太陽は君のもの!


第一章 忘れえぬ少年


銀色の髪が,お日様のように輝いている.
優しい青の瞳が,お日様のように暖かい.
私をいつか,違う世界へと連れて行ってあげると言ってくれた…….

木々の生い茂る公園の中を,トレーニングウェアに身を包んだ一人の少女が走っている.
短い少年のような黒い髪,日に焼けた素肌はいかにも健康そうだ.
早朝の引き締まった空気の中でジョギングをするのが少女の日課であった,その瞬間までは…….

「アスカ!」
いきなり真後ろから名を呼ばれ,びくっとして少女は振り向いた.
振り向くと,銀の髪,青い瞳の同じ年頃の少年が少女の方をうれしそうに見つめていた.
後ろには誰も居なかったはずなのに!
「誰!?」
警戒心に毛を逆立てる猫のように,少女は叫んだ.

するとショックを受けたように,少年は答えた.
「私だよ,マリだよ.10年前に1度だけ会っただろ,憶えてない?」
銀の髪,青い瞳,10年前…….
「マ,マリ君!?」
確か7歳のときだった,……初恋の男の子.

日が暮れると自分の国へ帰ると言って,少年は赤い小さな石をくれた.
「この石あげる,約束のしるし.無くさないで…….」
その思い出の少年が,今成長した姿で明日香の眼の前に立っているというのだ.

「ほんとにマリ君なの!?」
少女はまじまじとその少年を見つめた.
明らかに日本人ではない彫りの深い顔立ち,異国の見慣れない衣装.
あまりにもこの場所にそぐわない少年だ.
すると二人の立つ地面が,淡く白く輝きだす.

「そうだよ,アスカ.逢いたかった.」
二人を包むように,白い光が輝きを増す.
少年はせっかちに少女に問うた.
「約束,憶えているだろ?」
「え?」
白い光に照らされて,少女は聞き返した.
すると少年はいきなり少女の前に跪き,厳かに少女の手を取った.

「やっと,迎えに来ることができた…….」
白い光が,どんどんと明度を増す.
少女はその眩しさに目を細めた.
「ずっと,一生大事にするから.」
まっすぐに少女を見つめる少年の青い瞳.

遠くで誰かが自分の名を呼んだような気がした.
しかし次の瞬間,真珠色の光が炸裂した.

眼を開けていられない光の洪水の中で,少年に手を取られたまま少女はぺたんと冷たい感触がする床に座り込んだ.
途端に,周囲から大きな喚声が上がる.
「何!?」
一瞬の間に少女はまったく知らない場所に,しかもどこかの屋内に座り込んでいた.

すると少女の手を取って,少年は毅然と立ち上がる.
少年と少女を囲む,一重二重の群集に向かって凛とした声を張り上げた.
「彼女が私の花嫁だ!」
まるで最高級ホテルのロビーのような天上の高い広広とした部屋に,少年の声が響く.
「明日,正式に結婚の儀を行う.」
少年は周囲の人々を有無を言わせない瞳で見回した.

ここはどこ?
明日香を囲む人々は皆日本人ではなく,ファンタジー映画に出てくるような格好をしていた.
そうして,驚きの視線を漆黒の髪の少女に注ぐ.

「さぁ,アスカ.立って皆に挨拶をして.」
途端に柔和な表情になり,少年は少女を促した.
「へ?」
しかし,少女は呆然としたまま立ち上がれない.
ここはヨーロッパ? それとも中東?
というより,現代……?

「それでは,10年ぶりの再会で積もる話がありますので…….」
少年は周囲に誤魔化すように言ってから,強引に明日香を抱き上げた.
互いにほとんど身長差の無い少女を,少し危うげにしかし大事そうに抱きしめる.
そうして,逃げるようにドアの方へ向かう.

