太陽は君のもの!


第五章 誘惑


暗い部屋の中で少女は目を覚ました.
見慣れないベッド,見慣れないサイドテーブル.
しかしだんだんと記憶が戻ってくる.
ここは確かマリ君の部屋のはず…….

部屋の主はどこにいるのだろう.
軽く身震いして少女はベッドから降りた.
なんとなく嫌な感じがする,正俊と別れたあの日のような…….
「マリ君……,」
そっと呼んでみる.
しかし少女に応えてくれる声は無い.

少女は壁を伝い歩き,ドアの場所を探る.
ドアのノブを回すと,どうやら外から鍵がかかっているらしい.
少女はきっとドアを睨みつけた.
バカァーーン.
勢いよく足を蹴り上げて,扉を開けるのではなく破壊した.

壊れたドアから廊下へ出ると,探し人が唖然とした表情でドアの前の廊下に座り込んでいた.
少年の後ろの窓からは銀の星ぼしの光が差し込んでいる.
毛布を引っかぶって,少年は廊下で眠っていたらしい.
「なぜそんなところにいるの? マリ君.」
少女はきょとんとして聞いた.

満天の星ぼしの光を受けて輝く銀の髪を揺らして,少年は立ち上がった.
「アスカ,結婚は破棄するよ.」
「なぜ? 石が偽物だったから?」
すると少年はつらそうに瞳を伏せて答えた.
「君にだいぶつらい思いをさせたみたいだし……,」
少女は何を言っているのかよく分からないといった顔をした.
少年は戸惑う,この少女は先ほどのことを覚えていないのだろうか?

するといきなり少女は漆黒の瞳に怒りなのか焦りなのかよく分からない光を映して,少年の腕を乱暴に取った.
そうして少年を連れて部屋の中へと戻りベッドの脇まで連れてゆくと,少女はおもむろに服を脱ぎだした.
「ア,アスカ!?」
「マリ君,抱いてよ.」
そしてさらに服を脱ごうとする.
「アスカ,やめて.我慢できなくなるから.」
少年は顔を真っ赤にしながら,少女から離れようとする.
「しなくていいと言っているでしょ!」
少女はヒステリックに声を荒げた.

しかしすぐにはっとしたように我に返る.
そして脱力したように,少女はベッドの上に座り込んだ.
「私,何をやっているんだろ……?」
正俊に振られ,マリ君にも振られてやけになっているのかな.
少年が恥ずかしそうに,少女に背中を向けていた.
少女はかすかなため息を吐いた.

「正俊…….」
茫洋と別れた恋人の名をつぶやく.

少年の青い瞳が見開かれる,動悸が跳ね上がる.
違う男の名を聞いたら,唐突に我慢できなくなった……!
「アスカ!」
ベッドにいる少女を押し倒し,無理やり唇を奪った.
口付けの間,少女の体が少しずつ震え始める.
「アスカ,私じゃ駄目なのかい? 誰ならいいの?」
いや,そうゆう問題ではないはずだ…….
分かっていても聞かずにはいられない.

自覚しているのかいないのか,少女の漆黒の瞳が恐怖に震えていた.
いったいいつ,どこで,誰が彼女をこうしてしまったのだ!?
少女を傷つけた者に対する怒りを,目の前に居る少女にぶつけてしまう.
その震える肩を抱いて,少年は再び少女に口付けた.

「殿下,マリ殿下!」
すると廊下から少年を呼ぶ声がする.
「おわっ,ドアが壊れている!?」
サイラの声だ.

暗闇の中,少年と少女はぎくりとしてぱっと互いに離れた.
少女は急いで,脱いだ服をかき集める.
「あ,殿下,ドアが……,」
サイラは,しかしすぐにベッドにいる明日香に気付いて頬を赤らめる.
「ごめん,おじゃまだった?」
どうやらコウリはサイラには何も言っていないらしい.
「殿下,それより大変だよ.サキル殿下が失踪なさった.」

「なんだって!? 帝国のほうへか?」
少年はすぐに顔を王子のものへと変化させる.
「叔父上だけか? マツリ殿は?」
カイ帝国から嫁いで来た叔父の妻のことである.
「ごめん,分からない.とにかく来て.」
「あぁ.」
少年はすばやくベッドから滑り降りた.

