深い霧の中で −太陽は君のもの!−


青いブレザーの制服にネクタイをしめて…….
漆黒の髪の少女はなぜか,通っていた高校の廊下にたたずんでいた.

「え……?」
少女の顔色は青ざめる.
自分はツティオ公国の王城に居たのではなかっただろうか……?
それがなぜ…….
……それとも,銀の髪の少年と再会したことは夢だったのだろうか.

少女は廊下をがっと駆け出した!
周りを見回しても,日本人しかいない.
懐かしい顔ぶればかりだ,けれど…….

廊下の角を走って曲がる,すると,
「わっ,危ない!」
短い髪の女生徒とぶつかりそうになる.
「明日香じゃん! どうしたの!?」
泣きそうな顔の少女に驚いて,彼女は声を上げた.

日に焼けた素肌,くりくりっとした愛嬌のある瞳.
「斉賀(さいが)…….」
クラスメイトであり,部活の仲間でもある友人の名を少女は呼んだ.
すると斉賀はにこっと微笑む.
「これは夢だよ,明日香.」
それだけを告げると,彼女は消える.
ふっと風に消されるように…….

残された少女は呆然とたたずむ.
夢,……そう,こっちが夢だ.
だって憶えている,17歳まで成長した少年の姿を…….
すると,
「明日香先輩!」
後ろから楽しげに声をかけられて,少女は振り向いた.

「今から部活ですか?」
ふわふわの髪をしたかわいらしい女生徒がそこには居た.
「沙耶(さや)ちゃん.」
空手部の後輩である,砂糖菓子のような外見に,けれど意外にシャープな動きをする.

「道場までご一緒していいですか?」
はにかんだように微笑んで,そしてそのまま沙耶は消えた.
これは,夢だ…….
漆黒の髪の少女は唇をきゅっと噛み締める.
道場に行けば,銀の髪の少年に逢えるのだろうか…….

しんと静まった道場,一人のジャージ姿の女性がストレッチをしている.
長い髪にはちらほらと白髪が目立つ,けれどその瞳は生き生きと輝いているのだ.
女性は道場の扉を開けた少女に向かって,優しく微笑んで見せた.
「神原,早いな.」
「須藤先生!」
少女は駆け出した.

「神……,原!?」
いきなり胸に飛び込んできた少女に,須藤は心底驚いた.
誰に対しても他人行儀な少女が,このようなスキンシップをするなど…….
「どうしたんだ?」
抱きついたままで,少女は顔を上げ,少し恥かしげに微笑んだ.

須藤は瞳を瞬かせてから,やんわりと微笑み返した.
「……よかったな,」
少女の短い漆黒の髪をくしゃっとなでる.
「甘えることのできる場所を見つけたのだろう……?」
少女は一旦首を傾げてから,すぐに何かに思い至ったように顔を真っ赤にさせた.

少女の反応をおもしろそうに笑って,須藤は消える.
「……先生.」
少女は須藤の消えた先をぼんやりと見つめた.
カタン…….
かすかな物音に,少女は道場の扉の方を振り返った.

淡い予感に胸をぎゅっとつかまれる.
「アスカ,」
白いシャツが目にまぶしい,少女はくらっとめまいを覚えた.
「……マリ君,」
少女はすっくと背筋を伸ばして立った.

「探したよ,アスカ.」
夢の中でも少年の優しい笑顔は変わらない.
「よかった,見つかって.」
銀の髪の少年はゆっくりと歩いてゆく.
少女は逃げたしたいのと,駆け寄りたいのを堪えて,少年がやってくるのを待った.
見慣れない制服姿が少女をどきどきさせる.
「これは夢だね,マリ君.」

少女はにこっと微笑んで見せた.
少年はきょとんと,青空の瞳を瞬かせる.
「夢?」
「うん,私の夢なの.」
笑顔を作ろうとすると,涙がこぼれそうになる.
「私,マリ君のことが大好きだから,夢の中まで登場させちゃった.」
いつの間にか,少年の姿は消えていた…….

夢の中でさえ,好きだと告げることができないらしい.
一人残された道場で,少女は軽く苦笑する.

姉のことも,君のことも,私は一応,同情はしているんだよ…….
ふいに男の言葉を思い出して,少女はぶるっと震えた.
さっきまで暖かかったのに…….
少女は膝を抱えてしゃがみこむ.

あぁ,私…….
あの場にマリ君さえ来なかったら,何事もなかった振りをして,笑っていたのかもしれない…….

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