熱っぽい…….
風邪を引いたのかもしれない.
少女はベッドの中で苦しく寝返りを打った.
この世界に来てから,今日でちょうど5日目だ.
さすがに疲れたのかもしれない…….
いつもは早起きの王妃がなかなか起きてこない.
ケイカは不思議に思って,少女の部屋を訊ねた.
国王が異世界から連れてきた少女,少年のような外見にどこか人を心配させる空気を持っている.
部屋のドアを開けると,漆黒の髪の少女はしんどそうにベッドに横たわっていた.
ケイカが近寄ると,すぐに起き上がって笑顔を見せる.
「大丈夫です,ただの風邪ですから.」
「カゼ?」
ケイカはきょとんとした,カゼとはなんなのだろうか?
すると少女も驚いた顔を見せる.
「えっと,病気の一種で,熱が出たりのどが痛くなったりするものです.」
病人の癖に,ケイカにきちんと説明してみせる.
「大変じゃないか? すぐに薬師を呼んで,」
慌てるケイカを,少女は落ち着きを払って制した.
「いいえ,寝ていれば直ります.」
そうしてむしろ元気よくにこっと微笑む.
「今日一日だけ,一人で寝かせてください.」
しかしそう言ったくせになかなかベッドに横にならない.
笑顔を張り付かせて,ケイカの方を見ている.
これは放っておいてくれということだろうか.
ケイカはしんどくなったら言ってくれよと言い聞かせてから,部屋を出た.
看病もさせてくれないなんて,薄情な少女だ.
部屋だって夫と違う部屋をわざわざ用意しているし,そもそも二人一緒にいるところをほとんど見かけない.
この国王夫妻はどうなっているのだろう,ケイカはため息を吐いた.
マリが執務室で叔父であるサキルの捜索の情況を確認していると,少年の乳母である女性が部屋に入ってきた.
ケイカにしては珍しく,険しい顔で少年を睨みつける.
「アスカがかわいそうだ.」
腰に手を当てて,母親の顔で少年を責める.
「たった一人右も左も分からない世界に連れてこられて,それなのに陛下はアスカのお見舞いにも来ない.」
少年はすまなさそうな,悲しそうな顔を見せた.
「ケイカ,それは……,」
自分の腕の中で震える少女の姿が目に焼きついている.
「私が行くと,きっとアスカは気が休まらないから…….」
そうして少年は寂しそうに笑う.
するとケイカはさらにむっとして言い募る.
「アスカは陛下だけを頼ってこの世界に来たんだろ?」
しかも結婚式は前代未聞の騒ぎだったと城中の噂だ.
少年は思いつめたように俯いた.
……迎えに来てくれてありがとう.
かすかに微笑む少女の漆黒の瞳.
……マリ君は,私を守ってくれたよ.
泣き言を言う自分を抱きしめ,揺れる瞳で慰めてくれた.
……大丈夫,マリ君ならきっと立派な王様になるよ.
少年はかすかに頷いた.
「アスカの部屋へ行くよ.」
そうして少し情けなさそうに微笑んだ.
そうだ,自分の手元で守りたいと思ったから連れてきたんだ.
暗い,暗い夜の中を泳いで,早く日が昇るように祈った.
この時間が早く終わるように,朝が早く来るように…….
「やめて,離して……!」
少女はベッドから跳ね起きた,そうしてぜいぜいと息を切らす.
服は汗でべっとりだ.
布団を掴む両手が震えている.
部屋に誰も居ないことを確認した後で,少女は安堵のため息を吐いた.
嫌な夢を見た…….
少女は再び布団の中にもぐりこんだ.
次は意識して楽しいことを考えようとする.
楽しいこと,面白いこと,嬉しかったこと.
パパ,ママ…….
しかし思い出は遠い,遠く過ぎ去ってしまった.
彼女が私の花嫁だ!
すると暖かな光を纏った少年の姿が思い浮かぶ.
この石あげる,約束のしるし.無くさないで…….
私はアスカのことが好きだから,守りたいって大事にしたいって思っているから.
その瞳の中に燃える炎を,自分に許されるのならずっと見つめていたい.
ついさっき,父上が亡くなられたんだ.
君もこの国も守れそうに無い…….
泣かないで,私のお日様.
いいえ,
今は灼熱の炎を抱く私の太陽…….
ふと人の気配を感じて瞳を開けば,晴れ渡った青空のような瞳と出会った.
「ごめん,起こしてしまった.」
銀の髪,青の瞳の少年が慌てて少女の傍から離れた.
いい匂いを感じて横を向けば,少女の枕もとには小さな黄色の花がたくさん置かれていた.
少年がこっそりとこれを置いているときに,自分は目を覚ましたらしい.
「ありがとう,マリ君.」
少女の見せる無防備な笑顔に,少年はつい顔を赤らめた.
「キレイだね…….」
起き上がって,少女は花を一輪だけ手に取った.
少年が照れたように微笑む.
本当にキレイ…….
何よりもその心がキレイだ.
だって,もう悪い夢なんて見そうにない…….