太陽は君のもの!


第三章 洞窟にて


動きづらい服装で明日香は,森の中の太い一本の木の陰に隠れた.
すると抜き身の剣をかざした幾人もの男たちが,残ったマリの身を囲いだす.
どうやら木の後ろに隠れている少女には気付いていないようだ.
少女はほっと安堵のため息を押し隠す.
なにやらマリと彼らが言い争っているのをちらと確認した後,少女はおもむろに自分のスカートを手で裂きだした.

「誰の命令ですか?」
自分よりもはるかに体格の良い男たちに囲まれて,しかしまったく冷静にマリは訊ねた.
男たちには少しも答える気が無くらしく,ちらちらと攻撃を仕掛けるタイミングを計っている.
「やはり,サキル叔父上ですか…….」
その青の瞳を悲しみに曇らせて,少年はため息をついた.

瞬間,一斉に男たちがマリに襲い掛かる.
耳に痛い金属のこすれ合う音が連鎖的に響き,銀の髪の少年がその輪の中心で剣を振るう.
信じられない,すごく強い.
木の陰で思わず明日香は少年の勇姿に見とれてしまう.
10年前も思ったけど,この少年はやはり…….

するといきなり後ろから,両肩を捕まれた.
背筋にぞっと悪寒が走る.
「マリ殿下の花嫁だな!?」
しかし,竦んばかりはいられない.

その問いただす声には答えず,明日香は自分の背後に立つ男の腹に思いっきり肘鉄を食らわせた.
「うっ.」
まったく予想していなかった少女からの反撃に,男は腹を押さえて倒れこむ.

そしてその男の後ろに立つ他の男たちに向かって,少女は自分を励ますように声を張り上げた.
「県立八条堀高校2年,神原明日香! かかってきなさい!」
少女の漆黒の瞳が戦いの高揚に燃え上がる.
少女を囲む男たちが,驚いた表情のまま腰の剣を無言で抜いた.

先手必勝!
その剣を持つ右の手首を,明日香は電光石火のスピードで手刀で撃つ.
そしてすばやく足を高く蹴り上げて,男の顎をかかとで蹴り上げる.
急所を打たれ,男は白目をむいて倒れてしまう.
「昨年度イン・ハイ準優勝者をなめるな!」
猛々しく,少女は叫んだ.

「アスカ!」
どうやら周囲の敵を倒したらしいマリが,こちらに気付いて声を上げる.
「マリ君!」
裂いたスカートを足にまとわりつかせながら,明日香は少年のもとまで駆け寄った.

「水よ,わが意に答えて舞え!」
銀の髪の少年が叫んだ.
途端に何もなかった森の湿った地面から水柱が立ち,男たちを襲いだす.
少女はあっけに取られて,その光景を見守った.
これが魔法!?
今,初めて異世界へ来たのだと実感したのかもしれない…….

「くそっ.」
「駄目だ,逃げろ!」
ついに男たちは散り散りになって逃げ出した.
「アスカ.」
魔法に驚いたままの少女に,少年はすばやく自分の上着を脱いで差し出した.
「ごめん,足を隠して…….」
少年は真っ赤になりながら俯いて言った.

「ねぇ,事情を聞いてもいいでしょ.」
もらった上着を腰に巻きつけながら,少女は聞いた.
「アスカ.結婚してしまえば,もうこんなことはなくなるから.急いで洞窟へ向かおう.」
そうしてまっすぐに少女を見つめる.
「そこで説明するよ.」

水の洞窟と少年が呼ぶものは,ぽたぽたと水滴の落ちる音が響く鍾乳洞だった.
暗い鍾乳洞にただ二人きりで座り込む.
少年が少女の体温をがちがちに意識しているのが,少女にはよく分かった.
私,そんなに大切にされるような女じゃないんだけどな…….
「サキル叔父上は,王位が欲しいんだ.」
王位,その耳慣れない単語を理解するまでに,一瞬の間が明日香には必要だった.

「我が公国では,王族の既婚男性にしか王位継承権はないんだ.」
少女は黙って少年の話に耳を傾ける.
「それで私が結婚するまでは,サキル叔父上しか王位を継ぐ人が居なくて…….しかし叔父上は公然とカイ帝国とつながっている方で……,」
そうして少年は悔しそうに歯噛みする.
「叔父上が王になってしまったら,我が公国はカイ帝国に吸収されてしまう.おじい様が帝国から勝ち取った独立が侵されてしまうんだ.」
その青い瞳に決意の炎が燃え上がるのを,少女は引き込まれるように見つめた.
「そんなことは絶対にさせられない…….」

少年の隣に腰掛けて,少女はそっとこぼすように聞いた.
「今の王様はどうしているの?」
つまり少年の父のことだ.
「父上は昨年病で倒れられて,もう,本当にいつ……,」
少年の指先がかすかに震える.
「だから結婚を急いでいるのね.王位を継ぐために…….」
するといきなり少女の肩を抱いて少年は言った.
「ごめん,アスカ.でも守りたいんだ,君もこの国も.」

お日様のようにぽかぽかと暖かかった少年は,今は灼熱の炎を抱く太陽のようだ.
その青い瞳の中に,譲れない願いを映して…….

「いいよ,マリ君.結婚しよう.」
少女は感情の映らない瞳で少年を見つめる.
「私のこと,好きにしていいよ.」
そうして,そっと頭を少年の肩に預ける.
するとさっと少年は少女の肩を手から離し,少女の傍から離れる.
「お願い,アスカ.誘惑しないで…….」
耳たぶまで赤くして,少年は後ろを向いた.

きょとんとして少女は少年の背中を見つめる.
暗い洞窟の中で,少年の銀の髪だけがほのかに輝いていた.
「アスカ,怯えているだろう? だから絶対に手は出さない.」
「別に怯えてなんかないわよ.何を勘違いしているの?」
少女はにこっと笑って言った.
結婚を承諾したというのに,この少年は何を遠慮しているのだろうか.
「でも部屋でコウリとサイラに囲まれていたとき,震えていた.」
今度は少女は黙ってまじまじと少年の背中を見つめた.

そんなこと,誰にも言われたことはない.
恋人の正俊でさえ言ってはくれなかった.

「朝まで,ここにいればいいのね?」
少女は念を押すように聞いた.
「あぁ,それで明日の朝,お披露目の式典があるんだ.」
「じゃ.ここでじっとしとく.マリ君,こっち向いて.」
少年は少し警戒しつつ,少女と向き合った.

少女は優しく笑んだ.
「私のこと心配してくれてありがとう.でも私は大丈夫なの.」
少年はなぜか少女を遠くに感じた.
どんなに近くにいても,まるで見通せない壁一枚向こうにいるような感じだ.
「さっきも見たでしょう,私すごく強いの.もうやられっぱなしじゃない.」
少女の漆黒の瞳が,その表面だけでてらてらと輝いた.
「私は戦える…….」

<< 戻る | もくじ | 続き >>


Copyright (C) 2003-2005 SilentMoon All rights reserved. 無断転載・二次利用を禁じます.