太陽は君のもの!


第十三章 氷付けの王妃


「マリ,どこへ行っていたのよ!」
思わず涙声になって,カリンは叫んだ.
「アスカ!?」
少年は駆け寄って,氷付けになっている少女を見つめた.
「これは……!?」
少年は,どんどんと少女を閉じ込める氷を叩く.

「まだ,死んでいませんよ.」
いきなり意外に至近から話し掛けられて,マリとカリンはぎょっとして声のしたほうを見上げた.
黒い髪,緑の瞳,年のころは多分彼らと変わらないであろう少年が立っていた.

「初めまして,あなたが本物の国王ですね.」
黙って剣を抜き,マリは少年をにらみつけた.
「私の名はシキです.帝国工作員のまだまだ新米でしてね……,」
「彼女は……,」
焦る心を収め切れずに,マリは聞いた.
じりじりと胸が焼けるように痛い.
「落ち着いてください,ただ凍っているだけです.そこで,相談なのですが……,」
シキは意地悪く,微笑んだ.
「サキル殿下を返してくれませんか? あなたの妃と交換です.」

カリンが驚いた顔で,マリの方を見つめた.
マリはシキをじっとにらみつけたままだ.
「つまり国を取るか,彼女を取るか,二者択一です.」
シキは心底楽しそうに笑った.
「どうなさいますか,国王陛下.」

「そんなにも,この国が,いやライアセイトが欲しいのですか?」
いっそ静かにマリは聞く.
「我が皇帝陛下は,強欲でしてね.」
自分の主君をこけ下ろすかのように,くすくすとシキは笑った.

「陛下…….」
いつの間にか,傍に来ていたらしいサイラが不安そうな顔でマリを見つめる.
カリンも顔を真っ青にして,マリを見つめていた.

銀の髪の少年は,青の瞳にしっかりと自分の意思を湛えて答えた.
「お断りします.叔父上は帝国へは渡せません.」
「なっ!」
「陛下!?」
カリンとサイラが,驚きと非難の声を上げる.

「帰って皇帝陛下にお伝えください,この国は渡せませんと.」
少年ははっきりと言い切った,少女ではなく国を取ると.
「分かりました,とりあえず今回は諦めましょう.」
さして意外でもなく,シキは答えた.
「サキル殿下がかならず人質になるはずだと言い張っていましたが,まぁ所詮,人と人のつながりなんてそんなものでしょう.」
そうして,にっこりと笑う.
「せいぜい氷付けの王妃を大切にしてくださいね.」
シキはまったく未練もなく,踵を返して走り去ってしまった.

サキルの確保,マリの暗殺,王妃を人質にしての交渉,これらの作戦が失敗した以上,長居は無用というところだろうか.
何の未練も無い,鮮やかなほどの去り方だ.

「陛下,どういうことだよ!?」
走り去るシキを眺めていたマリに,サイラが掴みかかる.
「アスカのこと,好きじゃなかったのかよ!?」
少年の瞳には非難以外のものも含まれていた.
「サイラ,やめろ!」
縄でぐるぐる巻きにしたサキルを抱えながら,彼の兄がたしなめた.
途中から,この光景を彼は黙って見守っていたのだ.

「これは制限魔法だ.シキとかいうあいつが何か呪文を唱えない限り解けないんだ.それに工作員であるあいつがサキル殿下を渡したからといって,素直に魔法を解くと思うか!?」
「じゃ,じゃぁ無理やり呪文を…….」
涙声になって,サイラは兄に言い返した.
「……多分,その前に自害するだろうな.」
苦そうに,今度は彼の主君が答えた.

氷付けになった明日香の傍で,カリンがこらえきれずに泣き出す.
サイラも泣いてしまいたい.
少し戸惑った表情のまま,凍り付いてしまった少女.
少女の夫は,少女ではなく国をとってしまったのだ.
ふとサイラは自らの主君がただ無心に氷の中の少女を見つめていることに気づいた.

マリは泣いているカリンの肩をそっと叩いて,彼女に聞いた.
「カリン,今自分の王家の石を持っているかい?」
「え?」
しゃっくりをあげながら,金の髪の少女は聞き返した.
「アスカは必ず助ける.だから石を貸して.」

少女の涙に濡れた瞳が驚きに見開かれる.
「ほ,本当……?」
コウリもサイラも驚いて,少年の方を見つめる.
「あぁ,アスカは私の石を持っているから,共鳴をおこして内側から氷を破る.」

「で,でもそれは偽物なのじゃ…….」
結婚式のときの石は偽物だった,それなのに.
「本物はずっとアスカが隠し持っていたんだ.」
「なんだって!?」
コウリが声を上げる.それならばなぜ,無くしたなどと嘘をついたのだ?
「そばにあれば自分の石の波動くらい感じ取れるさ.私の石はアスカの体内にある.」

サイラが納得できないという表情をする.
「まさか,ライアセイトを食べちゃったってことかよ…….」
魔力の塊,ツティオ公国の希少な鉱物資源.
人が食べられるようなものではもちろん無い…….
それどころか,ヘタすればショック死だ…….
サイラは背筋がぞっとするのを感じた.

……この漆黒の髪の少女にはどれほどの情念があるのだろうか.

「何を考えてそうしたのか分からないが,とりあえず好都合だ.」
カリンから石を受け取り,マリは言った.
「必ず助けてみせるさ.」
少年の青の瞳に,決意の光が輝く.

君を必ず守ってみせる.
いや,本当なら10年前にこの世界へ連れ帰ってしまえばよかったのだ.

彼女は,性的な暴行を受けたことが…….
マリ君は,私を守ってくれたよ…….

嘘だ!
いつ,私が君を守った!?

ライアセイトの結晶,王家の石に魔力を送る.
石はマリの手のひらで赤く輝きだす,すると氷の中の,少女の身体も赤く輝きだした.

カリンはこの光景を眺めて,なんとなく納得した.
先ほどの戦闘での赤い光,あれはマリの王家の石だったのだ.
少女を守るために,少女の意思によって発動する守護の光…….

ぱりぱりと,ついでばりばりと氷が崩れだす.
氷から救い出された少女は,しかしぴくりとも動かない.
「我が息は癒しの息吹,我に力を与えたまえ…….」
そうして少年は少女にしっかりと口付ける,薄桃色の光が淡く輝く.

少女の右腕がびくっと動いた.
そうして全身がかたかたと震えだす.
「アスカ.」
少年はほっとしたように笑んだ.
「よかった…….」
そうして震える少女をしっかりと抱きとめた.

「マリ君……?」
少女が戸惑った声を上げた.
今の自分の置かれている情況がよく飲み込めない.
けれども,この少年は暖かいのだ.

自分の腕の中で少女の震えが少しずつ収まってゆくのを,少年は初めて知ったのだった.

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