太陽は君のもの!


第十章 過去の影


少年の隣は暖かい…….

「東に山脈が見えるだろ? あの山々でライアセイトという魔力を持った石が採れるんだ.」
「魔力を持った……?」
かすかに首をかしげながら漆黒の髪の少女が訊ねると,銀の髪の少年は頷いた.
「あぁ,すごく希少な石で,これがあるから我が公国は24年前に独立できたんだ.」
しかしこの鉱脈があるからこそ,今帝国に狙われているのである.

「実はアスカに10年前に渡した赤い石は,ライアセイトの高純度の結晶体なんだ.」
「え……?」
少女はかすかにぎくりとした.
そんなものを自分は2年前に飲み込んでしまったのか…….
少年の説明からすると,電池を飲んだようなものだ.
このことを正直に,少年に言うべきなのだろうか?

「どうしたの? アスカ.」
少年の穢れのない青の瞳が覗き込んでくる.
「なんでもないよ,マリ君.」
飲んだなどと言ったら,その理由やいきさつも話さなくてはならないだろう.
嫌だ…….
絶対にマリ君にだけは知られたくない……!

西へ向かう馬車の後部で仲良く後方の山々を眺める二人を見やって,カリンはため息をついた.
「意外に仲がいいのね…….」
すると,それを受けてサイラが答える.
「意外じゃなくて,陛下とアスカは本当に仲がいいの!」
「でも,結婚してから二人が一緒にいるところなんて,ほとんど見てないわよ.」
時間だけなら,自分の方が断然少年のそばに居る.
「互いになんか遠慮しあっているだけだってば! カリン様も意外に鈍いよな.」

カリンはその美しく整った顔で,むっと怒った表情を作った.
「なんか最近生意気よ,サイラ!」
と言って,3つ年下の幼馴染の頬をつねる.
「痛いってば,カリン様!」
「おい,馬車の中で暴れるな! サイラ.」
御者台で4頭の馬を操りながら,彼の兄が不機嫌そうな顔で叱った.

王城を出発してから,3日が経過していた.
彼らの旅は今のところ平穏そのもので,刺客も探し人も見出せなかった.
昼は簡素な馬車で西へ移動し,夜は女性陣は馬車の中で,男性陣は気軽に野宿をする.
明日香を驚かせたことに,マリもカリンも王族のくせにまったく質素な旅である.

夜になると,まさに満天の星空だ.
カリンが寝付いたのを確認してから,明日香はそっと馬車の幌の中から出て行った.
遠くで寝ているマリやコウリやサイラを確認して,彼らからは見えない場所を選んで,少女は腰を降ろした.
そうしてごろんと寝転んで,星を見上げる.

銀の光が,ただ少女一人に降り注いでいた.
キレイ……,マリ君の髪の色ね…….
見知った星座のない星空の下,なのにこれほどまでに心が満ちてゆく.
優しく見つめてくる青い瞳…….
もしも,もしも私がキレイな体だったならば,その瞳にすべてを委ねてしまいたい.

「アスカ……?」
そっと呼びかけられて,少女はびくっと飛び上がった.
「マリ君.」
しかしその人影を認識すると,静かに安堵のため息を吐く.

「どうしたの? アスカ.」
「なんでもないよ,マリ君.」
少女のなんでもない,はたいてい嘘だ.
少年は遠慮がちに少女の隣に腰を降ろした.

彼女には聞きたいことがたくさんある.
しかし,どれも簡単に聞けるような内容のものではない…….

「アスカ.」
「何?」
呼びかけると,少女はにこっと微笑み振り向いた.
しかし少年には少女の笑顔がこわばっていることがよく分かった.

……聞いてはいけない.
……触れてはいけない.

いや,聞かなくてもいい.
過去なんてどうでもいい,彼女はこの世界へ連れてきたのだから.
今,一番聞きたいことは……,

「アスカ,私のことをどう思っている?」
少女の漆黒の眼差しが揺れる.
「結婚したままで,本当にいいのかい?」
少年の優しい,しかし嘘を許さない強い視線にさらされて,少女は震える唇で言葉をつむごうとした.
「私は……,」
私はマリ君に対する自分の気持ちぐらい分かっている…….

「自分がまともに男と付き合える資格があると思っているのかよ!」
新しく家族になった義理の兄の言葉が脳裏にフラッシュバックする.
「俺は,お前が前の家で何をされていたのか,知っているのだぜ.」
そうして,義兄は私の腕を掴み……,

「あ,あ……,」
少年の目の前で,少女はがくがくと震えだす.
「アスカ!?」
浅くはやく呼吸を繰り返し,ついにはぜいぜいとあえぎだす.
「ごめん,困らせてごめん.」
真っ青な顔で少女は少年を見つめる,自らの異常な呼吸音を隠すかのように両手で口元を押さえて.
息を過剰に吸い込み,まともに呼吸ができない.
「だい,じょぶ……,すぐ……,」
しかしそれでも少女は微笑もうとした.

少年は立ち上がった.
途端に少女は少年を引き止めたい衝動に駆られた,しかしそれを必死に自分の中だけで押し隠す.
「コウリを呼んでくるから,待っていて!」
薄れゆく視界の中で,少年の姿がどんどんと遠ざかってゆく.
あぁ,やはり私は駄目なんだ…….
絶望と諦めに捕らわれたまま,少女はがくりと意識を手放した.

「コウリ,コウリ,すまない,起きてくれ.」
身体を揺さぶられて,亜麻色の髪の青年は目を覚ました.
不安そうな顔の少年を見て,すぐに事態を悟る.

彼の主君にこのような顔をさせる人間はこの世に一人しか居ない.
「どこです?」
「あそこだ.」
短いやり取りの後,彼らは星明りの下,倒れこむ少女の元へと向かった.

少女はかすかに震え,倒れこんでいた.
「アスカ,アスカ!?」
コウリは少女の青くて冷たい頬をぺちぺちと叩いた.
しかし少女の意識はまったく戻ってこない.

「精神的なものですよ,陛下.」
心配そうに覗き込む少年に,コウリは言った.
「何をしたのです?」
すると少年は悲しそうにうつむく.
「困らせる質問をした…….」

コウリは軽くため息を吐き,意識の無い少女の体を軽々と持ち上げた.
少女とあまり体格の変わらない少年ではこうはいかない.
「陛下,お願いですから,アスカのことは諦めてください.」
存亡の危機にあるこの小さな国を抱え,さらにこの精神の脆弱な彼女まで背負うつもりなのですか?
少年は彼の眼差しにただうつむいて答えなかった…….

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