太陽は君のもの!


第十二章 二つの戦い


薄暗い森の中を,銀の髪,青の瞳の少年がただ一人きりで歩いていた.
17のまだ少し幼さの残る顔に,強い意志を映して…….
大勢の男たちの押し殺した気配と息遣いを,周囲から感じる.

そうだ,待っていた…….
少年は瞳を閉じて,はたと立ち止まった.
「国王マリ,覚悟!」
途端に静寂が打ち破られる,野卑な男たちがマリをあっという間に囲んだ!

少年は黙って腰の剣を抜いた,飾りなど一切無い実用本位の剣だ.
「剣と魔法,どちらがいいですか?」
少年の問いに彼らは答えない,一斉に少年に向かって襲い掛かる.
その中心で,少年は剣を天に向かって突き上げた.
「凝る闇を打ち砕け,光よ!」
第一陣として襲い掛かってきた男たちに光の矢が突き刺さる.

「参ります!」
倒れた男たちには構わず,少年は白刃のきらめく中へと突っ込んでいった.
「サキル叔父上! どこです!?」
彼らはカイ帝国の工作員たちだ,肝心の叔父はどこか遠くで見物していることだろう.

幾人もの男たちと刃を交わしつつ,少年は呪文を唱えた.
「大地よ,我が意に従え!」
大地が波のように揺れ,鳴動する.
……ならば,誘き出すまでだ!

男たちの輪の中で剣を振るい,魔法を繰り出す主君を少し離れた場所から眺めて,サイラは軽くため息を吐いた.
「どうした?」
兄が怪訝な顔で聞いてくる.
「いや,陛下はお強いなぁ,と思って…….」
たった2つの年の差が,もどかしく感じる.

右に左に男たちを打ち倒しつつ,マリは自分を囲む男たちの輪の外側まで観察した.
すると少年を狙って,右方から矢が飛んできた.
剣を振るい矢を乱暴に叩き落とすと,少年は矢を放った男の名を呼んだ.
「サキル叔父上!」

一気に男たちの壁を打ち破り,叔父に向かって突進する.
「逃がしませんよ!」
すると少年の記憶する姿よりもさらに痩せた叔父は一目散に逃げ出した.
しかし彼の進路を阻むべく,亜麻色の髪の青年が立ちはだかる.
静かに自分の身長よりも長い槍を構えた.

「くそっ!」
叔父は方向を変えて,走り出す.
すると今度は亜麻色の髪の幼い少年が前方に出現した.
こちらのほうが突破するのにたやすいと考えたのか,彼は剣を抜いて少年に向かって行った.

キィーン!
鋭い音を立てて,二人の剣が交差する.
しかし,途端にサキルは横に飛ぶ.
一瞬前まで彼の居た場所に少年の兄の槍が空転する.
そうして世代の違う3人の男たちは打ち合った.

体格差のある男に押されつつも剣を交し合い,サイラはふと視界の端に銀の影を認めた.
「ここまでです,サキル叔父上.」
しっかりと剣の刃を,叔父の首筋にあててマリは宣告した.

まっすぐに見つめる王者の瞳.
サキルは歯噛みして,少年の方を向いた.
「帝国の方々は,もう逃げられましたよ.さぁ,城へ帰りましょう.」
彼ではなく弟が王位を継いだのは,将来はこの甥に王位を譲りたかったからだとも噂された少年だ.

親子ほどに年齢の離れた少年に向かって,サキルは嘲り笑った.
たとえその噂が真実だったとしても,
「まだ子供だな,マリ.」
少年の視線の先で,叔父の口が歪む.
「お前の初恋話は昔から城では有名だったさ,念願かなって彼女と結婚できてよかったじゃないか.」

少年は眉をひそめて,叔父を見つめる.
「愛しているというのなら,なぜ一人にした?」
少年の顔がさっとこわばる.
「コウリ!」
少年の命を受けて,コウリはがっとサキルの首筋に手刀を打った.
少年の叔父は意識を失い少年の方へと倒れかかる.
それを受け止めて少年は言った.
「叔父上を頼んだぞ,コウリ,サイラ.」

そうしてものすごい速度で,少女が居るはずの馬車の方へと駆け出した.
コウリはすばやく腰に巻きつけていた縄を取り出して,サキルを縛りだす.
「サイラ!?」
すると彼の弟は主命を無視して,マリの後をついて行くではないか!?

