太陽は君のもの!


第十一章 細い肩


朝,明日香はサイラの寝床までやってきた.そして,
「サイラ,つきあってよ!」
亜麻色の髪の少年が自らの寝床から出てこないと,軽く少年の身体を揺さぶる.
「起きてってば!」

「なんだよ,もう…….」
隣では,兄が疲れた顔をして眠っていた.
それもそのはず,まだまだ日も空けきらない早朝だ.
「剣の稽古,付き合って!」
少し離れたところでは,彼の忠誠の対象もまだ眠っている.
「へいへい.ただし剣だけね,体術無しでね.」
大きなあくびをしながら,サイラは答えた.

がきぃぃん.
嫌な音を立てて,剣と剣がぶつかり合う.
少女は何かいらだっているのか,がむしゃらに剣を振り回した.
「なんだよ,陛下と喧嘩でもしたのかよ.」
「してないわよ!」
そうして矢に雲に打ちかかってくる.

「……ったく.」
軽く少女の剣をいなすと,あっけなく少女は剣を取り落とした.
「落ち着けよ.」
落とした剣を拾わずに,少女は息を弾ませて少年を見た.
ぜいぜいと呼吸を整えながら,汗を乱暴に拭う.
こうしてみると,まるで精悍な青年になる一歩手前の少年のようだ.
「ごめん,サイラ.」
汗が額に浮かび,頬を伝い少女の細い首筋に流れ込んだ.
少女の汗を拭うしぐさが妙に艶かしい…….

「つきあってくれて,ありがとう.」
少女はにこっと微笑んだ.
サイラの顔が,思わずぼっと燃え上がる.
しかしそれにはまったく気付かずに,少女はさっさと馬車の方へと戻ってゆく.

すると途端に,明らかに不自然にその歩みが止まる.
少女は視線のぶつかってしまった銀の髪の少年と,赤い顔をして見つめ合ったまま固まってしまっていた.
互いになんというべきか分からないまま,マリと明日香はただ見つめあった.

「……ったくぅ.」
亜麻色の髪をぼりぼりと掻いて,サイラは漆黒の髪の少女の腕を取った.
「陛下,おはよう.アスカ,今日俺当番なんだ,一緒に御者台に乗ろうぜ.」
そうして,戸惑う少女の腕をぐいぐいと引く.
「馬車の動かし方,教えてやるよ.」

サイラに連れ去られてゆく少女を寂しげに見やって,マリは軽くため息をついた.
どうやら,一晩たって少女の体調は大丈夫らしい…….
「陛下.」
「あぁ,コウリ.」
兄のほうがやってきて,少年にそっと囁く.
「帝国の工作員が,幾人か国境を越えたらしいですよ.」
「予定通りだな…….」
するどく顔を引き締めて少年はつぶやいた.

「つい,先ほど伝令の兵士が報告に来ました.おそらく2,3日中には…….」
「やっと叔父上に再会できるな.」
そう,この国を守るため,彼を決して逃がしはしない.
傷ついてしまったものは決して元には戻らないのだから…….

信じられないくらいに,つらい…….
サイラと一緒に馬車の御者台に座ると,少女は固く膝を抱いてしまった.
マリ君の前で倒れてしまった,今ごろ昨夜の自分の醜態を不思議に思っているだろう.
どう言って,誤魔化せばいいのだろうか.

サイラは隣に座る少女の細い肩を,不機嫌そうに見つめた.
その頼りなげな肩を抱いてしまいたくなる…….
「さっさと,陛下と仲直りしろよ.」
すると,少女は感情のこもらない声でつぶやいた.
「……うん.」

正俊…….
「今日,お前の兄っていうやつがやってきたぞ.あいつの言っていたことは本当なのか!?」
それは,何……?
兄さんはなんと言ったの?
「前の家で保護者の叔父さんを誘惑したとか,今は俺の女だとか言っていたぞ!」
それは違う!
「お前,俺を騙したのか!?」

はっとして少女はうつむいていた頭を上げた.
「アスカ,真っ青だぜ.」
亜麻色の髪,緑の瞳の少年が心配そうに少女の顔を覗き込む.
「大丈夫だよ,マリ君.」
少女はさっと視線をそらして答えた,違う少年の名を呼んだことにも気付かずに…….

「そして今度は,どうして唐突に仲が悪くなるのよ!」
馬車の幌の中で,マリはなぜかカリンに責められた.
「……ごめん,カリン.」
わけが分からずに,少年は謝罪した.
「カリン様にとっては好都合でしょう?」
今日は兄のほうが,彼女をからかう番らしい.
金の髪の少女はきっと睨んだ.
「そうかもしれないけど,なんだかやりづらいの!」
そうして,マリの方をまっすぐに見つめる.
「さっさと仲直りしなさい,私は正々堂々と勝負がしたいの!」

なんとまぁ,気持ちのいい気性のお方だ…….
コウリは苦笑した.
陛下もこうゆう健康的な方と恋をすればいいのだ,なぜよりによってあれほど扱いの難しい少女を選んでしまうのだろうか?
恋する相手は選べない……,やっかいなことだ.

「アスカ! ちょっと来て!」
2日経ったある日の昼過ぎ,明日香は金の髪の少女に呼ばれた.
何も臆することなくマリに対して好意を告げることができる少女.
正直この少女の方が自分などよりもずっと少年に相応しい.
「何?」
「マリか,コウリかサイラ,知らない?」
どうやら今日は口喧嘩をする気はないらしい.
「さっきから,誰もいないのよ.」
その光り輝く瞳が今は不安そうに揺れている.

「そういえば……,」
漆黒の髪の少女は首をかしげた,するといきなり拔剣をしてカリンを驚かせる.
一つ年上の少女を背中でかばい,明日香は剣を振るった.
すると飛来してきた矢が地面へぽとぽとと二つ三つ落ちる.

「誰!? 出てきなさい!」
雄雄しく声を上げて,明日香は周りを見回した.

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