しかし,なんと言ってこの少女の傍を離れるべきか……?
「アスカ!」
少年は少女の茫洋とした漆黒の瞳をまっすぐに見つめて言った.
「私はアスカのことが好きだから,守りたいって大事にしたいって思っているから,だから……,」
怯えないでほしい…….
「何やっているんだよ,殿下!?」
なかなか部屋から出て来ない主君に,いらだたしげにサイラは叫んだ.
「じゃ,行ってくる.」
少年は少女の顔をしっかりと見つめて微笑んだ.

少女は呆けたように部屋を出てゆく少年の後姿を見守った.
のろのろとベッドから離れ,再び服を着ようとするのだが着方がよく分からない.
よくみれば,結婚式の時の青いドレスのままだった.
なぜ自分はこのような衣装のまま眠っていたのだろうか?

少女は部屋の中を徘徊し,マリのものだと思われる衣装棚を探った.
長身の彼女と,比較的小柄な少年とではほとんど背は変わらない.
「うわぁ,なんか高そうな服ばっかり…….」
さすがは王子様だということだろうか,少女はできうる限り安そうなものを探した.
そのとき,外から男女の言い争う声がかすかに聞こえた.

父王の寝室へと続く廊下で,マリは一人の男と出会った.
「アカム叔父上.」
青のような緑のような不思議な色彩を映す瞳の青年である.
「やぁ,マリ.花嫁は怒ってないかい?」
29歳にもなって,いまだ独身である王家の変わり者の叔父であった.

「いえ,怒っていませんが…….なぜです?」
少年はきょとんとして,叔父に訊ねた.
すると彼の叔父は,瞳を楽しそうに躍らせて答えた.
「君の乳兄弟の,確か弟の方のサイラだったっけ……,が非常事態なのに,いちゃいちゃしていたって怒っていたよ.」
途端に少年は顔を真っ赤にする.

「私は別にいいと思うよ.」
少年の純情な反応に,叔父はくすくすと笑い出す.
「君は王子としてがんばりすぎだと思うし.」
そうして辿り着いた部屋のドアを少年のために開けてやる.
「もっと周りに甘えてもいいさ.」

開かれた扉の向こう,部屋の奥のベッドでは少年の父親がベッドから起き上がっていた.
「父上!?」
少年は走ってベッドまで駆け寄る.
「意識を取り戻されたのですね!」
少年の顔がぱっと明るく輝く.
「あぁ,心配をかけてすまなかったな,マリ.」
王は自分のたった一人の息子を優しく抱きしめた…….

こっそりと部屋から出て,明日香は言い争う声の発生源を探し求めた.
少年の服に身を包んで,王城の暗い庭の中をさまよい歩く.
「やめてください!」
そのとき押し殺したような女性の声がすぐ近くで聞こえた.
少女はさっと体を木の陰に隠した.

蜂蜜色の髪の若い女性が中年の男性に腕を捕まれていた.
無理やりどこかへ連れてゆこうとする男に必死で抵抗をする.
「もう,あなたの傍にいるのはいやなんです.」
「お前は私の妻だ!」
小さな声で,しかし強く男は言い返した.

少女の漆黒の瞳が怒りに燃え上がる.
「何をやっているんですか!?」
突然の闖入者に男も女もびっくりして,少年の姿をした少女を見つめた.
「誰だ!? お前は?」
少女は男を睨みつける.
「神原明日香,行きます!」

すばやく二人の間に割り込み,少女は女性の腕を取る男の手首を下から蹴り上げた.
「なっ……!」
そうして男の懐にもぐりこみ,そのみぞおちに拳を鋭く送り込む.
たまらず,男は腹を抱えて倒れこんだ.

しかし倒れこみながらも,男は少女をぎらっとにらみつけた.
「お前はマリの連れてきた花嫁か!?」
少女はその漆黒の瞳を驚愕に開かせる.
「あなたは,サキル!?」
少年からその存在を聞いたばかりの男だ.

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