陛下なら,心配いらないと思うのだが…….
頑丈に自国の王族を縛り上げながら,コウリはぼやいた.
まさか,アスカかカリン様のことを心配して行ったのか……?

「なんだ!? 少女が二人と聞いたが?」
1,2,3……計6人の男たちに,アスカとカリンは囲まれた.
「誰だ,お前は?」
少年の姿をした,短い漆黒の髪の少女へ聞いてくる.
しかし少女の服の凝った刺繍に気付いて,彼らは自分たちで答えを出した.

「国王マリか!?」
カリンはぎょっとする,しかしさらにぎょっとすることを少女は言った.
「そうだ,私がマリだ!」
少女の瞳が強く,熱く燃え上がる.
「腕に覚えがあるのなら,私の首を取ってみろ!」

なんてことを言うのよ!?
まさか,これが彼女なりのマリの守り方なの!?
「ごめん,カリン.逃げて!」
「に,逃げられるわけがないでしょ!」
こんな危なっかしいことをする少女を置いていけるわけがない.

一人の男が襲い掛かってくる.
少女は危うげなくその剣を自分の剣で受け,そして打ち払った.
そうして二人目の男と剣を打ち合う.
しかし少女の背中にまた違う男が剣を打ち込んでくる.

カリンは叫んだ.
「かの者に,マソフの守りを与えよ!」
少女は風に包み込まれ,傍にいた男たちは吹き飛ばされる.
「ありがとう,カリン!」
にこっと微笑む少女に,思わずカリンの頬に朱が上った.
「余所見しないでよ!」

ガキィン!
打ち合う剣と剣の間で,火花が散る.
と,思うと少女はおもむろに剣を捨て,男の懐に潜る.
「はぁ!」
深深と拳を男のみぞおちに叩き込む.
前のめりに倒れこむ男をよけて,今度は後ろの男に回し蹴りを喰らわせた.
そして次は左方の男を拾った剣の腹で殴りつける.

あっという間に6人の男が地面に倒れ伏した.
少女はほっと一息つき,剣を鞘に収めた.
「大丈夫? カリン.」
自らの擦り傷などには構わずに,明日香はカリンに聞いた.
カリンの顔が青ざめる.
「アスカ,後ろ!」
立ち上がった男が,明日香に向かって剣を振り下ろす!

振り下ろされた剣を,少女は両手で挟み受けた.
「負けて……,」
少女の体が赤く輝く.
「……たまるかぁ!」
光の衝撃を受けて,男が後方へと吹き飛ぶ.
他にも立ち上がった男たちを,少女はぎらっとにらみつけた.

「駄目だ!」
「逃げろ!」
口々に叫んで男たちは逃げ出した.

「アスカ,手を見せなさい!」
去りゆく男たちの背中を睨みつける少女に,カリンは命令した.
特に右手の方から血がだらだらと流れている.
「きゃぁ! 手を広げなくていいわよ!」
カリンは少女の両手首をしっかりと掴んで,呪文を唱えた.
「緑の息吹よ,地に住む我らが母よ.我に癒しの御手を貸したまえ.」

薄桃色の光が少女の両手を包み,痛みがだんだんと退いてゆく.
明日香はそっと微笑んだ.
「ありがとう,カリン.」
すると,カリンは顔を赤くして答える.
「どういたしまして.……でも,あなた危なっかしいわよ!」
「え?」
少女はきょとんと目をぱちぱちとさせる.
これでは自分のいとこが夢中になってしまうのも頷ける…….
「もっと,自分を大切にしなさいよ!」

カリンは自分よりも背の高い少女ときっと睨みつけた.
途端に,
「ひぃ……!」
「え?」
カリンの怯えた表情に,少女は不思議そうな顔をした.
そうしてその表情のまま,文字通りに凍りついた.
氷の柱が少女を閉じ込める.

「アスカ!?」
氷柱にしがみつくと,少女をその中に取り込んだまま氷の塊は倒れこんだ.
「何よ,これ!? アスカ!?」
カリンは必死に氷の中の少女に呼びかけた.

そのときになって,やっと少女とカリンの名を呼ぶ少年の声が聞こえ始めてきた…….

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