太陽は君のもの!


第八章 元気を出して


閑静なはずの王城の中庭で,剣の交わす音が響いていた.
遠めに眺めると,二人の少年が真剣を持って勝負をしているのだ.

短い漆黒の髪の,少年の衣装に身を包んだ少女が剣を繰り出す.
「甘い,甘い!」
それを亜麻色の髪の少年が楽しそうに受ける.
すると少女はにっこりと笑って,
「すき有り!」
剣の腹で,少年の剣を持つ方の手の甲をはたいた.

「いってぇ!」
少年がたまらずに剣を落とすと少女も自らの剣を投げ捨てて,さっと少年の懐へもぐりこむ.
そうして少年の腕を掴み,あっという間に背負い投げた!

ばたーーん!
少年は見事に投げ飛ばされて,柔らかい土の地面の上へと落とされた.
「あぁ,もう……,アスカ,強すぎ!」
少女は太陽をバックににこっと笑った.
「サイラのおかげだよ!」

マリが即位してから,もう7日が過ぎていた.
明日香は暇を見つけては,サイラに剣を教えてもらっているのだ.
この少女は身体を動かしているときが一番楽しそうだ.

「上達するのが早いよ,アスカは…….」
すると少女は軽くウインクする.
「ありがと.でも私,もともと剣道もやっていたし.」
こうしてみると,少女というより繊細な顔立ちをした少年のようだ.

その少女の瞳にちらちらと炎が燃え上がっていた.
「もう,誰にも負けるものか……!」
ぱん,と拳を胸の前で合わせる.
サイラは呆れたように,少女を見やった.
「アスカさぁ,サキル殿下のことを気にするのはやめなよ.」
「そんなこと,気にしてないわよ.」
少女は明るく笑って答えた.

うそつけ…….
自分がサキル殿下を捕らえていればと後悔しているから,こんなにも必死なんだろ.
陛下のために,役に立ちたくて…….

マリの役に立ちたいと言う気持ちはサイラも同様だが,なんとなく少女のほうが危なっかしく思えるのだ.

少年はふと思いついて,少女に訊ねた.
「なぁ,アスカ.戴冠式のとき以来,陛下に会っている?」
「会っているわよ,廊下とかで.」
ばったりと出会えば,挨拶ぐらいは交わす.
少年はわざとらしく,ため息をついた.
「そうじゃなくて,もっとさぁ……,母ちゃんが嘆いていたぞ,アスカはちっとも陛下と仲が良くないって.」
少女はかすかにぎくりと顔をこわばらせた.

「マリ君,今忙しいじゃない,サキルさんもまだ見つかってないし.」
そうして諦めたように笑う.
「邪魔したくないの.」
サイラはむっとした表情を作った.
しかし次の瞬間には,いたずらっぽく笑う.
しかたない,口実を作ってやろう…….
「陛下さ,今,元気が無いんだ.」
少女はきょとんとする.
「アスカが声をかけたら,元気出ると思うんだけどな.」
と言って,サイラはにまにまと笑った.

「え,でも,用事は無いし…….」
「あぁもぉ,なぜ互いに遠慮しあってんだよ!」
煮え切らない態度の少女に,いらいらしながらサイラは言った.
「そんなことやっていて,兄ちゃんに離婚させられてもいいのかよ!」
少女は少し驚いた調子で聞いた.
「離婚できるの?」
王族は生涯,ただ一人としか婚姻できないと聞いたのだが…….
「できないよ! ……でも陛下の結婚は石が偽物だったから, 無効だと言い張ることができるって,兄ちゃんが…….」

少女は不安そうに,サイラを見つめた.
「それにカリン様だってぜんぜん陛下のこと諦めてないし.」
すると少女は表情を消してうつむいてしまった.
「アスカがぼやぼやしているうちに,陛下のこと取られちゃっても知らないぜ!」

あれ,いじめすぎちゃったかな……?
サイラはおそるおそる,うつむいた少女の顔を覗き込んだ.
すると少女はぱっと微笑んだ.
「別に私はいいわよ,離婚しても.」
その表情を見て,サイラはただただため息をついた…….

叔父が居なくなってから,もう8日が経過していた.
この国は狭い……,王都から馬で急げば10日もせずにカイ帝国へ辿り着くだろう.
そろそろ限界が近づいていた.

会議室を出て,一人自分の部屋へと向かいながらマリはいらだたしげに壁を拳で叩いた.
結局,自分はこの国を守れないのだ!
祖父が築き,父が守ったこの国を……!

大臣たちの中にはどうせ帝国に吸収されてしまうのならば,戦争になるよりもサキル叔父を王位につけてはどうかと言うものまでいる.
確かにそうかもしれない……,少年は自嘲して自分の部屋へと戻った.

「お,おかえりなさい,マリ君.」
すると少年の部屋では少しわざとらしい笑顔を見せて,漆黒の髪の少女が待っていた.
「アスカ……?」
なぜだろう,久しぶりに逢ったような気がする.
「あの,えっとね,元気ないって聞いたから……,」
苦しげに少女は笑って言った.

そうしてつかつかと少年の傍まで歩み寄り,少年の服の襟を掴んで,
「マリ君……,」
少年の顔がかぁっと赤くなった,どうしてこう,彼女はふいに色っぽい表情をするのだろうか!?
途端に少女に足を引っ掛けられて,少年はバランスを崩した.
背中から,少女もろとも部屋の絨毯に倒れこむ.

「アスカ!?」
すると少女は,少年の上に倒れこみながら,
「うわっ,ちょっ,やめて……!」
少年の腹をくすぐりはじめた.
「アスカってば!」
たまらずに少年は悲鳴を上げる,すると少女はにこっと笑って聞いた.
「元気,出た?」

これが彼女流の元気の出し方なのだろうか……?
少年はぷっと吹き出した,すると少年を押し倒したままで少女も微笑む.
「荒業でしょ.私もむすっとしているとよく後輩たちにやられた.」
「え!? 男,女!?」
勢いよく問い返す少年に押されつつ,少女は答えた.
「女子空手部の後輩だけど…….」

すると少年は一瞬情けない顔をした後で,楽しげに笑い出した.
ひとしきり笑った後で,真剣な表情で少女を見つめる.
「アスカ,怖がらないで…….」
まるで壊れ物を扱うかのように,そっと少女を抱き寄せ軽く唇を重ね合わせた.

ふと少女を見ると,その漆黒の瞳には恐れも嫌悪も,いや何の感情さえも浮かんでいなかった.
少年の視線を受けて,少女は2,3度まばたきした後で優しく微笑む.
「元気,出た?」
少年の顔が羞恥で燃え上がる.
「ご,ごめん…….」
もはやどんな顔をして少女を見ていいのか,よく分からない.

でも,おかげで一つだけ決心がついた.
「アスカ,決めたよ…….」
「何を?」
少年の青の瞳がまっすぐに少女を見つめる.

心の底までも見抜くような王の眼.
その青の瞳が少女を捕らえて,決して逃がさない.
「城を出て,サキル叔父上を探しに行く.」

そう,戦争など起こさせない.
守ってみせる,君もこの国も…….

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