」
まだ眼を白黒させながら,少年は挨拶を返した.
少女がこの世界に来てから,もうそろそろ1ヶ月が過ぎようとしていた.

少年の隣は暖かい…….
一時入っていた施設の先生の言葉が思い起こされる.
「ここはあなたの仮のおうち,本当のおうちは自分で探しなさい.」

私,私のおうちはここだと思っていていい……?

「そういや,アスカ.今日はカリンと約束があるんだろ?」
服を着替えながら,マリは聞いた.
「あ,うん.昨日絶対部屋に来いって言われた.」
少年の眠っていたソファーに腰掛けて,少女は答えた.
近頃,彼女たちは妙に仲がよい.いや,なんとなくカリンの方が明日香のことを気にかけている様子だ.
なんにせよ喧嘩をせずにいてくれるのならば,少年としてはありがたいのであった.

「アスカ,ちょっといいかい?」
カリンの部屋へ向かう途中,少女はコウリに呼び止められた.
明日香は少し顔をこわばらせて頷いた.
少女には彼の少し同情しているような視線が怖い…….

会議室のような大きな机のある部屋に招き入れられる.
コウリはさりげなくドアを大きく開け放したままで,少女を部屋の中へ入れた.
「アスカ,私は何も聞かないし,君も何も言わなくていい.」
そう前置きして彼はしゃべりだした.
「ただ最後の質問にだけ,はいか,いいえだけ,答えてくれ.」

少女は神妙に頷いた.
「君の体内には陛下の王家の石があるだろう? それのことについてなのだが……,」
少女がかすかに震える,注意してみればコウリにでも分かる.
「いや,気にしなくていい.君が氷付けになったときに助かったのはそのおかげだし.」

「それでその石なのだが,私はその石をアスカの体内から取り除きたいと考えているんだ.」
少女は少し青い顔で聞いた.
「ライアセイトが人体に及ぼす影響は正直分からないが,あまり身体にいいものではないだろう.そのせいで君が早世したら陛下が悲しむ.」
そうしてコウリはまっすぐに少女の不安そうな瞳を見つめた.
「この国の魔術師には無理だが,レニベス王国という国の魔術師なら君の中の石を取り除くことが可能だ.アスカ,石を取り除かないか?」

2年前に飲み込んだ石を魔法で取り除く.
義兄からも,正俊からも守ってくれたあの赤い光を…….
そんなの,怖い……!

でも……,
私はアスカのことが好きだから,守りたいって大事にしたいって思っているから,だから……,
誰よりも熱く見つめてくる青い瞳.

少女は黙った,コウリは辛抱強く待った,ため息さえもきっと少女を押しつぶしてしまうだろう…….
しばらくして少女は感情の篭らない,いや感情が表れない声で答えた.
「はい…….はい,取り除いてください.……お願いします.」
コウリは安堵のため息をついた.
「分かった.すぐに魔術師の方を手配するよ.」

部屋から出ると,今度は弟の方とすれ違う.
「サイラ,おはよう.」
「おはよ,じゃぁな.」
自分が氷付けになったらしい日から,少年はなぜかよそよそしい.
今も一言だけ挨拶を交わすと,さっさと通り過ぎる.
剣の練習にもほとんど付き合ってくれなくなっていた.

部屋に辿り着くと待ちかねていたのか,カリンは腕を腰に組んでドアの前で仁王立ちをしていた.
「遅い!」
「ごめん!」
まるで学校の友達のような乗りで,明日香は謝った.

「まぁ,いいわ.入って.」
カリンは少女を部屋に招きいれた.
少女の部屋では,なぜか服が散乱していた.
「カリン,さすがにこれは散らかりすぎなのじゃ…….」
「あなたのためよ,はい,これ!」
と言って,カリンはいくつかの服を手渡した.

「お古で悪いけど,今あなたが着ている服よりましでしょ!」
相変わらず,明日香はマリの服を着ていた.
いや正確には,ケイカの用意したマリとコウリのお下がりの服だ.
明日香がべらっと服を広げて自分に当てて見ると,カリンは困ったようにうなった.
「う〜ん,やっぱり裾足りないなぁ.アスカ,背が高いから.」
すらりと背の高い,中性的な雰囲気を持つ少女だ.
それに余り自分の持つひらひらした服が似合わない…….

明日香は瞬きをして,金の髪の少女を見つめた.
彼女は自分のためにやってくれているらしい.
きっと昨日城に帰り着いたときから,洋服ダンスの中身をひっくり返し明日香に合う服を探してくれていたのだろう.
「ありがとう,カリン.」
すると少し頬を染めてカリンは答えた.
「どういたしまして.」

キレイだな,本当にカリンはキレイだ.
カリンの照れくさそうな笑顔をうっとりと明日香は見つめた.

「あのさ,アスカ.いつかちゃんと言おうと思っていたんだけど……,」
服を吟味しつつ,カリンは唐突にしゃべりだした.
明日香をまっすぐに見つめて,その美しい青の瞳で,
「マリと,いや陛下と結婚おめでとう…….」
漆黒の瞳をみはって,明日香はなんと答えればいいのか分からない.

カリンは諦めたように微笑んだ.
「マリ……じゃない陛下が最初にあなたを連れてきたときは驚いたけど,でも,今はちゃんと私祝福しているから!」
と言って,えへへと笑う.
「あ,ありがとう…….」
なんとなくうつむいて明日香は答えた.

私,私は汚い…….
この優しい暖かな世界の中で,私一人が穢れているのだ.

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