太陽は君のもの!


恋に破れても(外伝)


野宿とはいえ結構気持ちよく眠っているところを,亜麻色の髪の青年は起こされた.
目を開けてみると,泣きそうな顔をした金の髪の少女が自分を揺さぶっているのだ.
そうして青年の腕を無言で引っ張り,どこかへと連れてゆこうとする.

仕方なく少女についてゆくのだが,ふと周りを見回すと青年の近くで眠っているはずの銀の髪の少年の姿が見えない.
銀の髪,青の瞳の彼の忠誠の対象,そして少女の想い人の少年.

だいぶ寝床から離れたところまで来て,やっとカリンは口を開いた.
「ごめんなさい,コウリ.起こしてしまって.」
そうしてその場で,小さく座り込む.
「ちょっと私に付き合ってよ.」

「別にかまいませんが.」
コウリは少女の隣に腰掛けた.
もともとこの少女はコウリにとっては自分の国の王族である以上に,大切な幼馴染である.
「なんかねぇ……,」
快活な少女にしては珍しくうつむいたままでしゃべり始める.
「さっきふと目を覚ましたら,真夜中なのにアスカの姿が見えなくて……,」

「それであわてて探したのだけど,そうしたら向こうでマリと一緒にいたの.」
そして顔を上げる,その瞳に涙は浮かんではいない.
「二人で仲良く,星を見ていた…….」
コウリはなんと答えていいのか分からずに黙って,少女の次のせりふを待った.
「別にいいけどさ,二人は夫婦なんだし……,」
そうして少女は思いつめたように黙り込んでしまう.

これは慰めるべきなのだろうか…….
コウリは隣に座る少女の横顔を見つめた.
するといきなり少女は叫んだ.
「あぁ,もぉ! マリの馬鹿野郎!」
すっくと立ち上がって叫ぶ.
「よくも私を振ってくれたわね!」

せっかく整った美しい顔をしているくせに,これでは何もかもが台無しだ.
「絶対に後悔させてやるぅ!」
コウリは思わず吹き出して,笑いはじめた.
「何よ,何がおもしろいの!?」
むっとして少女は青年をにらみつけた.

コウリは笑いながら答えた.
「私なら,カリン様の方を選びますよ.」
すると少女は,くすんだ青の瞳でまじまじと見つめ返してきた.
「あなたには数多の求婚者がいらっしゃるじゃないですか?」
この少女は,美貌の姫君として国内国外にその名を知られている.
「今度はその中から,愛する男性を選べばいいですよ.」

すると少女は今度はぶすっとすねた表情になった.
「何よ,今のは一般論だったわけ?」
カリンは再び,コウリの隣にどかっと座り込んだ.
「ブラッケ殿下など,2日に1回はカリン様に手紙を送ってくるでしょう.その他にもガトー国のナッツ様とか,そういえば王城の,」
「うるさい!」
自分の求婚者の男たちを数え上げる幼馴染の台詞を,カリンは強引にさえぎった.

「はぁあ…….」
膝を抱えて,カリンは長いため息を吐いた.
「私,マリがあんなやつだとは思わなかったわ.」
いきなり話題が変わる.コウリは黙って少女の話を聞くことにした.
「すごく優しいのは知っていたけど,あんなに甘い,というかべたべたに甘やかすやつとは思わなかった.」

確かにそれはコウリも思った.
「それを見ていると,私はマリにあんな風に扱われたかったのかなって疑問に思えてきて.」
くすんだ青の瞳を悲しげに曇らせて少女はしゃべる.
「そうすると,私はマリのことを本当に好きだったのかなとも…….」

コウリからの答えなど求めてはいるまい,コウリはただ沈黙した.
「それに,アスカって,」
今度は漆黒の髪と瞳を持つ少女についてしゃべりだす.
「ときどきすごく切実な目をして,マリのことを見ているよね?」
それは気づかなかった,コウリは黙ってカリンの横顔を眺めた.
これだから,女性というものは侮れない.
「あれを見ると,なんか負けたなぁと思えてくる…….」
私はあれほどまでに深刻な眼差しでマリを求めていたのだろうか?
カリンは再び膝の中に顔をうずめた.

コウリは何も言わずに,ただ少女の横に居た.
心の傷を隠し持つ,漆黒の瞳の少女.
その危うげな瞳に,そして心にコウリの主君は魅了されているのかもしれない.
そして弟も…….

すると隣に座っていた少女は,いきなりすっくと立ち上がった.
「まぁ,いいや!」
そうして気持ちよく伸びをする.
「私にはコウリがいるものね!」
まっすぐな視線で,隣に座る青年に微笑みかける.

瞳の色は違えども,そのまなざしは彼の主君と異ならない.
まっすぐに彼の心を射抜く.
「過剰な期待ですよ.」
コウリは苦笑して答えた.
「でもまた何かあったら,黙って話を聞いてくれるのでしょう?」

「話は聞きますが,それ以上は期待をしないでください.」
正直,困った.
忠誠の対象といい恋愛の対象といい,自分はこの手のタイプに弱いらしい.

すると少女は腰に手をあててコウリに命令するように言った.
「期待させるようなことを言っておいて,逃げるつもり!?」
これには参る,コウリは降参するように手を振った.
「逃げさせてください,あなたは王家の姫君でしょう?」
すると気勢が削がれたように少女は答えた.
「そんなの気にしなくていいのに.」

本当に参ってしまう.
コウリは苦笑した.
「帰りましょう,早く帰らないと陛下とアスカが驚きますよ.」
するとカリンもにこっと微笑んだ.
「そうね,失恋したてだし,今日はこのへんで勘弁してあげる.」
そうして,一人でさっさとコウリを置いて歩き出す.

「……でもね.」
コウリが立ち上がって歩き出そうとすると,カリンは振り返って言った.
「油断しちゃ駄目よ.」
コウリは苦笑して答えた.
「肝に銘じておきますよ,カリン様.」

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