二人の目の前で,荘厳な装飾の大きなドアがまるで自動ドアのようにするすると開いた.
しかし少女の予想とは違って,部屋の外にいる兵士たちが人力で開けているらしい.
彼らはまるで中世ヨーロッパの騎士のような装いだ,しかも腰にはちゃんと剣を下げている.
しかもその剣は単なる装飾用ではなさそうだ.

部屋から廊下に出ると,明日香を抱えたままマリはほっと息をついた.
不用意に少年の息がかかって,少女を困惑させる.
そうして少年は,少女をそっと床に降ろすと,
「アスカ,いきなりですまないが今から結婚してくれ.」
「はぁあ!?」
戸惑うばかりの少女に,少年は強い調子で迫る.
「時間が無くて簡素な式になるが,別にいいか?」
いつの間にか決定されているらしい結婚に,少女はびっくりするどころの騒ぎではない.
「いいわけないでしょ! いったい,ここは……,」
すると,少年は妥協したかのように言う.
「そうか,ならできる限り豪華にするから……,」
かみ合わない会話に,少女は思わず叫んだ.
「ちょっと待て! 人の話を聞け!」

「殿下,言っては悪いのですけど殿下の片思いなのでは……?」
言い争う二人に,一人の15, 6歳程度の少年が遠慮がちに声をかける.
亜麻色の髪,緑の瞳の少年が,呆れ顔で二人を眺めていた.
「そうなのか? アスカ?」
途端に悲しそうな顔をして,少年が少女の顔をのぞきこんでくる.

少女は肯定しようと口を開きかけたが,思わずその真剣な青い眼差しに言葉を詰まらせる.
つと視線をそらして,俯いて少女は言った.
「マリ君,私,10年ぶりに再会できてうれしい.」
見なくても分かる,少年の顔がぱっと光輝く.
「でも,ごめん.子供の頃の結婚の約束,本気にしてなかった.」
あれは純真だった頃の,一番きれいな思い出.
「今だって,恋人が居るし…….」
言いにくそうに少女は告げた.

「そうか,すまない…….」
太陽がかげるように,しおしおと少年はうつむいた.
その罪悪感に負けそうになりつつも,ぐっとこらえて少女は聞いた.
「それで,ここはどこなの? マリ君.」

「殿下,何も説明されなかったのですか?」
すると横合いから,再び呆れたような声がかけられる.
先ほどの,亜麻色の髪の少年の隣に,その兄らしい青年が立っていた.
亜麻色の髪,沈着そうな緑の瞳が少女を観察するように見つめている.

彼は少年に向き直って言った.
「ここでは衆目がございます,彼女のことは私どもに任せていただけませんか?」
「いや,しかし……,」
亜麻色の髪の青年に押されるように,少年は答えた.
「殿下は広間に戻って,サキル殿下やカリン様を説得されたほうがよいと思われますが?」
青年は少年を諭すように,優しく微笑む.
「マリ君,私ならいいから.」
明日香は少年にそっと言い添えた.
それにこっちの人の方が,話が通じやすそうだ.

「分かった,なら…….」
残念そうに,そして少し寂しそうに少年は言い,広間の方へと戻って行った.
それを見送ってから,亜麻色の髪の青年は明日香に淡々とした調子で聞いた.
「恋人がいらっしゃるのですね?」
先ほどとはうって変わって,無機質な印象を与える.
「えぇ,そうよ.正俊っていう素敵な恋人がね.」
言い訳をするように,少女は答えた.
「なら,いいんです.こっちへ来てください.」

ツティオ公国暦0年
初代レン・ツティオ王により,カイ帝国の少数民族ツティオ族は帝国からの独立を果たす.
ツティオ公国暦15年
レン国王,58歳の若さで没す.
彼の次男であるジョーイが2代目国王に就任する.
ツティオ公国暦23年
国王ジョーイが病に倒れる.
そして,現在.
ツティオ公国暦24年.
国王ジョーイの一人息子である王子マリは,異世界から花嫁を連れてきたのだ…….

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