太陽は君のもの!


第二章 瞳を見つめて


亜麻色の髪,緑の瞳の兄弟は名をコウリとサイラと言った.
兄のコウリは19歳で,弟のサイラは15歳らしい.
案内された部屋でコウリからは非友好的にサイラからはおもしろそうにじろじろと見つめられて,明日香は居心地を悪くした.

「とりあえずここが地球とは異なる世界で,なおかつツティオ公国という国の中のお城の中だってことは分かりました.」
しかも初恋の少年はその国の跡取り息子,有り体に言えば王子様らしい…….
少女は自分を囲む亜麻色の髪の兄弟をきっとにらんだ.

この世界では考えられないくらいに短い漆黒の髪,そして珍しい漆黒の瞳.
するとコウリはいささかわざとらしく長いため息をついた.
「殿下の初恋の君というからには,もっとたおやかで美しい少女だと考えていたのだが…….」

トレーニングウェアを着ている明日香の姿を上から下まで眺め回すと青年は言った.
「これではまるで少年ではないか.」
かちんと来て,少女は言い返す.
「悪かったわね!」
「いいじゃん,兄ちゃん.どのみち殿下の方がべたぼれなんだから.」
今度は弟の方が口をはさむ.
王族に対して遠慮も何もない言い方である.
「だから王家の石だけ返してもらって,さっさと異世界へ帰ってもらおうよ.」

勝手に連れてきて,その言い草!
少女はむっと,彼ら兄弟をにらみつけた.
「そうだな,異世界への扉は10年に一度,1日だけしか開かないし.」
この少女を帰すのならば,今日中に帰さなくてはならない.
そうして兄のコウリは少女の方に向き直る.
「アスカ,昔マリ殿下からもらった赤い石は今どこにありますか?」
「え?」
少女の漆黒の瞳がぎくりとこわばった.
「王族の結婚にはあの石が必要なんだ.」
弟の方が軽く補足説明をする.

「い,石は無くしたわ…….」
かすかに唇を震わせて,少女は答えた.
「なんだって!?」
まったく同じ声同じ台詞で,兄弟は叫んだ.

「アスカ!」
すると今度は部屋のドアが開き,銀の髪,青い瞳の少年が部屋の中へと入ってきた.
そうしてつかつかと3人の間に割って入ると,
「アスカ,コウリとサイラにいじめられてないか?」
と,大真面目に聞いてくる.
少女は顔を赤くして,怒ったように言い返した.
「あのねぇ,子供じゃないんだから!」

しかし少年は真面目な表情のままで言った.
「アスカ,ずっと気になっていたんだ.」
そうしてまっすぐにその曇りの無い瞳で少女を見つめる.
「まだ,あの叔父とかいう男と一緒に暮らしているの?」

そのときの少女の微妙な表情の変化を,少年は必死に汲み取ろうとした.
「叔父さん夫婦とはもう一緒に住んでない,今は……,2年前から違う家にお世話になっているの.」
妙に表情の無い顔で,少女は答えた.
すると少年はさらに聞いてくる.
「今,しあわせ?」
少女はむっとして言い返す.
「はい,しあわせですって断言できるようなおめでたい人間なんて,この世に居るわけ無いでしょ.」

すると弟のサイラの方がちゃちゃを入れる.
「アスカが結婚するって言えば,殿下なら断言するんじゃない?」
しかしそれには答えず,マリは少女から視線を離さずに聞いた.
「アスカ,故郷へ戻りたい?」
少年の問いに,いらいらしながら少女は答えた.
「だって来月にはインターハイ出場が決まっているし,私が居なくなったら部に迷惑をかけるわ.」
少年は少女の奥の見通せない漆黒の瞳をしっかりと見つめて再び聞いた.
「帰りたいの?」
「すぐに帰らないと今の家族にも迷惑をかけるし,それに正俊にももう一度会わないといけないし,それにそろそろ就職のための準備をしないといけないし……,」
しゃべり続ける少女を制するように,少年は厳しい調子で言い放った.
「帰りたいじゃなくて,帰らなくちゃいけないということなら帰さない.」
少女は思わず言葉に詰まった.

いつの間にか,部屋の中からはコウリとサイラの姿は消えていた.
「アスカはずっとこの国に居ればいい.」
少女の漆黒の瞳が頼りなげに揺れる.

