太陽は君のもの!


第六章 鏡に映る像


ツティオ公国の初代国王レンには,4人の子供たちがいた.
長男であるサキル,次男であるジョーイ,長女のリリア,そして3男のアカムである.
国王レンはいまわの際に,優秀だが野心的な長男ではなく,地味だが人望のある穏やかな気性の次男に王位を譲った.
曰く,「自分の家族を愛し,守れない男に国はやれない.」である.

当時サキルは独身であったのに対して,ジョーイには愛する妻と息子がいたのである.
しかしこのレンの言葉が真実であったのか,それとも折り合いの悪かった長男に王位を譲りたくなかっただけなのかは,もはや永遠に謎のままである.

「サキルさん,何をしているのですか!?」
背中でその女性をかばいつつ,明日香は男に向かって詰問した.
「そうか,妙な体術を使うと聞いていたが……,」
質問には答えずに,灰色の髪を多少乱したままサキルはつぶやいた.
「われの前に立ちふさがる者どもを焼き払え,炎よ!」
途端に少女の足元の地面が燃え上がる.

「きゃあ!」
少女は炎を避けて後ろへと飛びのいた,しかし後方には自分が背中でかばっていた女性が居る.
少女はバランスを崩して,その女性もろともに地面へと崩れ落ちてしまった.
「死ね!」

炎を飛び越え剣を抜いて,サキルが少女に襲い掛かる.
白刃が燃え上がる炎を映して,少女に振り下ろされる.
怖い……! 助けて……,
「マリ君!」
少女の身のうちから,赤い光が輝きだす.
「うわぁっ!」
その光の衝撃で,サキルは後方へと弾き飛ばされた.

「いたぞ!」
「あそこだ!」
城の方から騒ぎを聞きつけた幾人もの兵士たちが駆け寄ってきた.
サキルは倒れこんでいる明日香たちを一瞬見やってから,さっと身を翻して一人で逃げ出した.
その後を兵士たちの集団が追いかける.

よく分からないが,助かったらしい…….
明日香は立ち上がり,自分とともに倒れこんでいた女性に手を差し出した.
「大丈夫ですか?」
少女よりも少しだけ年長だろうか,頼りなげに揺れる緑の眼差し.
守ってあげたくなるような女性とは,きっとこうゆう女性のことをいうのだろう.

しかし互いに瞳を合わせて,同時に少女と彼女はあることに気付いた.
この人と私は同じだ…….
まるで鏡に映った自分自身の分身だと.

「アスカ!?」
すると今度は城のほうから,マリが見知らぬ男と連れ立ってやって来た.
「なぜ,こんなところに?」
途端に少女は,少年の探し人を逃がしてしまった自身に気付く.
「ごめんなさい,マリ君.サキルさんを逃がしてしまった!」
少年のためにならないことをしてしまった己がものすごく悔やまれる.
「怪我は無い? 大丈夫?」
しかし少年はそんなことには頓着せずに,心配そうに少女に問うた.
少年の思いやりが,心に染み込んでくるようだ…….
少女は無言で少年の青い瞳をじっと見つめた.

「なぜ,ついていかなかったのです? マツリ.」
すると隣では見知らぬ男が先ほどの女性に向かって,責める調子で問いただしていた.
「いつもいつも帝国に帰りたいと言っていたでしょう?」
なぜか男は責められる方である女性よりもつらそうな表情だった.

「マリ君,あの人は?」
明日香は少年にそっと訊ねた.
「アカム叔父上だよ.それであの人はマツリ殿.サキル叔父上の奥さんで,カイ帝国の皇族の方なんだ.」
「え!? だって夫婦にしてはずいぶん歳が離れて……,」
すると少年は悲しげな瞳を少女に向けた.
「政略結婚だから……,」
本人の意思など関係があるまい.

「マリ,私は今から彼女を連れてカイ帝国へ行くよ.」
つと,その青年はこちらを振り向いて言った.
「理由は,わかるだろう?」
ブルーグリーンの瞳に悲しげな光を宿らせて,彼は肩をすくめた.
「はい……,叔父上.なら……,」
すると彼は少年の言葉を先回りして答えた.
「いや,兵は要らない.サキル兄上捜索の方へまわしてくれ.」
「分かりました.」

「それから……,」
ぐいと,アカムはマリの肩を抱いて小さな声で告げた.
「陛下のご病気は私の魔法で一時回復しているだけだ.明日にでも戴冠式を行いなさい.」
少年は悲しげに瞳を見張らせた.
「力になってやれなくて済まない.すぐに城に帰ってくるよ.」
青年はすまなさそうに別れを告げた.
「はい……,お気をつけて.」

青年は優しく微笑んでから,少年の額にかるくキスをした.
「それでは,マツリ殿.あなたを帝国まで送ります.」
「……はい.」
彼女は複雑そうに答えた.
その緑の瞳が一瞬すがるように男を見つめたのを,明日香だけが気付いた.

「アスカ,ここはいいから,君は部屋に戻って……,」
気を取り直したようにマリは少女に言った,がその途端,顔を真っ赤にして聞いてくる.
「アスカ,その服は!?」
「え? マリ君の服を借りたのだけど,駄目だった?」

「マリ殿下!」
いつの間にか,傍に来ていた亜麻色の髪の兄弟が声を掛けると,
「うわぁ!」
少年は慌てて,少女の姿を背中に押し隠した…….

次の朝少女が眼を覚ますと,どこかで見たような顔立ちの中年の女性が部屋の中にいた.
「おや,もう起きたのかい?」
少年の部屋の中の,少年のベッドの中で少女は起き上がった……,もちろんベッドの中には少年は居ない.
「昨日はいろいろあって疲れたろう.もっと寝ててもよかったのに.」
と言って,亜麻色の髪の女性は優しく微笑む.
「あぁ,私はコウリとサイラの母で,ケイカだよ.」

「初めまして,王妃様.」
「……は,はい.」
いまいち寝起きでまだ頭が働いていなかったが,明日香はケイカの暖かいふっくらとした手と握手をした.
ふと窓の外をみると,もうすでに日は高かった.

「ケイカさん.マリ君は?」
あの後,サキルさんは見つかったのだろうか?
「あぁ,殿下……じゃない陛下は,まだ戴冠式の真っ最中だよ.」
「え!?」
少女は驚いた声を上げた.

「私,出席しなくていいのかしら!?」
慌てふためる少女に,ケイカは優しく言った.
「いいんだよ.あれは直系の王族の方だけでされるのだから.」

一晩,必死の捜索を続けたが,叔父を捕らえることはできなかった.
寝不足でぼぉっとする頭で,マリは王冠を父の手から受けた.
叔父が帝国軍を引き連れて,この国に攻めてきたらどうすればよいのだろうか?
王位を継いだばかりの,しかもたった17の自分にこの国が守れるのだろうか?

「うぅ……,」
玉座に座る父が,苦しそうに胸を押さえて倒れこむ.
「父上!?」
受け取ったばかりの王冠を放り出し,少年は父のもとへ駆け寄った.
「もう式はいいですから,ご無理をなさらないでください.」
すると父はやさしげに息子の顔を見つめ,その頬をなでた.

「この国を任せたよ……,マリ.」
そうして父は穏やかにその瞳を閉じた.
少年と同じ青空の色の瞳を永遠に閉じたのである.
頼るべきものを無くして,しかし少年はしっかりと答えた.
「守って見せます……,必ず.」
もう決して動かない父の手をとって少年は誓った.

遠いあの日,漆黒の髪の少女と約束を交わしたように…….

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