太陽は君のもの!


第七章 それが私の願い


綺麗な銀の髪をした少年が泣いていた.
少女がよく遊びに行く近所の公園の階段の下で…….

話を聞けば母親が亡くなったらしい,それでめそめそと泣いているのだ.
「たかがそれだけで泣いていてどうするのよ!」
すると少女も瞳にいっぱい涙を湛えだす.
「私なんか,パパもママも死んじゃったのよ!」
少年は驚いて少女の顔を見返した.
少女は小汚いよれよれの服を着て,体中痣だらけであった.

「我が公国はもともとカイ帝国の一部だったのです.」
控え室のような部屋で明日香は,マリの乳兄弟たちと戴冠式が終わるのを待っていた.
兄の発言を受けて,弟のサイラがしゃべる.
「マリ殿下のおじい様である先先代の国王陛下が,この国を創立なさったのだけど……,まぁ,まだまだ新参の小さな国だよな.」
正直少女には少年の立場が,この国の情況がよく分からない.
「それでサキルさんは,なぜ城からいなくなったの?」

今度は兄のコウリの方が答えた.
「帝国はもともとこの国を狙っていたのですよ.それで皇家の姫であるマツリ様をこの国に,つまり次期国王であるマリ殿下に嫁がせたのですけど,」
「え!?」
少女は意外な事実に,驚いた声を上げた.
「しかし殿下は心に決めた女性がいるからと断ったんです.」
「まさか,それって私!?」
すると兄弟は異なる表情をして同時に頷いた.

「それでマツリ様はサキル殿下のところへ嫁がれたのです.」
だからあれほど年齢差があるのだ.
しかしたとえマリと結婚したとしても6つも年齢差がある.
「そっからだよな,マリ殿下が命を狙われだしたのは.」
次々と出てくる知らなかった事実に,少女は驚くばかりだ.
「それっていわゆる王位争いなの?」
するとこばかにしたように弟の方が答える.
「当然じゃん.でも昨年国王陛下が倒れられてからは,ばったりとなくなったんだ.」
今度は兄の方が弟の説明にいい加える.
「サキル殿下としては,もう何もしなくても王位は手に入るとお考えになったのでしょう.」

「それなのに,マリ君が結婚したから……,」
少女は少年の置かれた状況を理解しようと必死になって頭を働かせた.
「もう王位は継げないと考えたんだろ.」
弟の方はそっけなく答え,兄の方は瞳に皮肉な光を宿らせた.
「帝国としては次は婚姻ではなく,荒っぽい手段でこの国を手に入れるつもりでしょう.」

「つまり……,戦争!?」
少女は顔を青ざめて,兄弟に聞いた.
亜麻色の髪の兄弟は,今度は同じように神妙な顔をして頷いた.

玉座の傍で抜け殻になった王の身体を抱きしめて,少年はしばし無言だった.
「マリ…….」
そっと少年の肩に手を置いて,カリンは気遣うように声を掛けた.
すると少年は晴れ渡る空のように明るく微笑んで答えた.
「大丈夫だよ,カリン.」

カリンの頬に朱が上る,しかしそれには構わずに少年は同じように自分を見つめる人々に声を掛けた.
「リリア伯母上,ヒロカ,フローリア.葬儀は明日行うよ.儀式続きで大変だけど……,」
言葉の最後まで笑顔が続かずに,少年は俯いた…….

ドアを開けてマリが部屋に入ってきたとき,少年の顔色は真っ青であった.
「マリ君?」
「殿下,どうされたのですか?」
すると少年はいつもどおりに微笑んで答えた.
「王位を受け取ってきたよ.コウリ,サイラ,叔父上の捜索の方はどうなっている?」
サイラは遠慮がちに答えた.
「進展なしだけど,殿……,陛下.」

「マリ君,顔色が悪いよ.」
少女が少年の青い瞳をまっすぐに覗きこんで聞いてくる.
すると少年は弱弱しく笑って答えた.
「ついさっき父上が亡くなられたんだ.アスカ……,」
そうしてぎゅっと少女の体を抱きしめた.
気を利かせて,コウリとサイラが部屋を出てゆく.

遠いあの日と同じように,お日様が泣いている…….
そっと少年の背中に手を回し,少女はぽんぽんと優しく少年の背中を叩いた.
押し殺した少年の嗚咽が小さく,本当に小さく聞こえた.

「これからどうなるんだろう…….」
廊下に出てそっとそのドアを閉めた後,サイラは兄に聞いた.
たとえ何があっても自らの主君とこの国を守る……,その決意はあるのだが,だからと言って何も不安なことがないというわけではない.
「簡単だ.サキル殿下を捕らえる,それだけだ.」
彼が帝国軍をこの国に引き入れる前に…….

「なぁ,兄ちゃん.陛下はマツリ様を逃がしてしまったんだろう?」
彼女がいれば,まだカイ帝国に対する人質になったのかもしれないのに.
「あぁ,陛下らしいなされようだ.」
しかしそのような手段を彼らの主君が用いるはずがなかった.

優しいお方だ…….
しかしこのツティオ公国はカイ帝国に対してはあまりに小さすぎる.
いざ戦争になったときに勝てるとは思えない…….

「ごめん,アスカ.」
少年がぽつりとこぼすように謝った.
「君もこの国も守れそうに無い…….」
今の自分はまったくの無力だ,少女の過去の傷に対しても,強大なカイ帝国に対しても.
「マリ君…….」
少女は少年に囁くように答えた.
「マリ君は私を守ってくれたよ……,昨日の夜だって守ってくれた.」
そう,あの赤い光…….
あれは叔母に奪われまいと2年前に飲み込んだ,あの赤い石のせいだ.
あの光が私を守る.

「マリ君,迎えに来てくれてありがとう.」
少年はまだ少しだけ涙の跡の残る瞳で,少女を見つめた.
「マリ君のことは現実離れしすぎていて,現実から逃げたい私の作り出した幻かと思っていた.」
今こうして目の前に居てくれるのが,まるで奇跡のよう…….

「大丈夫,マリ君ならきっと立派な王様になるよ.」
すると少年はかすかに微笑んだ.
少女も微笑む,やっと笑ってくれた…….
……あなたは私の太陽だから,いつも笑っていて欲しい.

ツティオ公国暦24年.
新王マリがわずか17歳の若さで即位した.
若き王というより,あまりにも幼き王であった.
少年の王としての最初の責務は,父の葬儀を行うことと,行方不明の叔父を探しだすことであった…….

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