そうだ,そうだった.
マリ君は私に同情してくれているのだった…….
10年前親が死んで,新しい保護者とは馴染めずに泣いているだけだった私を慰めてくれた少年.
違う世界に行きたいと言った私に,10年後に迎えにくると言ってくれたのだ.

そして,本当に迎えに来てくれた…….
「ありがとう…….」
そっと木漏れ日が差し込むように,少女は微笑んだ.
思わず頬を赤らめて,少年は少女の顔から視線をそらした.
「アスカ,振りだけでいいから結婚してくれないか.」
なぜだろう,再会した瞬間と違ってひどくそのせりふが言いづらい.
「父上がお元気なうちに結婚しないと,この国はカイ帝国のものになってしまうんだ.」

少女を置いて部屋から出ると,案の定,亜麻色の髪の兄弟が廊下でマリを待っていた.
「殿下,本気ですか?」
兄のほうが心配そうに聞いてくる.
「あぁ,本気だ.彼女を花嫁に迎える.」
「なぜカリン様を振っておいて,彼女なのか理解できませんね.」
そうしてきつく問い詰める.
「殿下のそのお心は同情でしょう?」

すると少年はぱっと答えた.
「いや,違う.確かにそうだったかもしれないが,でも,今は……,」
「なら結婚なさるとして,王家の石はどうなさいますか?」
さすがにマリは言葉に詰まった.
「ばれなきゃいいんだろ.にせものを用意しようぜ,殿下.」
今度は弟の方が兄に反論を開始する.
「殿下は生涯たった一人の女性としか結婚できないんだから,好きな娘をさせてあげようよ.」

光り輝く金の巻き毛,勝気そうなブルーグレーの瞳の少女が不機嫌そうに城の渡り廊下を歩いていた.
いや,その歩調は走っていたと記述したほうが正しいのかもしれない.
年のころは18歳,求婚者が群れをなしているであろう美貌の姫である.

「マリ! マリ,いるの!?」
渡り廊下の先にある部屋のドアを乱暴に開けて叫ぶ.
しかしその中には部屋の主である少年はすでに居なかった.
「残念,カリン様.マリ殿下はもう儀式をしに水の洞窟へ向かったよ.」
部屋の中で,いたずらっぽく亜麻色の髪の少年サイラが答えた.
「殿下のご結婚,どうか納得していただけませんか? カリン様.」
困ったように苦笑して,同じ声でコウリも答える.
「納得なんてできるわけがないでしょう!」
少女は瞳に怒りを宿らせて声を張り上げた.
「しかも,あんなみすぼらしい娘となんて!」

城の中から出てそして庭のちょうど城の真裏にある門から,マリと明日香は連れ立って外に出た.
そこはうっそうと生い茂った森の中で,童話の世界に迷い込んだような錯覚を少女は覚えた.
いや,その感覚は正しいのかもしれない,ここは魔法の存在する異世界なのだから…….
トレーニングウェアを脱ぎ,この世界に合った服装に着替えた少女は着慣れない裾の長いスカートで歩きにくそうに森の中を歩いた.

前を歩く少年が遠慮がちに手を差し伸べる,しかし首を振って少女は一人で歩いた.
「もうちょっと入ったところに,水の洞窟があるんだ.」
そうして,少し困ったように少年は微笑んだ.
「そこで,一晩二人きりで過ごさないといけないんだ,……あ,でも神の名に誓って,決して何もしないから安心して.」
慌てて言う少年に,少女はくすっと笑った.
「別にいいよ,マリ君なら.」
真っ赤になって見返してくる少年の顔を,苦笑して少女は見つめた.

キィン…….
ふと,静寂な森の中に金属の音が小さく響いた.
聞きなれない音に少女が少年の顔を見つめると,少年はどこか平然として独白した.
「やっぱり,来たな.」
少女の問うような眼差しに少年は答えた.
「アスカ,隠れていて.」
視線を音のしたほうに固定したまま,少年は腰に帯びた剣を抜いた.

日の光に,剣の刃がきらめく.
慣れたしぐさで,少年は剣を構える.
少女は不可思議な色に瞳を染めて,その剣の切っ先の輝きを見つめた.

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